このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

それ以外

カナリアの囀りが麗らかに聞こえる。白籠に囚われたそれが奏でるのは、皮肉にもどこまでも伸びていきそうな高音だった。少女の手にはちと大きすぎる鳥籠を緩やかに抱きしめ、彼女はうたた寝をしていた。今は本来、彼女の歳だと学校に行っているはずの時間帯だ。そんな時にうとうとと船を漕いでいる彼女は何にも縛られてないように見えた。
無論、彼女の手に繋がれた純白の足枷を見る前は、という形容詞がつくが。
彼女はフリルが満遍なくあしらわれたワンピースをゆったりと着こなし、髪にはか細く、繊細に結ばれたリボンが咲いている。背中には自由の象徴である翼を携えており、今はそれを休ませていた。そんな緻密で美しい花を、刺々しい二つの蔦が縛っていた。そう、かの公爵様がつけてくださった手錠と足枷である。
部屋のどこを見ても白が埋め尽くす中、その二つだけがどす黒い独占欲を発しており、目覚めた彼女がそれを鳴らしても冷たい音ばかりがした。

「ん......? あなた...ですか?」

かちゃり、と重苦しい音がした方を彼女は向く。部屋の鍵が開いたのだった。きぃ、と蝶が歯軋りするような音とともに、モノクルをつけた男装の麗人が中へ入ってくる。そうだよ。君の大好きなご主人様だよ、と笑って、わざと低くした声を鳴らした。ここでは便宜上、彼とでも言っておこう。なにせ彼は、かの名高き公爵として書類に載っているのだから。
そんな高貴な人が好むものは、紅茶でも美しい絵画でもない。こんなにも悪趣味な小鳥遊びが大好きでたまらなかったのだ。

「いい子にしてたかな? 小鳥さん」

「...ええ。おかげさまで。羽根はすっかり休ませられましたわ」

「なんだい、久しぶりに飛びたいのか? ならここについている庭園にでも──」

「いえ、硝子越しの青空はもう大丈夫ですから。見たいのは、枠のない空なのです」

白の令嬢は彼を遮り、強く言い放った。自由を渇望する瞳が潤み、鳥籠を強く抱きしめる。やがて下に落ちた視線が同じく閉じ込められている鳩とかち合った。
ああ、あなたもなのね。可哀想に。本当に、可哀想に。マイナスの想いはマイナスの心情と重なり、彼女の心をじんわりと落ち着かせていった。

「たかなし様、お願いです。お家に、帰らせてください」

十二の少女が、泣きながら主人に懇願する。しかし帰ってきたのは、何でもなさそうに笑う彼の声のみだった。

「ははっ、やっぱり帰してはあげられないなあ。小鳥さん。だって君も大概だと思うけどね。鳩の気持ちを、ちゃんと理解もせずに哀れんで、あなたも一緒なのねと涙を零す。それで不条理を耐えているじゃないか!」

男の平均と同じように切り揃えられた短髪が言葉とともに揺らめく。剣を持つために鍛え上げられた手がぐっと握られる。「当主」という籠に閉じ込められた彼は、鳥人の彼女を哀れんだ目で見つめた。
籠の小鳥が甲高く囀る。今日一番の鳴声だった。

「私は主人だからね。きっと一生分かり合えないんだ。分かろうとも思わないさ。籠の中で精一杯羽根を震わせて、哀しげに鳴くその姿が、堪らなく可哀想だから!」

この小鳥遊家の象徴ともいうべき紫の瞳が二つ、不安定に揺らめいていた。その姿の、なんたる哀れなことか。綺麗な鳥を逃がそうとしない、駄々っ子のエゴを彼、いや彼女は振りまいていた。
絶句した様子の少女を置き去りにして、彼はゆっくりと息を吐く。

「そんなに望むのなら、また輪っかを増やしてあげよう。ちょうど左手の薬指が空いているみたいだしねえ。また白に染め上げて、次は紫の指輪で縛ってしまおうじゃないか。きっと清らかで、乙女みたいで、私にはない神聖さを兼ね備えた、女神に。君はなるんだよ。ねえ、ねえ小鳥さん」

彼は興奮した様子で右ポケットから万年筆を取り出す。「私からのプレゼントだ」と称してこれまた白い大理石の机に置いた。磨き上げられた石には金縁の筆が反射し、残酷な未来を書き上げるのを今か今かと待っている。その瞬間、少女は瞳孔と心臓が一度に縮まるのを感じた。

「......っあ、あ...あ......」

彼女は弱冠12歳にして、一つのことを悟ってしまった。こんなにも世界は広いのに、自分の安らげる場所は鳥籠一つ分すらないことを。

「近いうちに使うだろうからね。試し書きをしておくといい」

その衝撃は、まるで瞳の水晶体にひびが入ってしまったぐらい痛くて、辛くて、信じがたいものであった。しばらく放心状態の彼女は痙攣を起こしたかのように瞬きを繰り返すばかり。まともに話せる状態ではなかった。

「...別に、悪い風にはしないさ。君がいいと言うまで私は手を出さない。この鳥籠で自由に暮らしてもらうことが第一なのだから」

唯一救いがあるとするならば、公爵の抱きしめる手が歪ながらも暖かかったことだろうか。まだ弱い彼女は思わずその温もりに身を預け、このアンバランスさに頭を混乱させていた。

「やっと、待ち望んでいたものが手に入る」

少女に気づかれぬよう、彼はうっとりと目を閉じる。奇しくも、少女が憧れの砂糖菓子を見つけたように、彼ではなく彼女が笑っていた。

「12の清廉、羨望す」
8/18ページ
スキ