幕間

かはっと吐き出した水。
げほげほと噎せる俺を紅い口紅が印象的な女がにこやかに見ている。

「いつになったら吐いてくれるのかしらん?」

「は、……げほっ、……いつまででも、吐かねぇよ」

「あら?そう」

そう言った女が左手を上げる。
無表情を絵にしたような男が、俺の顔を水の中に沈めた。
肺の中の空気が全て吐き出されるんじゃないかという程の時間、沈められ、また髪を掴まれ引き上げられる。

「いつまでも強情な子」

「……は、は……、……お前の好みではあるだろう?」

強がりだと分かられているのは分かっている。
「そうねぇ。貴方みたいな子、好きだったわ」と女が過去形の言葉で放った。

「絶対に、隠した情報の場所は吐かない」

「そう」

なら、仕方がないわね。
チェシャ猫のように口を三日月型に歪めた女は、そう言って俺を見つめたまま。

ああ、そうだ。その目が欲しかった。
俺だけを見てくれる目が欲しかった。
何よりも。命よりも。

――お前が『俺』だけを見る、その目が欲しかった。

女はそんなことはきっとお見通しで。
きっと隠した情報の場所なんて分かりきっていて、こんな拷問染みた遊びを行っているんだろう。
例えば有力な情報を持った愛人だった男でも遊んで殺す。

俺はその綺麗な、血で穢れた手にかかりたかったけれども。
乞い願えば、それこそ叶わない夢になるだろう。

「俺の命は全部、お前の為だけにある」

「嬉しい言葉ね?もっと早くに聞きたかったわ」

残念ねぇ。と女は首を傾げる。
サラリと銀の髪が揺れた。
無表情を絵にしたような男が俺の髪を掴んだまま、空いた片手で黒く輝く鉄の塊を取り出す。

(ああ、もうお前にとっての『遊び』は終いか)

「愛してたぜ、死ぬほどにな」

「あらぁ、そうなの」

女が椅子に座ったまま、にっこりと笑みを見せた。

「永遠に要らない情報だわ」

愛してると伝えても、きっとお前は同じだけ返してはくれないから。
俺はお前の目の前で、死ぬことを選んだのに。

(思い通りにならねぇ女)

最期まで本当の名前すら教えてはくれなかったけれど。
本当に心の底から――愛してる。
1/2ページ