このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

一章

 この世を超えた先にあるとされる、天の都。いわゆる天国。人々はそこを、あらゆる神が納めし理想郷と考えた。あらゆる宗教書にもその存在は書かれていて、どれも同じように、浮ついた希望で象られたその都を嬉々として記していたのである。しかし現実は、人々の夢見る都とは違いあまりにも現実じみていた。

「なんでこんなに…」

 たんまりと溜まった資料に、折り重なった報告書。早くしろと言わんばかりの量に、櫻子はため息をついた。
 季節は春。環境課四季係にとっては繁忙期に当たる。

 その中の一枚を拾い上げれば、そこには「地球温暖化」の言葉がでかでかと書かれていた。
 なぜこんな言葉が、よりによって天の都で使われているのか。それはこの世界の特性にある。この世界では、いつの日からか人々が信じたものは全てが現実となる。信じる人間が多いほど、それはくっきりとした輪郭を持っていくというなんとも厄介な理だった。未確認生命体なんてものも、人々が未確認の生命体だと信じているため存在する。まあ、「未確認」であるため一生見つかることはないだろうが。

 地球温暖化なんてものに心配している人間のしわ寄せを食らうのは、神とその神に仕える神官、すなわち櫻子たちだった。

「春だから、なのかしら。いつもより多くなってるじゃないの……」

 屋内は少しの喧騒と筆を滑らせる音に包まれていた。その中に櫻子のものも混じり、一種の狂騒曲を作り出していた。しかし一瞬、柔らかな靴音が聞こえてから屋内は静まり返った。

「ああ、皆の者。別に筆を止めろとは言っていないぞ」

 やんわりと困ったように話す、靴音の主。それはすなわち、櫻子の父親であり上司の、四季織命だった。

「ちょいといいか。取り込み中すまないが」

 ちょいちょい、と櫻子は手招かれ、急いで立ち上がった。部署の中でも一番偉い神が直々に呼んでいるのだ、きっと重大な知らせなのだろうと考えを膨らませる。そのせいか肩がこわばっていたようで、四季にくすりと微笑まれてしまった。

「まあそんなに驚くな。今日はお前に旅行の案内とでもな」

「…仕事、ですか」

「……まあ、そうとも言えるな」

 旅行、仕事…といえば、思いつく場所は二つ。地の都、いわゆる現世。獄の都、いわゆる地獄の二通りだった。

「それで、今回お前には獄の都に行ってもらいたい。天の都からの使節としてな」

 詳しい話は別の場所でしよう、と促され、櫻子は持っていた書類を机に置いた。
2/11ページ
スキ