【side story】春告げ鳥が哭いた日【完結済】
「冬彦くーん」
朝食の時間。
とっくに朝食を済ませていたあたしは頬杖をつきながら朝食を摂っている彼のことをそう呼んだ。
瞬間、凄く嫌な顔をされた。ついでにオムレツを刺していたフォーク諸共彼の手から零れ落ちた。
あー、明太子が入ってて美味しかったのに。
そんなことを思いながらもう一度「冬彦くん」と呼んだ。
性格の良いことで有名なあたしは嫌がらせの意味も込めて彼の反応を面白がり、どんなに嫌がられてもこの屋敷に来てから三日間、そう呼び続けている。
「いい加減にその呼び方はやめろ。俺の名前を呼ぶな」
険しい顔をする冬彦くんは名前を呼ばれることを酷く嫌がる。
正確には呼び方が嫌なのだろう。
その情報も、その意味も、あたしは知っている。
知っているから呼ばない、なんて選択肢はあたしにはないけれども。
「まぁまぁ冬彦くん。そんなに警戒しなくてもいいじゃない」
「警戒くらいする。……あの誰をも恐れん祖父がお前に対しては違った」
「ふふ。結構観察力はある方なんだねぇ。ただのお坊ちゃまかと思って馬鹿にしてたよー」
「おい」
「あはは、半分本当だから信じていいよ?」
「ますますお前と仲良くなれる気がしない」
「わお。十七歳にもなって冗談が通じないなんて」
「もうすぐ十八になる」
「そうなんだー。知ってるー」
子供のような幼稚な会話にケラケラと腹を抱えて笑えば、仏頂面が酷くなっていく。
そんなに顔を顰めてどうしたいんだろうねぇ?皺でも刻みたいのだろうか。
人生なんて、楽しんで生きたもの勝ちなのにね。
「お前は、」
「だからぁ、春陽だって言ってるでしょー?」
「名前で呼ぶなんてしたくない」
「おっと、反抗期かな?そういうのはお父さんとお母さんにしなさい」
「母は居ない。男と出て行った。義母なら居るが、俺には関係ない」
「そうやってクソ真面目に返されると面倒くさいねぇ」
こんなに面倒くさい男とあたしは一緒に居なければいけないのだろうか。
『仕事』を完遂する為には仕方がないのだけれども。
(今回は長期戦になりそうだなぁ)
なんて思いながらあたしは食事を終えて部屋に戻る冬彦くんの後をついて歩く。
「おい」
「冬彦くんには語彙力というものがないのか?三日も傍に居るけれども、その言葉かなりの頻度で出てくるよねぇ」
「テストの点数は毎回満点で、学年主席。生徒会長もこなしている俺がお前より語彙力がないわけないだろ」
何を言っているんだと言わんばかりの冬彦くんの言葉に、あたしは言葉をしばし失った。
「世間知らずのお坊ちゃまだねぇ……」
「何が言いたい?いや、言わなくていいから今すぐ俺の前から消えろ。目障りだ」
「ふふーん。そんなこと言ってぇ。本当はいとしの菜月ちゃんとこれからデートだからあたしと離れたいんでしょー。おめかししようとしてるんでしょー」
「……っなんで、菜月のことを知って!?」
あたしの言葉に耳まで真っ赤に顔を染め上げる冬彦くん。
あたしは「企業秘密だよー」と軽く答えた。
菜月ちゃん。
正確には『藤堂菜月』とは、冬彦くんと同じ十七才で冬彦くんの婚約者だ。
そうして冬彦くんのいとしい人でもある。
そんなどうでも良い情報を知って、何になると言うのだろうか。
あの方の考えることはまったく分からない。
でもひとつ分かることはある。
「青春だよねぇ」
「何がだ」
「恋が出来る環境下ってのはさ、きっと恵まれてるからなんだよー」
「……何が言いたい」
「何も?私には何も言えないよ」
恋とか愛とか。
そういうのは無縁の世界で生きているからね。
不思議なモノを見るような表情を向けてくる冬彦くんに、あたしはにっこりと微笑んだ。
