【side story】春告げ鳥が哭いた日【完結済】
ベッドの上で過ごすのが最近のあたしのマイブーム。
いや、冗談だって。半分本当だけれども。
この家から滅多に出ないあたしの暇を潰してくれるのはあたしに宛がわれたふわふわの大きなソファだけ。
広い部屋にはベッドももちろん置いてあるけれども、昔からベッドよりソファの方が落ち着くのだ。
男と夜のあれそれをする際はまあ、ベッドで行う方が多いけれども。
「ところで冬彦くん、どうしたの?」
たっぷり十分。
冬彦くんが部屋に来てから掛けた時間だ。
冬彦くんはやっと気づいたのかと呆れたように言った。
「お前を連れて遊びに行けと言われた」
「ふぅん?なるほどねぇ」
「なんだ?」
「いやいや、こっちの話」
訝しむ冬彦くんにあたしは「じゃあ行こうか」と言ってソファからのそのそと起き上がる。
「理由、聞かないんだな」
「んー。まあ、大体分かるからねぇ?」
どうせ『藤堂』の家の者が来るのだろう。
それであたしの存在がうっかり知られたらまずいから、こんな朝も早い時間に冬彦くんはあたしの元を訪れたのだ。
「それにしても朝の五時って、早起きだねぇ」
「勉強をしているからな」
「ふぅん、勤勉なことでー」
「そう言うお前こそ、起きていたじゃないか」
「勉強をしていたもので」
「なんだ、それ」
ふ、と冬彦くんが笑った。
それはあまりに小さくて気付けないくらいの微かな笑みだったけれども。
なぁんだ、そんな顔も出来るんじゃん。
そう思った次の瞬間には元の冬彦くんの表情に戻っていたけれども。
勿体ないなぁ。
冬彦くんから数歩離れて廊下を歩きながら、そんなことを考えた。
「それで冬彦くんやい。どこに行こうか」
「……とりあえず、朝食を食べに行こう」
お腹が空いているのか。
そうだよなぁ、五時だもんなぁ。
いつもならきっともっと遅くてもちゃんと朝ご飯が出ることを知っているから耐えられたのだろうけれども、今日は唐突に言われたことだろうし。
うーん。と考えて。
そう言えば上司のひとりが日本に来たら贔屓にしているパン屋があったなぁ、と思い出す。
「冬彦くんは、パン好きだよね」
「特に嫌いではないが……」
「じゃあ、あそこにしよう」
「あそこ?」
きょとんとした顔をする冬彦くんに、あたしは唇に人差指をつけてにんまりと笑った。
**
着いたのは小さなお店。
ひっそりと隠れた場所にあるパン屋だ。
中から香るバターの匂いに、ぐぅぅ……とお腹が小さく悲鳴を上げた。
「お腹空いたねぇ」
「こんな小さな店、良く知ってたな。雑誌か何かで見つけたのか?」
「残念ながらこの店は取材NGのお店だよー」
「ならなんで知ってるんだ?」
「その説明は後からするから、今はパンを選ぼうか」
「……そうだな」
冬彦くんもお腹が空いていたのかパン屋の中に入り、トレーとトングを持つあたしについて歩く。
もしかして彼はパン屋でパンを買ったことがないのか?
