一章
さて、この世界には地、獄、そして天の、合計三つの都があるわけだが。もし都から都へと渡る場合、列車で行くか空を使って行くか、はたまた自分の術を使って行くかに絞られる。
櫻子も遣わされる者として獄の都に行くことになったが、いかんせん天と獄は仲が悪い。だから最終的に手に入れられたのは一枚の切符のみだった。
「一週間に一回しか来ないって...どういうことよ......」
手にすっぽりと入るぐらいの切符を握りしめ、櫻子はちょうど列車を待っていた。
事前に手配したとはいえ、駅の車掌にこの切符を手渡したところすごい驚かれたのを思い出しながら。たしかに好き好んで仲の悪い都へ行く者など、物好きでしかない。車掌の反応はいたって正常だった。まあそのお陰か、一週間に一度しか出ない切符を比較的安価に、それが一等の席であっても手に入れられたのだが。
その日は彩雲が太陽に彩られ、燦々と輝いている、そんな天気だった。そんな光景も、短い間ではあるが見れなくなると思うとなんだか寂しく感じた。
雲を眺めている櫻子の目に、ひとつ、ふたつと人工的な雲が映り込んでくる。その雲が流れてきた場所を辿れば、黒く塗られた蒸気機関車がブレーキをかけ、駅のホームへと駆け込んできた。
「こちら、天の都発獄の都行きの列車です。乗車券をお持ちの方はどうぞお早めにご乗車ください」
少しキンキンするぐらいの声と機関車のうなりが列車の到着を告げる。もうこんな時間か、と時計を確認し、櫻子は列車へと乗り込んでいった。
──────────────────
天の都から獄の都まで、およそ20時間。相当な長旅になるだろうから、と鉄道会社がお情けで置いてくれた雑誌を櫻子は流し読んでいた。雑誌は三種類あって、獄の都、天の都、そして地の都のものがそれぞれ置いてあったのだが、すぐに読み終わってしまった。
ものの30分で読み終わってしまったわけ。それは櫻子がぺらぺらとめくってみても、どの雑誌も後ろ向きなことしか書いておらず嫌気がさしたからである。例えば獄の都では天の都出身の囚人が行方不明になっているし、天の都では絵と芸術家が同時に失踪していて、地の都ではある誘拐事件が10年の節目を迎えていた。世の中暗いことばっかりじゃないか、とそれらを放り投げれば、いくらかマシな気持ちになっていった。
こんな時には糖分を取るのが一番だと、櫻子は椅子から背を離して、鞄から飴の瓶を取り出す。極彩色をそのまま閉じ込めたような一粒をつまみ出し、欲望のままに口へと放り込んだ。
じんわりと広がっていく砂糖が味蕾を刺激する。そうだ。世界は絶望に満ちてなんかいない。救いだってあるはずだ。やはり糖分は偉大で、櫻子に幾ばくか希望を与えていった。
時間が経ち、口いっぱいに飽和してしまった砂糖と時間。いつもは欲しくてたまらないものも、いざ手に入れて仕舞えばすぐ飽きてしまうのが人間の性だった。
そして、そんな人間が次にすることは、さしずめ新しい物事に手を出すことだろうか。櫻子も例によって新たな娯楽を探すため、鞄の中を漁った。
すると一冊の本があるではないか。櫻子はすぐに取り出し、頁をめくった。
「地の都に伝わる伝承について」
暇な気持ちに飽き飽きしているからか、それとも協定文書をまた開く気力もないからか。櫻子は食い入るように文字を追った。そんな櫻子を一番に歓迎したのは、傾国の美女または悪女がある神を誑かす、そんな伝承について書かれた章だった。
櫻子も遣わされる者として獄の都に行くことになったが、いかんせん天と獄は仲が悪い。だから最終的に手に入れられたのは一枚の切符のみだった。
「一週間に一回しか来ないって...どういうことよ......」
手にすっぽりと入るぐらいの切符を握りしめ、櫻子はちょうど列車を待っていた。
事前に手配したとはいえ、駅の車掌にこの切符を手渡したところすごい驚かれたのを思い出しながら。たしかに好き好んで仲の悪い都へ行く者など、物好きでしかない。車掌の反応はいたって正常だった。まあそのお陰か、一週間に一度しか出ない切符を比較的安価に、それが一等の席であっても手に入れられたのだが。
その日は彩雲が太陽に彩られ、燦々と輝いている、そんな天気だった。そんな光景も、短い間ではあるが見れなくなると思うとなんだか寂しく感じた。
雲を眺めている櫻子の目に、ひとつ、ふたつと人工的な雲が映り込んでくる。その雲が流れてきた場所を辿れば、黒く塗られた蒸気機関車がブレーキをかけ、駅のホームへと駆け込んできた。
「こちら、天の都発獄の都行きの列車です。乗車券をお持ちの方はどうぞお早めにご乗車ください」
少しキンキンするぐらいの声と機関車のうなりが列車の到着を告げる。もうこんな時間か、と時計を確認し、櫻子は列車へと乗り込んでいった。
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天の都から獄の都まで、およそ20時間。相当な長旅になるだろうから、と鉄道会社がお情けで置いてくれた雑誌を櫻子は流し読んでいた。雑誌は三種類あって、獄の都、天の都、そして地の都のものがそれぞれ置いてあったのだが、すぐに読み終わってしまった。
ものの30分で読み終わってしまったわけ。それは櫻子がぺらぺらとめくってみても、どの雑誌も後ろ向きなことしか書いておらず嫌気がさしたからである。例えば獄の都では天の都出身の囚人が行方不明になっているし、天の都では絵と芸術家が同時に失踪していて、地の都ではある誘拐事件が10年の節目を迎えていた。世の中暗いことばっかりじゃないか、とそれらを放り投げれば、いくらかマシな気持ちになっていった。
こんな時には糖分を取るのが一番だと、櫻子は椅子から背を離して、鞄から飴の瓶を取り出す。極彩色をそのまま閉じ込めたような一粒をつまみ出し、欲望のままに口へと放り込んだ。
じんわりと広がっていく砂糖が味蕾を刺激する。そうだ。世界は絶望に満ちてなんかいない。救いだってあるはずだ。やはり糖分は偉大で、櫻子に幾ばくか希望を与えていった。
時間が経ち、口いっぱいに飽和してしまった砂糖と時間。いつもは欲しくてたまらないものも、いざ手に入れて仕舞えばすぐ飽きてしまうのが人間の性だった。
そして、そんな人間が次にすることは、さしずめ新しい物事に手を出すことだろうか。櫻子も例によって新たな娯楽を探すため、鞄の中を漁った。
すると一冊の本があるではないか。櫻子はすぐに取り出し、頁をめくった。
「地の都に伝わる伝承について」
暇な気持ちに飽き飽きしているからか、それとも協定文書をまた開く気力もないからか。櫻子は食い入るように文字を追った。そんな櫻子を一番に歓迎したのは、傾国の美女または悪女がある神を誑かす、そんな伝承について書かれた章だった。