【side story】春告げ鳥が哭いた日【完結済】

世界はいつだってあたし達に優しくなんてないから。

「ねーねー、冬彦くん」

「……なんだ」

渋々といった声で冬彦くんはあたしを見る。
あたしは冬彦くんに対してにっこりと笑って言った。

「こんな無意味な関係はやめにしようか」

「……」

何も答えない冬彦くんに、あたしは尚も言う。
これはあたしにとっての最大限の譲歩だ。
こんな無意味な関係はやめてしまって、そうして少し前に戻りましょう。
そんな譲歩。
けれど冬彦くんは何も言わない。言わないことが抵抗だと思っているんだ。
そんなところも可愛いね。なんて少し前なら言えていたかも知れないけれども。
あたしはもう、何も冬彦くんにかける言葉を持ち合わせてはいない。
こんな関係性になってしまったら、もう、何も言えないでしょう?

「嫌だ、と言ったら」

「そうだなァ……」

うーん、と考えたフリをして。あたしは顔に笑みを張り付けながら言った。

「あたしは冬彦くんだけが大事じゃあないんだよ」

「……っ」

これはあたしが過ごしてきて分かったから言えた言葉。
冬彦くんは「愛される」ことに慣れていない。
だからほんの少し、冬彦くんに優しくて、そうして構ってやったあたしみたいなドブネズミなんかに興味を持ってしまったんだ。
それはあたしのミスだ。期待させても良い相手ではなかったのに。

「あたしは別に、冬彦くんじゃなくてもいいんだよ」

「なら、なんで……っ」

「あはっ。そんなの簡単でしょ?」

うっそりと微笑みながら、あたしはチェックメイト、と内心で置いた駒を倒すように言った。

「そこに扱いやすい玩具があったなら、誰でも使ってみたくなるものじゃない」

冬彦くんの黒い瞳の中には絶望が滲んでいた。
あたしは、ごめんね?と内心で舌を出した。


シーツの海の中、あたしは生まれたままの姿でただ笑う。
涙なんてものが零れるほど、あたしの感情は機能していなかったから。
笑う以外の感情なんて、持ち合わせては居ないから。
逃げるように去っていく冬彦くんの後ろ姿を見つめながら、あたしはただひとり、笑みを浮かべ続けていた。
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