それ以外
ああ、なんて酷いお方。彼を再び目にした時、出た言葉は一つしかなかった。諦観と小さじ一杯の憤怒を込めた目を向けて、私はこの台詞を言い放った。
彼はこの言葉を受け取るや否や、心臓がどくどくと波打つみたいに血色の瞳孔を見開いた。そしたら、にやにやと悪魔そっくりの笑みを浮かべて、彼は私に耳打ちをしました。おっと、この方は本物の悪魔でしたものね。間違えてしまいました。
しんと静まっている礼拝堂の中だと、こんな囁きでも波紋となるみたい。静けさと言い聞かせるような言い方のせいで、余計に神経が逆立った。
「まさかまた修道院にいるとはなあ、シスター。14年間の逃避行は楽しかったか?」
「男子禁制の神聖な場所に再び押入るなんて、野蛮な人ですこと。ミスター」
「だって言ったろ? 輪廻転生で逃げた気になるなと。どうせいつかは死ぬのだから、と耐え続けるお前も可愛かったが、気が変わった。次は、永遠によって緩やかに絶望していくお前が見たくなった」
「......そうですか」
「すまないな、迎えに行くのが遅くなって。最近は堕落する人間が多くてね。その管理と報告で忙しなかった、といえば言い訳になるだろうか」
別に聞いてもいない近況報告を垂れ流し、悦に浸る貴方。「一生分連れ添っていた」はずなのに、私と貴方は今も分かり合えてないのね、とため息をついた。其処彼処に冷たく横たわる姉妹 達が見つめているにもかかわらず、彼は言葉をせき止める気配がない。わざと自分の髪をくるくるいじれば「なんだ、再開の挨拶が長かったのか」と彼はこちらに向き直った。そして跪いた私に目線を合わせ、触ったせいで血糊がついた毛先を撫でた。
「今回はお揃いのシルバーか。似合っているぞ」
彼は血のついた箇所を避け、そっと髪に口付けた。その拍子にふわりと林檎の花が彼から香って、逃げるように彼を払いのけた。
「...どうした? シスター。素直に来ればいいじゃないか。欲望は頬張るものだ。何も恥じることはない」
「そんなこと、」
「ちょっと悪魔を舐めすぎじゃないか? 」
尻餅をついたような姿勢の私をそのまま押し倒し、彼は私の頭の真横に手をつく。その時初めて、ぞわり、と魂が握られたような感覚がした。釘で何度も打ち付けられるみたいに、私の心臓が揺れては振動して忙しない。怖い。その感情が、脳裏に焼き付いて離れない。そう感じるのは、私も人の子であることの証明だろうか。
「もうお前が堕ちていることはわかっているんだ。お前が私の気を引こうとして、いや、捨てられたくないがためにあえて堕ちていないような顔をしていることも」
しかし不幸にも、人の子は「好奇心」というものも持ち合わせていた。原初からそれのせいで過ちを犯しているのに、尚も捨てられないのは所詮全知全能から生まれた出来損ないだからだろうか。
彼は誘惑するように、降伏を促すように私の頬を舐めた。ぺろり、と彼の二つに割れた舌が肌を逆なでする。生理的に溢れた雫を絡め取った後、彼はわざと私から手を退けた。
「私は別に堕ちる堕ちないの基準でお前を見ていない。何度汚しても何度堕ちても穢れない、清らかで上等な魂を愛しているんだ。魂から恋をしている、いい響きだろう?」
彼が立ち上がり、見下した視線で刺される頃には諦めがついていた。彼がすっと青白い手を差し出す。もう二者択一の答えは出ていた。私は差し出された手をついに取り、シスター服の裾を持ち上げて会釈する。
「ミスター。どうか私と契約してくれませんこと?」
彼の林檎のような赤い爪に口付け、にたりと私は笑ってみせた。
ああ、これだからもう恋なんてしたくなかったのに。
清らかな乙女は原罪のベールを被り、悪魔に手を引かれていった。
「十四の小娘、生まれ堕ちる」
彼はこの言葉を受け取るや否や、心臓がどくどくと波打つみたいに血色の瞳孔を見開いた。そしたら、にやにやと悪魔そっくりの笑みを浮かべて、彼は私に耳打ちをしました。おっと、この方は本物の悪魔でしたものね。間違えてしまいました。
しんと静まっている礼拝堂の中だと、こんな囁きでも波紋となるみたい。静けさと言い聞かせるような言い方のせいで、余計に神経が逆立った。
「まさかまた修道院にいるとはなあ、シスター。14年間の逃避行は楽しかったか?」
「男子禁制の神聖な場所に再び押入るなんて、野蛮な人ですこと。ミスター」
「だって言ったろ? 輪廻転生で逃げた気になるなと。どうせいつかは死ぬのだから、と耐え続けるお前も可愛かったが、気が変わった。次は、永遠によって緩やかに絶望していくお前が見たくなった」
「......そうですか」
「すまないな、迎えに行くのが遅くなって。最近は堕落する人間が多くてね。その管理と報告で忙しなかった、といえば言い訳になるだろうか」
別に聞いてもいない近況報告を垂れ流し、悦に浸る貴方。「一生分連れ添っていた」はずなのに、私と貴方は今も分かり合えてないのね、とため息をついた。其処彼処に冷たく横たわる
「今回はお揃いのシルバーか。似合っているぞ」
彼は血のついた箇所を避け、そっと髪に口付けた。その拍子にふわりと林檎の花が彼から香って、逃げるように彼を払いのけた。
「...どうした? シスター。素直に来ればいいじゃないか。欲望は頬張るものだ。何も恥じることはない」
「そんなこと、」
「ちょっと悪魔を舐めすぎじゃないか? 」
尻餅をついたような姿勢の私をそのまま押し倒し、彼は私の頭の真横に手をつく。その時初めて、ぞわり、と魂が握られたような感覚がした。釘で何度も打ち付けられるみたいに、私の心臓が揺れては振動して忙しない。怖い。その感情が、脳裏に焼き付いて離れない。そう感じるのは、私も人の子であることの証明だろうか。
「もうお前が堕ちていることはわかっているんだ。お前が私の気を引こうとして、いや、捨てられたくないがためにあえて堕ちていないような顔をしていることも」
しかし不幸にも、人の子は「好奇心」というものも持ち合わせていた。原初からそれのせいで過ちを犯しているのに、尚も捨てられないのは所詮全知全能から生まれた出来損ないだからだろうか。
彼は誘惑するように、降伏を促すように私の頬を舐めた。ぺろり、と彼の二つに割れた舌が肌を逆なでする。生理的に溢れた雫を絡め取った後、彼はわざと私から手を退けた。
「私は別に堕ちる堕ちないの基準でお前を見ていない。何度汚しても何度堕ちても穢れない、清らかで上等な魂を愛しているんだ。魂から恋をしている、いい響きだろう?」
彼が立ち上がり、見下した視線で刺される頃には諦めがついていた。彼がすっと青白い手を差し出す。もう二者択一の答えは出ていた。私は差し出された手をついに取り、シスター服の裾を持ち上げて会釈する。
「ミスター。どうか私と契約してくれませんこと?」
彼の林檎のような赤い爪に口付け、にたりと私は笑ってみせた。
ああ、これだからもう恋なんてしたくなかったのに。
清らかな乙女は原罪のベールを被り、悪魔に手を引かれていった。
「十四の小娘、生まれ堕ちる」