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一章

「友好関係になるからには、民にそれを知らしめる必要がある」

「最適な方法は、首脳間の会談。それに違いはありません」

縦長の机の両岸に座り顔を見合わせてているのは櫻子と閻魔の二人だった。それを静かに見守るは、閻魔の補佐官である霊華と一人の書記のみ。最低限の人数ではあるが、それが賛否両論の喧騒を嫌ってきた閻魔の用意したテーブルだった。
もうほとんどの議題はすでに完了のチェックが付いており、最後に重大な議題である「首脳間の会談」に差しかかろうとしている。全権を掌握する閻魔とここまで渡り合ってきたのだ、という事実が櫻子に勇気を与えた。
櫻子は議題が定まったのを確認すると、予定通り一枚の書類を卓上に置いた。ひらり、と翻された紙には「地の都での両者会談について」と書かれている。
その文字を見た閻魔は目を丸くした。一瞬瞳孔が開いたと思えば、彼女は感心したかのように唇を弧に曲げた。

「...そちらの世論は、大体が天の都での開催を望んでいたはずだが?」

「......それは、両者の完全なる和解にはなりませんので。私どもの方で協議し、決めさせていただきました」

しかしこの重要な書類に「地の都」の文字を載せるのはとても骨の折れる仕事だった。なにせ天の都は、とても保守的な都市であるからである。

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それは天の都にて、最初の会議のことだった。

「あちらの方から出て行って、あちらの方から仲良くしようと言ってきたのだ。ならあいつらの方から来るのが筋だろう」

「なのになんだ。こちらはこの前10人ほど受け入れてやったのに、こんな人間の小娘しか受け入れないなんぞふざけているのか」

「そうだ。あいつらがこちらに来ればいいじゃないか」

その時は何人かの神と櫻子とが集まり、獄の都との交渉について案を練っていた。その中でも「どこで首脳間の会談を行うか」という議題に差し掛かった瞬間、一部の神は上記のように声を荒げた。
それを神々の補佐官たちは黙って佇んでいるのみ。元々同意見である者達に、何も発言する必要はなかったのだ。
ただ単に獄の都を罵るような言葉すら出尽くした頃。一部の神々が息を吐き、言葉を発した。

「よし、それで決定ね。それじゃあ──」

お気楽そうなその声を遮るようにして、櫻子が声を上げる。「ひとつ、私に意見があります」と。それまでつっかえることなく進んでいた会話の波が、急にせき止められたことに遮られた方は眉をひそめた。それを一瞥し、櫻子は凛とした態度でこう言い放った。

「私は反対です。対案として地の都を提案させていただきます」

「人間ごときが口を出すことでは...」

あきれた様子で、そしてさも当然そうに差別的な口調で話す神を会談の当事者である最高神が諌めた。

「まあ、お聞きなさいな。彼女は彼方の都から直々に選ばれた者ですから」

鶴の一声、とは言ったものだ。軽やかな声が会議に水を打った。十分な沈黙が得られたのち、さあ、と最高神が微笑んで櫻子に発言を促す。

「ありがとうございます。...理由ですが、天の都で開催された場合、獄の都の極右集団がこちらに攻撃をしてくる場合もあり、何より健全な関係への第一歩は対等な場が設けられてこそ踏み出されるものだからです。反対に獄の都で開催された場合も同様に、危険性もあり対等な場も成立しません。だからこそ私はちょうど中間である地の都、そして神聖な場所でもある出雲を開催地として提案させていただきます」

それは外交のいろはがあるとすれば「い」にあたるぐらいの、至極簡単な理由だった。ふむ、と一度頷き、議長である最高神は顔をゆっくりとあげた。

「...そうしましょう。皆さまも、異議はありませんか?」

一部の神々は安堵したような顔で、また一部の神々は難色を示した顔で結局会議は終わった。

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「そうかそうか。あの奴らがねえ」

好奇の色をちらつかせ閻魔は笑う。あいつらは相変わらずだなあ、と皮肉を交えて呟きながら。閻魔が元は天の都にいた者であるからこそ、出た皮肉であると言えた。
ひとしきり笑った後、彼女は静かにお茶を口に含んだ。つられて櫻子も口をつければ、それはぬるいを通り越して冷めている状態だった。

「霊華。現在の時刻は」

藍色の目をした補佐官が静かに懐中時計を取り出し、ぱかりと金色の蓋を開けた。目を伏せるようにして彼女は確認すると、淡々と現在の時刻と経過時間を述べる。

「...現在、午後18時56分。経過時間はおよそ10時間30分程でしょう」

「ありがとう。...そして、と言ったらなんだが、貴様は今回の決定に何か意見はあるか」

横にいた霊華に向かい、閻魔は意見を仰いだ。その姿は天の都で語られている「冷徹な独裁者」というシナリオとは別のものだった。
そうですね、と一言発し、霊華は再び目を伏せる。一秒ほどしてから、彼女の瞳はゆっくりと開かれた。

「地の都にて行う、という点については良いと思います。しかし、日程につきましては天の都の方が少し不安定であると見られます。あちらは人間に合わせなければいけませんから。そして、万が一のことを考え、死と武術を司る神であります将軍にも、あちらの最高神さまにも護衛と部屋の見張りをつけるべきでしょう。あとは獄の都の極右、極左団体の監視が必要であると申し上げます」

確かに、その点に関してはまだ議論の余地があるな。
では今回はどこまで進めましょうか?
今回はこちらの日程についての資料を添付すること、そしてこの書類に同意することが急務だな。
ええ。では大至急日程表を作成させます。印の方はすでに用意済みですので、どうぞ将軍のご意思の元に。

二人は足早に言葉を交わし合い、終わったかと思えば櫻子に視点を合わせた。

「こちらは決まった。答は賛成だとな」

手のひらに収まるほどの豪華な金印を取り出し、閻魔はぺたりと朱肉にそれを押し付ける。すると血の色みたいに赤黒い色が金印の片側を覆った。ふ、とそれに息を吹きかけてから、閻魔は紙に捺印した。
ぺり、と張り付いた紙が印から離れてゆく。その下には血のようにべったりと、またははっきりと刻印がなされていた。
その金印に何度朱が塗られてきたかは櫻子にはわからない。しかし金印の眩いばかりの輝きから、それが希少な印であることは察したようだった。
ありがとうございます。息を吐くように呟いて、櫻子は紙を受け取った。
未だに彼女には意味がわからなかった。何故自分が、こんな歴史的な瞬間に立ち会えているのかが。

「さて、それでは今回の協議はここまでとする。ご苦労だった。天の都の神官よ」

閻魔は満足げに立ち上がり握手を櫻子へ求める。櫻子が応じれば、ひんやりとした閻魔の手が櫻子を現実へと引き戻した。

「こちらの方で夕食をご用意していますが、いかがでしょうか?」

安心したような笑みを浮かべて霊華が促してくる。
宿には泊まれさえすればいいだろうし。櫻子は快く首を縦に振った。
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