プロローグ
しがない農家の息子、という言葉が似合う彼が出会ったのは演劇というカーテンの包む世界だった。彼、ジェームズ・カタラナはある日、街の小さな広場に広げられた、劇団の舞台で舞う役者たちを見たのだ。
綺麗、絢爛豪華、煌びやか。どれも、彼があの日を形容するために辞書から引っ張り出した言葉たちだ。
3日間に渡っての公演が終わる前に、ジェームズは両親から文字を教わった。まだまだ歪なその字で、彼はありったけの憧れが詰まった言葉を紡ぐ。そうして出来上がったのが一通のファンレターであった。
「スカーレットさん!」
彼は今でも、彼女に手紙を渡した時のことを覚えている。主役にふさわしい赤のドレスを身につけて、彼女は聴こえてきた背丈の小さい声に耳を傾けた。
「あら、どうしたのかな?」
スカーレットは赤の裾を翻し、自身の2/3程度の目線へと屈む。ジェームズはスカーレットの小鳥がさえずるような声が近くに来たことと、壇上で照らされていたその美貌が真ん前に来たことで、恥ずかしそうにキャスケットで目線を覆った。
「そんなに綺麗な目なんだもの、隠さなくてもいいのに。見せて、その星みたいな瞳」
紅色の唇から、彼にとって驚くべき言葉が飛び出す。ジェームズはおっかなびっくりキャスケットを脱ぐと、そのカシオペア座のような瞳をぱちくりさせた。
「すみません、なんだか夢、みたいに思えてきて」
「ふふ、まだ余韻が抜けてないのかな? それはそれで、とても嬉しいけれど」
「はい! とってもすばらしかったです。どこか、別の世界に招待してもらったみたいで。今日は、そのお礼を伝えにきたんです」
ジェームズは落とさないように、かといってしわをつけないように持ってきたファンレターをスカーレットの目の前に出した。"Dear Skarlet Graham" と幼い字で書かれた文言が彼女の目に入り、口元を綻ばせた。
「......これ、君が書いたんだ。嬉しいよ、少年くん」
細く伸びた指が手紙の端を掴む。すっと自身の手から紙が離れていく時、ぞわりとした高揚感がジェームズを襲った。
しかし同時に、どこか寂しさも感じた。これ以上時間を引き延ばす真似はしないから、せめて、せめてまた話すことを望んだのだ。
「また、話すことはできますか?」
「......もちろん。ただし、私と話したいのなら、こっちまで上がってきて。はつらつとした声、星みたいに輝く顔は、スポットライトに照らされるべきだから」
薔薇色の宝石が彼女の瞳の中で光る。それは誘うように煌めいていた。
「素直な君なら、演じれるよ。喜ばしい事を微笑んで表現できる人が、この舞台には必要なんだ」
彼女は立ち上がり、くるりと踵を返す。その時、手元の封筒もくるりとひっくり返され、そこに書いてあった文字に彼女は微笑んだ。
「また声を聞かせてね。ジェームズ・カタラナ君」
かつり、かつりと黒のパンプスがステージへと向かってゆく。徐々に小さくなる音を聞いて、彼はその先への思いを馳せた。
「...必ず、そっちへ行きます、行ってみせます」
キャスケットをかぶり直し、彼は面をゆっくりと上げる。
きっとその目は、首都に位置するかの劇場に合わせられていただろう。
綺麗、絢爛豪華、煌びやか。どれも、彼があの日を形容するために辞書から引っ張り出した言葉たちだ。
3日間に渡っての公演が終わる前に、ジェームズは両親から文字を教わった。まだまだ歪なその字で、彼はありったけの憧れが詰まった言葉を紡ぐ。そうして出来上がったのが一通のファンレターであった。
「スカーレットさん!」
彼は今でも、彼女に手紙を渡した時のことを覚えている。主役にふさわしい赤のドレスを身につけて、彼女は聴こえてきた背丈の小さい声に耳を傾けた。
「あら、どうしたのかな?」
スカーレットは赤の裾を翻し、自身の2/3程度の目線へと屈む。ジェームズはスカーレットの小鳥がさえずるような声が近くに来たことと、壇上で照らされていたその美貌が真ん前に来たことで、恥ずかしそうにキャスケットで目線を覆った。
「そんなに綺麗な目なんだもの、隠さなくてもいいのに。見せて、その星みたいな瞳」
紅色の唇から、彼にとって驚くべき言葉が飛び出す。ジェームズはおっかなびっくりキャスケットを脱ぐと、そのカシオペア座のような瞳をぱちくりさせた。
「すみません、なんだか夢、みたいに思えてきて」
「ふふ、まだ余韻が抜けてないのかな? それはそれで、とても嬉しいけれど」
「はい! とってもすばらしかったです。どこか、別の世界に招待してもらったみたいで。今日は、そのお礼を伝えにきたんです」
ジェームズは落とさないように、かといってしわをつけないように持ってきたファンレターをスカーレットの目の前に出した。"Dear Skarlet Graham" と幼い字で書かれた文言が彼女の目に入り、口元を綻ばせた。
「......これ、君が書いたんだ。嬉しいよ、少年くん」
細く伸びた指が手紙の端を掴む。すっと自身の手から紙が離れていく時、ぞわりとした高揚感がジェームズを襲った。
しかし同時に、どこか寂しさも感じた。これ以上時間を引き延ばす真似はしないから、せめて、せめてまた話すことを望んだのだ。
「また、話すことはできますか?」
「......もちろん。ただし、私と話したいのなら、こっちまで上がってきて。はつらつとした声、星みたいに輝く顔は、スポットライトに照らされるべきだから」
薔薇色の宝石が彼女の瞳の中で光る。それは誘うように煌めいていた。
「素直な君なら、演じれるよ。喜ばしい事を微笑んで表現できる人が、この舞台には必要なんだ」
彼女は立ち上がり、くるりと踵を返す。その時、手元の封筒もくるりとひっくり返され、そこに書いてあった文字に彼女は微笑んだ。
「また声を聞かせてね。ジェームズ・カタラナ君」
かつり、かつりと黒のパンプスがステージへと向かってゆく。徐々に小さくなる音を聞いて、彼はその先への思いを馳せた。
「...必ず、そっちへ行きます、行ってみせます」
キャスケットをかぶり直し、彼は面をゆっくりと上げる。
きっとその目は、首都に位置するかの劇場に合わせられていただろう。
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