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一章

その日の夜、櫻子は夢を見た。眠りにつく前、彼女は随分と長く船を漕いでいたのだが、ふいに自分とは違う少女も乗っていることに気がついた。
ひゅ。ふいに吹いた風が彼女のおかっぱ頭をかき分けた。あー、ぐちゃぐちゃじゃない。そう言って髪を整えてやれば、彼女は橙色の目を三日月に曲げた。ありがとう、と微笑む姿に思わずこちらも微笑んでしまいそうになる。そんな幼い、九つぐらいの子供だった。

「ねえ! こーやって船に二人で乗るのも、楽しいでしょ? ここなら、人間だってからかってくる子たちもいないし...」

あれ。比喩だったつもりが、字面通りの状況になってしまった。そう気づいた時、櫻子はもう夢の中だった。
夢とはこれまで見聞きしてきたもののキメラだ、と聞いた事がある。とするとこの目の前にいる幼い子とも、どこかで会った事があるのだろうが、櫻子はなかなか思い出す事ができなかった。

「あなたは、誰?」

「あはは!忘れちゃったの? やだなあ」

「貴方の、一番の友達だよ」

水面に、彼女の輝く笑顔が浮かぶ。しかし誰だかは一向に分からなかった。
櫻子の頭にははてなと漠然とした既視感しか残らなくて、この純粋な少女に申し訳なくなってきた。その負い目からか、こぼれ出た「ごめん」の三文字が彼女の目を丸くする。

「別に大丈夫だよ。......仕方ない、事だったし。忘れちゃってるよね」

「あ......いや、その...ごめんなさい」

しんみりとしてしまった空気。かさ、と音を立て水に沈んでいく枯葉が、余計そうさせた。
会話の凪が、およそ4秒続いた。その後少女は思いついたかのように身を乗り出し、ぷくーっと顔を膨らませた。

「......そうだよー!怒ってるよー!」

「......ふふっ。反省してますから、許してくれませんか?」

小さい子に先を越されてしまった。どうしたものか、と櫻子は一瞬悩んだ。しかし、ここで乗らなければ年長者とはいえまい。素直な気持ちで言葉を発した。

「ふむ、仕方ない。ではもう一度お主に、おめいばんかい?の機会を授けよう!」

「なんでしょうか、1番の友達様」

「それはねー......」

彼女が次の言葉を発するより前、木々がどよめき始めた。まるで騒がしいガヤのように、木々は葉を落としてこちらの話を妨害してきた。やがてその葉はこちらにも飛んできて、少女の顔を隠すように散っている。

「私が今どこにいるのか、探してみて」

ざあっ。木々の声量がさらに大きくなった。

「でもそれじゃあわかんないだろうから、一つ教えてあげるね」

後ろがざあざあうるさくなるにつれ、落ちてくる木の葉の数も多くなってゆく。

「私の名前は......」

最後、一番大きい木枯らしが吹いた。少女の目と同じ色の葉が、彼女を隠し、攫ってゆく。

「物史華子、だよ」

気がついたら、そこには誰もいなかった。櫻子の目の前にはただ、本棚と布団だけの殺風景な自室が広がっていた。



物史華子(ものふしかこ)
櫻子の1番の友達?らしい。見た目は橙色の目におかっぱ頭の幼女。過去に何かあって櫻子は忘れてしまったみたいだけれど...
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