朝食の時間。
とっくに朝食を済ませていたあたしは頬杖をつきながら朝食を摂っている彼のことをそう呼んだ。
瞬間、凄く嫌な顔をされた。ついでにオムレツを刺していたフォーク諸共彼の手から零れ落ちた。
あー、明太子が入ってて美味しかったのに。
そんなことを思いながらもう一度「冬彦くん」と呼んだ。
性格の良いことで有名なあたしは嫌がらせの意味も込めて彼の反応を面白がり、どんなに嫌がられてもこの屋敷に来てから三日間、そう呼び続けている。
「いい加減にその呼び方はやめろ。俺の名前を呼ぶな」
険しい顔をする冬彦くんは名前を呼ばれることを酷く嫌がる。
正確には呼び方が嫌なのだろう。
その情報も、その意味も、あたしは知っている。
知っているから呼ばない、なんて選択肢はあたしにはないけれども。
「まぁまぁ冬彦くん。そんなに警戒しなくてもいいじゃない」
「警戒くらいする。……あの誰をも恐れん祖父がお前に対しては違った」
「ふふ。結構観察力はある方なんだねぇ。ただのお坊ちゃまかと思って馬鹿にしてたよー」
「おい」
「あはは、半分本当だから信じていいよ?」
「ますますお前と仲良くなれる気がしない」
「わお。十七歳にもなって冗談が通じないなんて」
「もうすぐ十八になる」
「そうなんだー。知ってるー」
子供のような幼稚な会話にケラケラと腹を抱えて笑えば、仏頂面が酷くなっていく。
そんなに顔を顰めてどうしたいんだろうねぇ?皺でも刻みたいのだろうか。
人生なんて、楽しんで生きたもの勝ちなのにね。
「お前は、」
「だからぁ、春陽だって言ってるでしょー?」
「名前で呼ぶなんてしたくない」
「おっと、反抗期かな?そういうのはお父さんとお母さんにしなさい」
「母は居ない。男と出て行った。義母なら居るが、俺には関係ない」
「そうやってクソ真面目に返されると面倒くさいねぇ」
こんなに面倒くさい男とあたしは一緒に居なければいけないのだろうか。
『仕事』を完遂する為には仕方がないのだけれども。
(今回は長期戦になりそうだなぁ)
なんて思いながらあたしは食事を終えて部屋に戻る冬彦くんの後をついて歩く。
「おい」
「冬彦くんには語彙力というものがないのか?三日も傍に居るけれども、その言葉かなりの頻度で出てくるよねぇ」
「テストの点数は毎回満点で、学年主席。生徒会長もこなしている俺がお前より語彙力がないわけないだろ」
何を言っているんだと言わんばかりの冬彦くんの言葉に、あたしは言葉をしばし失った。
「世間知らずのお坊ちゃまだねぇ……」
「何が言いたい?いや、言わなくていいから今すぐ俺の前から消えろ。目障りだ」
「ふふーん。そんなこと言ってぇ。本当はいとしの菜月ちゃんとこれからデートだからあたしと離れたいんでしょー。おめかししようとしてるんでしょー」
「……っなんで、菜月のことを知って!?」
あたしの言葉に耳まで真っ赤に顔を染め上げる冬彦くん。
あたしは「企業秘密だよー」と軽く答えた。
菜月ちゃん。
正確には『藤堂菜月』とは、冬彦くんと同じ十七才で冬彦くんの婚約者だ。
そうして冬彦くんのいとしい人でもある。
そんなどうでも良い情報を知って、何になると言うのだろうか。
あの方の考えることはまったく分からない。
でもひとつ分かることはある。
「青春だよねぇ」
「何がだ」
「恋が出来る環境下ってのはさ、きっと恵まれてるからなんだよー」
「……何が言いたい」
「何も?私には何も言えないよ」
恋とか愛とか。
そういうのは無縁の世界で生きているからね。
不思議なモノを見るような表情を向けてくる冬彦くんに、あたしはにっこりと微笑んだ。