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一章

乗り込んできてからというもの、それまでは白い雲と青い空に形取られていた景色が黄昏て行き、ついには黒い雲と赤い空が景色を染め上げていた。その様を見て櫻子は驚嘆し感動した。これまで自分が見てきた世界は、こんなにも限られた色で作られていたのだと。きっと三つの都を遠くから見たら、さぞかし綺麗なコントラストが見れることだろうと、同時に広い視野に思いを馳せたりもしていた。
ごうごうと硝子越しでも確認できる蒸気の音と、時々耳に入る自分の息遣い。聞こえる音といえば、それぐらいしかなかった。人が少なすぎて貸切と化したこの車両では、ある意味一定の静寂が保たれていた。

やがて目に入る色が明らかに赤黒くなってきた頃。一メートル四方の窓からでも建物や雑多な商店街がはっきりと見えた。もう車掌のアナウンスを聞くまでもなく、自分は対極の都に着いたのだとわかった。きっと外は暑いだろうから、羽織りは手に持ち鞄を担げば、もう都は目の前にあった。硝子越しでない、水晶体越しの景色がそこにはあった。
車掌の声が少し気だるげに聞こえる。

「えー、獄の都、獄の都。終点です」

きっと彼も疲れているのだろう。心の中で「お疲れ様でした」と呟き、櫻子はホームへと降り立った。

降り立った瞬間、櫻子の元へ様々な香りが漂ってきた。商店街から来たと見られる香辛料の香りから、民衆が洗濯をする際に生じる石鹸の香り。そして獄の都からは切っても切り離せない「死」の香り。それらが混ざり合い、まさにごった煮のような様相を見せていた。しかしそれらが顔をしかめるほどなのかというとそうではない。どちらかといえば、どんな物でも受け入れてやる懐の広さを象徴するような香りだった。

この旅に際して櫻子は、事前情報や知識というものは持ち合わせてなかった。なにせ図書館に行こうが書店に行こうがそんな本なぞ置かれていないし、第一書く者もいない。そして人というのは謎に対して良い印象を抱かない。だから櫻子も獄の都へ行くのは少し躊躇している節があった。
しかしその心配はすっかり外れることとなる。まず第一に、降り立った瞬間に感じ取った香りこそがそうだった。

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黒い詰襟の衛兵二人が先導する列にて。その列は、獄の都の長である「閻魔将軍」がいる館へと歩みを進めていた。今現在列は館の目の前にある廊下に差し掛かっており、交渉へのタイムリミットは刻々と迫っている。櫻子は正直気が気でなかった。
赤と黒を基調とし、アクセントに金を添えた調度品の数々と壁紙、そして絨毯。高級感と重厚感のあるそれらは四方に備えられており、櫻子は自分だけが浮いているように感じた。その日の服装は白と青を基調とした袴で、どう考えてもこの空間にミスマッチだった。
櫻子がどれだけ悩もうが悔もうが、時間は単調に迫ってゆくものだった。かつり、かつりという革靴の音と、なぜか廊下に設置されている壁時計の針の音が近づく時間を無機質に告げていた。

「(......どうなんだろう。そもそも、なんで私しか呼ばなかったのかしら)」

櫻子は同時に不思議に思っていた。こんなに大事な交渉を重役でもない一人の女とだけするなんて、何かあるに違いないと。謎に思いつつも、今わかるのは現在の時刻とこの館の仰々しさのみ。大人しく黒い軍服の背中を追うしかなかった。
一歩、二歩、三歩...その数がついに二桁に差し掛かろうとした時。先導していた衛兵がくるっと向き直り「ただ今から扉を開けさせていただきます」と準備を促した。櫻子の右にいた者と左にいた者、それぞれが扉の前まで行き、ドアの引き手に手をかけた。それは身長の高い衛兵達でさえ届かそうな高さまである両開き扉だった。まさに最後の審判である長に続く扉にふさわしい扉だった。

「(大丈夫......多分。たぶん大丈夫。私死なないし...)」

櫻子の未知に対する恐怖が最高潮に達した時。ぎぃ...という音とともに、その未知なる人物が姿を見せた。
玉座に座り、先程の衛兵と同じ軍服を着た女性がこちらをちらりと見た。彼女の額から左の目元にかけて残る傷跡と、モノクル越しにこちらを見つめる視線は誰よりも凄みがあった。
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