晩夏の天敵とアイスクリーム ※





「うー、・・・届かない・・」

収録の合間、外に出たら蚊に刺されたみたい。
ほんの短い時間だったのに。

タンクトップを着ていたせいか、背中のまんなかあたり。
どう頑張っても、指先は届かない。

「ヒョク、なにやってんの。ストレッチ?」

ノックもしないで俺の部屋に入ってきたドンヘが言う。
その手にはアイスがふたつ。

「アイスだ!! 食べる!!」

ちょうど冷凍庫をのぞきに行こーと思ってたトコロ。
さすが俺のドンヘ。
こんな時だけ都合よく褒めてみたりして。
もちろん心のなかで、だけど。

「いちごかき氷とチョコレートミルク、どっちがいい?」
「そんなん聞かなくてもわかんだろ、今さら」
「まーねー」

間延びした声でドンヘは、ピンク色のパッケージの方を渡してくれた。

あまずっぱくて冷たい・・・幸せ・・・
一気に食べちゃうのが勿体なくて、アイスキャンディーを噛み付かないで舐めて溶かす。

「夏早く終わんないかな。重ね着できなくて寂しいし」
「そお? なんか楽でいーじゃん」

思わず季節柄の愚痴がこぼれる。
ドンヘはドンヘらしい答えだけど。

「えー、むしろ一枚しか着れないってムズかしい」
「ヒョクは何着ても似合うし、カッコいいよ」
「そ・・・そう、ありがと」

あまりにストレートに褒められて、照れくさくなってしまった。
すこし縮こまると、忘れていた感じが蘇る。

「う・・・」

痒さでじっとしてられなくなって、もぞもぞ動いてみる。
もちろんそんなんじゃどーにもならない。

・・・夏のイヤなトコ、追加。

「どーしたの?」

チョコアイスのカップにスプーンをさしながら、ドンヘが首を傾げる。

「蚊に刺された・・・背中。もーやだ夏・・」
「どこ? 掻いてあげる」
「たぶん肩甲骨の間の・・・あ、もすこし右・・かな」
「え? こっちのほう?」
「もっと真ん中、戻って・・こっち」
「んー? わかんないよぉ。コレ脱いでよ」

ドンヘの調節が極端だからじゃん・・・
そんな文句を頭に浮かべながらも、仕方なくシャツを脱ぐ。

あ、アイス溶けそう・・・、あぶない。
何とか零さずに舐め取ったところに、ドンヘの指が裸の背中をつたう。

「うわー、なんかすっごいふくらんでるー」
「マジで・・・、カンベンしてよ」
「こんなだよ、こんな」

指で輪っかを作って見せてくれる。
うん、よくわかんないけど。

「掻いても治まんないよきっと」
「えー、でも落ち着かないよ。ちょっとでいいから」
「ダメだよ。痕残ったらどーすんの」

そんなこと言ったって薬とか持ってないし。
リョウクあたりなら効くやつ持ってそうだけど・・・帰ってたっけ。

どうしてもそわそわしてしまいながら、それでもアイスはぜんぶ食べきった。
そんな俺の背後で、ドンヘは唸っている。
どうやら色々考えてくれてるらしい。

「あ! いいこと考えた!!」
「・・え? なに?・・・・うにゃッ?!」

とつぜん背中に、刺さるような冷気。
びっくりしてヘンな声が出た。

「アイシング的なカンジに、ならない?」
「つ、冷たいよぉー」

アイスを掬って塗ったわけ?
たしかに痒みは紛れるけど、なんでこんなこと。
相変わらずドンヘの発想にはついていけない。

「あー、溶けんのはやい」

つ、つ、と肌を流れてく0℃にちかいもの。
寒気が背骨を伝って、上がってくる。
異質な感覚に、ちょっとだけ混乱してきた。

「ドンヘッ、やだ・・」
「やだ? なんで?」
「なんでって・・・、なんか、ヘンだよこんなの」
「だってこれしかおもいつかないもん」

これが思いつくんならもっと色々あんだろ?!
そう言い返そうとした時。

「?!ッ・・ん、あッ」

脳が認識するより早く、喉から声が摺り抜けた。

なに?!
冷たくって柔らかいものが背中を這ってる。

「な・・に、してんだよッ?!」
「らめれしょ?」

その舌ったらず。
舐めてるのか。
アイスで冷えた舌の感触は、いつもと違いすぎてわかんなかった。

「聞こえな・・い・・ッ」
「ダメでしょ? 服、汚したら」
「いいから・・舐めんなッ!!」
「うそだー、チョコついたらヒョクぜったい怒るもん」

俺の背中で動くそれが、だんだん体温へと戻っていく。
比例して鋭くなる、ある種の感覚。

「ね・・ぇ、やだって・・言ってんじゃん!!」

気づかれる前にやめさせなきゃいけない。
でも、頑張っても、語尾の音が上がった。

お願い。
アイスの味に夢中になっててよドンヘ。

「・・・もひとついいこと考えたよ」

どうやってんのか、舌を離さないままドンヘが呟く。
いいことって・・・
さっきのがこれだし、悪い予感がする。

「痒いのなんて、忘れさせてあげる」

チョコみたいに甘い声。
一瞬内容よりその甘さにドキっとしかけた、俺を誰か叱って。

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