この坊ちゃんは……と呆れる。
「冬彦くんは何が食べたい?」
「……その、こう言った店は初めてで……何が良いのか分からない」
ビンゴ、と脳内で発すれば照れたような冬彦くんの姿。
でも、と冬彦くんは恥ずかしそうに言った。
「あのクロワッサンは美味しそうだ……」
「あー……アレはこの店の一番の人気商品だねぇ」
「そうなのか。……お前のオススメはないのか?」
「あたしのオススメはメロンパンかなぁ」
そんな話をしながら、あたし達は会計を済ませパン屋を後にした。
「美味い」
「でしょー」
得意げに腰に手を当てれば、冬彦くんはまた照れたように顔を背けた。
冬彦くんは面白いなぁ、と思いながら。
あたしはニコニコと隣でメロンパンを食べていた。
その姿を盗撮されていたことには気付いていたけれども。
あたしはソレを『どうにかしろ』とは言われてはいないから。
ただ口の中に広がる甘い砂糖の味を楽しんでいた。
いや、冗談だって。半分本当だけれども。
この家から滅多に出ないあたしの暇を潰してくれるのはあたしに宛がわれたふわふわの大きなソファだけ。
広い部屋にはベッドももちろん置いてあるけれども、昔からベッドよりソファの方が落ち着くのだ。
男と夜のあれそれをする際はまあ、ベッドで行う方が多いけれども。
「ところで冬彦くん、どうしたの?」
たっぷり十分。
冬彦くんが部屋に来てから掛けた時間だ。
冬彦くんはやっと気づいたのかと呆れたように言った。
「お前を連れて遊びに行けと言われた」
「ふぅん?なるほどねぇ」
「なんだ?」
「いやいや、こっちの話」
訝しむ冬彦くんにあたしは「じゃあ行こうか」と言ってソファからのそのそと起き上がる。
「理由、聞かないんだな」
「んー。まあ、大体分かるからねぇ?」
どうせ『藤堂』の家の者が来るのだろう。
それであたしの存在がうっかり知られたらまずいから、こんな朝も早い時間に冬彦くんはあたしの元を訪れたのだ。
「それにしても朝の五時って、早起きだねぇ」
「勉強をしているからな」
「ふぅん、勤勉なことでー」
「そう言うお前こそ、起きていたじゃないか」
「勉強をしていたもので」
「なんだ、それ」
ふ、と冬彦くんが笑った。
それはあまりに小さくて気付けないくらいの微かな笑みだったけれども。
なぁんだ、そんな顔も出来るんじゃん。
そう思った次の瞬間には元の冬彦くんの表情に戻っていたけれども。
勿体ないなぁ。
冬彦くんから数歩離れて廊下を歩きながら、そんなことを考えた。
「それで冬彦くんやい。どこに行こうか」
「……とりあえず、朝食を食べに行こう」
お腹が空いているのか。
そうだよなぁ、五時だもんなぁ。
いつもならきっともっと遅くてもちゃんと朝ご飯が出ることを知っているから耐えられたのだろうけれども、今日は唐突に言われたことだろうし。
うーん。と考えて。
そう言えば上司のひとりが日本に来たら贔屓にしているパン屋があったなぁ、と思い出す。
「冬彦くんは、パン好きだよね」
「特に嫌いではないが……」
「じゃあ、あそこにしよう」
「あそこ?」
きょとんとした顔をする冬彦くんに、あたしは唇に人差指をつけてにんまりと笑った。
**
着いたのは小さなお店。
ひっそりと隠れた場所にあるパン屋だ。
中から香るバターの匂いに、ぐぅぅ……とお腹が小さく悲鳴を上げた。
「お腹空いたねぇ」
「こんな小さな店、良く知ってたな。雑誌か何かで見つけたのか?」
「残念ながらこの店は取材NGのお店だよー」
「ならなんで知ってるんだ?」
「その説明は後からするから、今はパンを選ぼうか」
「……そうだな」
冬彦くんもお腹が空いていたのかパン屋の中に入り、トレーとトングを持つあたしについて歩く。
もしかして彼はパン屋でパンを買ったことがないのか?
この坊ちゃんは……と呆れる。
「冬彦くんは何が食べたい?」
「……その、こう言った店は初めてで……何が良いのか分からない」
ビンゴ、と脳内で発すれば照れたような冬彦くんの姿。
でも、と冬彦くんは恥ずかしそうに言った。
「あのクロワッサンは美味しそうだ……」
「あー……アレはこの店の一番の人気商品だねぇ」
「そうなのか。……お前のオススメはないのか?」
「あたしのオススメはメロンパンかなぁ」
そんな話をしながら、あたし達は会計を済ませパン屋を後にした。
「美味い」
「でしょー」
得意げに腰に手を当てれば、冬彦くんはまた照れたように顔を背けた。
冬彦くんは面白いなぁ、と思いながら。
あたしはニコニコと隣でメロンパンを食べていた。
その姿を盗撮されていたことには気付いていたけれども。
あたしはソレを『どうにかしろ』とは言われてはいないから。
ただ口の中に広がる甘い砂糖の味を楽しんでいた。