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それ以外

「...今日もいいね、1000ぐらいかあ」

キングサイズのベッドにごろんと転がり、ヒビが入ったスマホを灯す。そこで真っ先に開くはカメラのアイコン。そして、あげたばかりの投稿に群がる数字をただただ見つめていた。しばらく壊れたみたいにスクロールしていたら、ふいに画面は真っ黒に変わってしまったが。

あ、電池切れちゃった。

心ではわかってるのに、身体は上から吊られていたように動かない。今は言ってみれば、繋いでいた糸が切れてしまったところだろうか。
充電器、持ってこないといけないのになあ。ぼんやり考えてはいても、そんな微弱な信号は体に行き届かない。結局のところ、その指令は私の脊椎までしかいかなかったらしく。いつまでもうっすらと反射する虚ろな目が嫌になってシーツの上に放り出してしまった。

「なんで、私は数字を集めてるんだろ」

ぐしゃり。握りつぶされたシーツの波がやがて皺になる。その歪な陰影が、高層ビルの夜景に照らされ、目立っていた。

業界の中でも、少しずつだけど名前が売れていった頃。あの頃は必死で、素朴に楽しめていたっけなあ、と懐かしく思う。今思えば輝かしい時代といえる。
でも人間って、インスタントでジャンキーなものが食べたくなる時だってある。若かったら尚更だ。私はある日、自己顕示欲の魔力に敗北を喫し、あのフォトジェニックなカメラを手にしてしまったのだ。

今やフォロワー数は2万人と5000人と、あとちょっと。削除と書かれた赤文字なんて、今更押せるわけがなかった。

「だめだ、だめ。またやってんじゃん」

たまにリセットしたくなる。あの頃みたいなのに戻りたいから。

そんな時、私はある女の子の物語を見るのだ。

「............そうだ。あの子。今、何あげてるのかな」

見ないと。あの子のストーリー。

その一心で、がば、と直角を描いて起き上がる。近くにあったモバイルバッテリーをひっつかんで、手に持った死人にぶっ刺す。すると死体は生き返り、赤い電池を抱えた瀕死の病人にまで回復した。

病人を叩き起こしてまで見たかったもの。それはただのJKでもあり、華のJKでもある彼女のささやかな投稿だった。

勿論、接点なんてない。たまたまエゴサをしている時に、彼女は私についての投稿をしていたから、少し覗き見ただけ。まあそこから、ずぶずぶとはまってしまったわけだが。

「...はは。タチ悪いなあ」

慣れた手つきで彼女を検索にかけ、最新の投稿をようやっと見ることができた。
......ああ、やっぱり。

「今日はお友達とお出かけしたんだあ。好きだもんねえ、あのマスコット」

今日、都心で彼女の好きなマスコットキャラのイベントがあったらしい。きっと行くだろうと思って、帰宅したであろうこの時間にアプリを開いたのだ。その目論見通り、画面には18秒前に投稿されましたと書いてある。初めてこの投稿を見たのが私だと思うと、嬉しくて嬉しくて微笑みが漏れた。

この喜びを忘れまいと、スクリーンショットをして、彼女専用のフォルダにそれをしまい込んだ。フォルダを確認すれば、それはちょうど777枚目。縁起がいいなあとほっこりしつつ、これまでの戦利品を眺めることにした。

まずは私が初めて目にした彼女の投稿。

彼女が初めて投稿した時のひまわりの写真。

彼女の好きなマスコットキャラについての投稿。

彼女も行ったパンケーキのお店に行った時の写真。

彼女のバイト先であるお花屋さんの花と外装を写したもの。

そして、彼女の学校と最寄り駅の外観を撮った写真。

色々このフォルダには詰まっているわけだが、一つ手持ちにない写真があった。

そう、彼女の顔写真だけ、どうしても集まらないのだ。一応探してみたが、あるのはスタンプで覆われた写真か、後ろ姿しか写っていなかった。

「やっぱり寂しいよね。これじゃあ」

誰かに同意を求めるように、私はわざとらしく嘆いた。
どうせ正当化の理由が欲しいだけなのに、わざとらしい奴。とすぐに嘲笑が漏れてしまったが。

立ち上がり、大きな窓に身体をもたれさせる。ひんやりとした冷気が身体を伝って頭に流れ込んでくる。何気ない行動ではあったが、もしかするとまだ残った理性が頭を冷やそうとした行為なのかもしれない。
でも、こんな綺麗な夜景を見て「あの子にも見せてあげたいな」なんて思ってる私は、もう手遅れなんだろうと息を吐いた。

──────────────────

学校帰り、駅についたことを知らせようとスマホを取り出す。すると、そこには思いもよらない通知が来ていた。

「赤橋リンネさんからいいねされました」と夢にも思わないことが、そこには映し出されていたのだ。

私の憧れである、あのアーティストから送られたハート。それは些細な日常の伝達を忘れるくらい、大きなものに違いなかった。
思わず息を呑み、声が漏れないように口を塞ぐ。もちろん歩いていられるわけもなく、その場で私は立ち止まってしまった。

そんな小娘を追い越すように、ひとりの女性が横を通る。こんな住宅街で立ち止まってたら邪魔だったかな、と前を見回した。
かつり、かつりと赤いピンヒールを鳴らして歩くその人が見えて、何故かはわからないが既視感を覚えた。でもどちらにせよ、その姿はすらりとしていて美しく、印象に残るようなものだった。

しかし突然、その姿がぐらり、と傾く。細いヒールが地面を離れ、代わりに靴の側面が地面へと当たり、鈍い音と女性の声が同時に耳に入った。

「大丈夫ですか!」

その場にうずくまる女性に駆け寄り、その身体を起こす。長めの黒髪に覆われていた顔がゆっくりとあげられ、またもや既視感のあるつり目が私を射抜いた。

「...ごめんなさい。ちょっとこけちゃってね」

女性にしては低めの声が謝罪を口にする。それは、これまで何百回と耳にしたことのある、あの聞き慣れた声に違いなくて。

「あ...あの、もしかして...」

「なあに?」

「......赤橋、リンネさんですか?」

イントネーションもぶれぶれの声に、彼女はなぜか笑って答えた。

「......知ってくれてるんだ。そうだよ。やっと会えて嬉しいなあ」

ささやかだけど、まあまあ幸せだった日常。そこに、彼女との出会いは大きな変化を与えようとしていた。

「ささやかな幸せをぶち壊すくらい、重苦しい愛を」
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