一章
「(この方が...都の長である閻魔将軍...!)」
櫻子の瞳孔が本能的に開き、びくりと背筋が動いた。
それを見て、口を開いたのは閻魔ではなく隣にいた部下らしき女性だった。
「あ〜......ええと、お越しいただきありがとうございます。どうぞリラックス、リラックスしていただいて...」
ボブの女性が、藍色の目を申し訳なさそうに下げつつ礼をした。彼女に罪はないが、櫻子は内心「誰がこんな状態でりらっくすできるんだ」と思っていた。
とりあえず愛想笑いをして場を和らげようとするが、かえって言葉を切り出す間がなくなっただけだった。
そんな二人を見かねた閻魔がはあ、と息をつく。そして閻魔は口を開いた。
「霊華。もう交渉の準備はできているのだろう。テーブルに茶と菓子を用意しておけ、すぐにこの方は案内する」
「...はい!ただ今」
失礼します、と櫻子にまた一礼し、霊華と呼ばれた少女は去っていった。小走りで立ち去る霊華を二人は視線で見送る。見つめる対象がいなくなり、二人は自然と目を合わせる。見定める側の人物にいざ見つめられると、櫻子はいやでも緊張してしまう。
それを相手もわかっているのか、今度はつとめて微笑んできた。あんなに優しい表情も見せるのか、と感心していると、閻魔はおもむろに立ち上がり櫻子の元へとやってきた。
閻魔はマントを翻し、自らの手から黒革の手袋を取り払った。まずは挨拶から、と素の手を差し出し握手を求めてきた。それに櫻子が応じれば、ひんやりとした体温が皮膚を通じて伝わってきた。死者の温度なるもの、すなわち23〜20度ほどの冷たさを直に体験したものだから、櫻子は思わず足がすくんでしまった。しかしそのことをにこやかに自己紹介をする閻魔に言うことは出来ず、仕方なく次の言葉を待った。
「篠宮神官。ここで私が踏ん反り返って話をするのもなんだ。お互い対等な立場で交渉をするため場所を変えさせていただく。度重なる移動とても申し訳ないが、よろしいだろうか」
「はい。喜んで、将軍」
櫻子が返事をしたのを見届けると、閻魔はすぐ先の扉へ歩んでいく。すると彼女のカツカツというヒール音が急に止まった。
「...何かありましたか?」
「いや、天の都の者はこうも怯えてしまうのかとな。この傷と厳つい軍服のせいか?」
振り返って自身の顔を傷を指差し、にかっと閻魔は笑ってみせた。
「いえ!そういったことは...」
「まあ否定せずとも理解はできる。なにせ情報が少ないからな」
モノクルから覗く視線はまっすぐと一直線で、現実を見据えているようだった。
「仕方ない。謎に対して毅然とした態度でいれる者はそういない。しかし、交流の場においてそれは障害になりかねない。だからこそ、我等は歩み寄って行かねばならないのだと思うのだ」
さあ、準備はできた。そう言って彼女は扉へと手をかけた。
櫻子はというと、まだ足がすくんでいた。直前だから、と少し緊張しつつ右手を掴めば、まだあの温度が残っていた。きっと悪い方ではないのだけれど、「自分とは明らかに違う相手である」ということが変に強調されたみたいで櫻子は良い気がしなかった。
しかしされど、時は進む。目を伏せがちだった櫻子に、明朗な閻魔の声が聞こえる。さあ、と高らかに声を震わせ、閻魔は自信を持った笑みでドアノブを握る手に強く力を込めた。
「天の都の使者よ。テーブルについてもらおうか」
「(まずは前座から、といったところか)」
櫻子の瞳孔が本能的に開き、びくりと背筋が動いた。
それを見て、口を開いたのは閻魔ではなく隣にいた部下らしき女性だった。
「あ〜......ええと、お越しいただきありがとうございます。どうぞリラックス、リラックスしていただいて...」
ボブの女性が、藍色の目を申し訳なさそうに下げつつ礼をした。彼女に罪はないが、櫻子は内心「誰がこんな状態でりらっくすできるんだ」と思っていた。
とりあえず愛想笑いをして場を和らげようとするが、かえって言葉を切り出す間がなくなっただけだった。
そんな二人を見かねた閻魔がはあ、と息をつく。そして閻魔は口を開いた。
「霊華。もう交渉の準備はできているのだろう。テーブルに茶と菓子を用意しておけ、すぐにこの方は案内する」
「...はい!ただ今」
失礼します、と櫻子にまた一礼し、霊華と呼ばれた少女は去っていった。小走りで立ち去る霊華を二人は視線で見送る。見つめる対象がいなくなり、二人は自然と目を合わせる。見定める側の人物にいざ見つめられると、櫻子はいやでも緊張してしまう。
それを相手もわかっているのか、今度はつとめて微笑んできた。あんなに優しい表情も見せるのか、と感心していると、閻魔はおもむろに立ち上がり櫻子の元へとやってきた。
閻魔はマントを翻し、自らの手から黒革の手袋を取り払った。まずは挨拶から、と素の手を差し出し握手を求めてきた。それに櫻子が応じれば、ひんやりとした体温が皮膚を通じて伝わってきた。死者の温度なるもの、すなわち23〜20度ほどの冷たさを直に体験したものだから、櫻子は思わず足がすくんでしまった。しかしそのことをにこやかに自己紹介をする閻魔に言うことは出来ず、仕方なく次の言葉を待った。
「篠宮神官。ここで私が踏ん反り返って話をするのもなんだ。お互い対等な立場で交渉をするため場所を変えさせていただく。度重なる移動とても申し訳ないが、よろしいだろうか」
「はい。喜んで、将軍」
櫻子が返事をしたのを見届けると、閻魔はすぐ先の扉へ歩んでいく。すると彼女のカツカツというヒール音が急に止まった。
「...何かありましたか?」
「いや、天の都の者はこうも怯えてしまうのかとな。この傷と厳つい軍服のせいか?」
振り返って自身の顔を傷を指差し、にかっと閻魔は笑ってみせた。
「いえ!そういったことは...」
「まあ否定せずとも理解はできる。なにせ情報が少ないからな」
モノクルから覗く視線はまっすぐと一直線で、現実を見据えているようだった。
「仕方ない。謎に対して毅然とした態度でいれる者はそういない。しかし、交流の場においてそれは障害になりかねない。だからこそ、我等は歩み寄って行かねばならないのだと思うのだ」
さあ、準備はできた。そう言って彼女は扉へと手をかけた。
櫻子はというと、まだ足がすくんでいた。直前だから、と少し緊張しつつ右手を掴めば、まだあの温度が残っていた。きっと悪い方ではないのだけれど、「自分とは明らかに違う相手である」ということが変に強調されたみたいで櫻子は良い気がしなかった。
しかしされど、時は進む。目を伏せがちだった櫻子に、明朗な閻魔の声が聞こえる。さあ、と高らかに声を震わせ、閻魔は自信を持った笑みでドアノブを握る手に強く力を込めた。
「天の都の使者よ。テーブルについてもらおうか」
「(まずは前座から、といったところか)」