【side story】春告げ鳥が哭いた日【完結済】
あたしと冬彦くんの関係は元通りだ。
むしろ前よりも距離が遠くなったと言えるだろう。
これでいい。これでいいんだよ、とあたしは笑った。
笑う以外に、何が出来るっていうの?
あたし冬彦くんが好きだ。大好きだ。これは認めてしまおう。
でも、婚約者がいる冬彦くんと関係を持つことは、あたしが許せない。
「冬彦さんが最近とても優しいんですの」
「それは良かったね、菜月ちゃん」
「ええ、少し前の冬彦さんは近寄り難い雰囲気を纏っていましたけれども、」
そこで言葉を止めた菜月ちゃんは顔を赤く染めながら、それはそれは嬉しそうに話す。
そんな姿を見て、あたしの心臓が少しだけ痛んだ。でも、それは一瞬のこと。すぐに忘れてしまった。
「菜月ちゃんは本当に冬彦くんのことが好きなんだねぇ」
「当たり前ですわ!……少しは自由な恋愛に憧れを抱かなかったわけではありませんけれども、それでもわたくしは冬彦さんが大好きですもの」
ああ、良いなぁ。
冬彦くんに好きだって普通に言える、そんな菜月ちゃんの立場が少しだけ羨ましかった。
それでも世界は変わらない。立場は変えることなんて出来ない。
生まれも育ちもゴミみたいなあたしが、ほんのちょっとマトモなことを学べた。
それは『次の仕事』にも活かせるのではないのかとも思う。
「そう言えば菜月ちゃん。あたしが菜月ちゃんとお話できるのは今日が最後なんだぁ」
「そう、なんですの?」
「ふふ、寂しい?」
「さ、寂しくなんて……!」
ありませんわ……。そうか細く言う菜月ちゃんにあたしは「大丈夫だよ」と笑う。
「菜月ちゃんには冬彦くんが居るんだもの。大丈夫」
「……また、お会い出来ますわよね……?」
その言葉にあたしは答えなかった。
答えない代わりに菜月ちゃんの頭を撫でてやった。
菜月ちゃんは「誤魔化さないでください!」と怒ったけれども、それでも撫でることをやめなかった。
この子の頭を撫でる、冬彦くんの大きくて綺麗な手の感触が、あたしにも移れば良いのにと、そんな女々しいことを考えるから。
止められなかったのだ。
「菜月ちゃん」
「なんですの?」
「……ありがとう」
「それは何に対してですの?」
「何に対してでしょうか」
「もう、春陽さんったら……」
「あはは、まあ。でも、本当に感謝してるんだよ?」
本当に、本当に、感謝しているんだ。
あたしにこんなのんびりとした日を与えてくれたこと。
そうして何より、寂しがりやな冬彦くんの傍にこれから先立っているのは菜月ちゃんだということをあたしに教えてくれた。
菜月ちゃんはそんな貴重な存在。
「菜月ちゃん」
「はい」
「冬彦くんと、幸せになってね」
そうしてあたしみたいなイレギュラーな存在、さっさと忘れてしまってね。
ニッコリ笑って、そうしてあたしは椅子から立ち上がった。
何処に行くんですの?
そんな風に言われて、あたしはお花を摘みに、と答えた。
顔を少し赤らめた彼女は、そうですか、とだけ答えて紅茶を口にした。
それを横目に見ながら、あたしは部屋から出て行く。
あたしの為に用意された部屋は、良くみれば何もない。
いや、最初からなかったとも言えるけれども。
此処には色々な想い出が詰まっていて、これ以上は居られない。
だからあたしは逃げることにした。
あたしを飼っている死神に頼んで、頼んで、頼み込んで。
そうして今日を迎えたのだ。
――あたしの命が終わる日という、今日を。
むしろ前よりも距離が遠くなったと言えるだろう。
これでいい。これでいいんだよ、とあたしは笑った。
笑う以外に、何が出来るっていうの?
あたし冬彦くんが好きだ。大好きだ。これは認めてしまおう。
でも、婚約者がいる冬彦くんと関係を持つことは、あたしが許せない。
「冬彦さんが最近とても優しいんですの」
「それは良かったね、菜月ちゃん」
「ええ、少し前の冬彦さんは近寄り難い雰囲気を纏っていましたけれども、」
そこで言葉を止めた菜月ちゃんは顔を赤く染めながら、それはそれは嬉しそうに話す。
そんな姿を見て、あたしの心臓が少しだけ痛んだ。でも、それは一瞬のこと。すぐに忘れてしまった。
「菜月ちゃんは本当に冬彦くんのことが好きなんだねぇ」
「当たり前ですわ!……少しは自由な恋愛に憧れを抱かなかったわけではありませんけれども、それでもわたくしは冬彦さんが大好きですもの」
ああ、良いなぁ。
冬彦くんに好きだって普通に言える、そんな菜月ちゃんの立場が少しだけ羨ましかった。
それでも世界は変わらない。立場は変えることなんて出来ない。
生まれも育ちもゴミみたいなあたしが、ほんのちょっとマトモなことを学べた。
それは『次の仕事』にも活かせるのではないのかとも思う。
「そう言えば菜月ちゃん。あたしが菜月ちゃんとお話できるのは今日が最後なんだぁ」
「そう、なんですの?」
「ふふ、寂しい?」
「さ、寂しくなんて……!」
ありませんわ……。そうか細く言う菜月ちゃんにあたしは「大丈夫だよ」と笑う。
「菜月ちゃんには冬彦くんが居るんだもの。大丈夫」
「……また、お会い出来ますわよね……?」
その言葉にあたしは答えなかった。
答えない代わりに菜月ちゃんの頭を撫でてやった。
菜月ちゃんは「誤魔化さないでください!」と怒ったけれども、それでも撫でることをやめなかった。
この子の頭を撫でる、冬彦くんの大きくて綺麗な手の感触が、あたしにも移れば良いのにと、そんな女々しいことを考えるから。
止められなかったのだ。
「菜月ちゃん」
「なんですの?」
「……ありがとう」
「それは何に対してですの?」
「何に対してでしょうか」
「もう、春陽さんったら……」
「あはは、まあ。でも、本当に感謝してるんだよ?」
本当に、本当に、感謝しているんだ。
あたしにこんなのんびりとした日を与えてくれたこと。
そうして何より、寂しがりやな冬彦くんの傍にこれから先立っているのは菜月ちゃんだということをあたしに教えてくれた。
菜月ちゃんはそんな貴重な存在。
「菜月ちゃん」
「はい」
「冬彦くんと、幸せになってね」
そうしてあたしみたいなイレギュラーな存在、さっさと忘れてしまってね。
ニッコリ笑って、そうしてあたしは椅子から立ち上がった。
何処に行くんですの?
そんな風に言われて、あたしはお花を摘みに、と答えた。
顔を少し赤らめた彼女は、そうですか、とだけ答えて紅茶を口にした。
それを横目に見ながら、あたしは部屋から出て行く。
あたしの為に用意された部屋は、良くみれば何もない。
いや、最初からなかったとも言えるけれども。
此処には色々な想い出が詰まっていて、これ以上は居られない。
だからあたしは逃げることにした。
あたしを飼っている死神に頼んで、頼んで、頼み込んで。
そうして今日を迎えたのだ。
――あたしの命が終わる日という、今日を。