瘡蓋 ※
「はい」
「ん、さんきゅー」
差し出されたカップを受け取りかけて、左手を引っ込めた。
逆の手で受け取り直して、にっこりとヒョクを見る。
「なんかさ・・・」
俺の隣に身を沈めたヒョクは、微妙に怒ってるみたいな表情で呟く。
ちょっと尖らせてる口が可愛い。
どうしたんだろう。
「すごい悪化、してない?」
じーっと左手を見つめられる。
ああ、心配でそんな顔してくれてるんだ。
「うん、腫れちゃった」
サポーターを外して見せてみる。
あの夜ヒョクが噛み付いたところ。
加減なんてできなかったみたいだから、結局歯で傷がついた。
気づいたらいつの間にか化膿して、急にびっくりするほど腫れ上がっちゃったんだ。
マネヒョンに気づかれて、半ば強引に病院に連れてかれたのが昨日。
診てくれた先生に不思議そうにされた。
歯型がくっきり残っていたから。
「うわぁ・・・痛そ・・・」
「痛いけど、いいよ」
自分が怪我したみたいに眉を下げてる。
痛いの覚悟でその手でほっぺに触れたら、ヒョクは過敏にぴくっと身を震わせた。
「いいって、なんだよ・・・」
「ヒョクがつけた傷なんだから。どんなに痛くてもへーきだよ」
「・・・ふーん、変な理屈」
「でもホントのことだもん」
俺に抱かれてる時のヒョクが、俺に刻み込まれたみたいな。
そんな気がして瘡蓋のひとつだって愛しくて仕方ないんだ。
笑いかけるとヒョクはぷいっとそっぽ向いた。
見えてる首のとこがみるみるピンクになってく。
「ば、絆創膏でもさっさとしときゃよかったじゃんか」
「隠しちゃうなんて勿体ないじゃん」
「・・・・・・ますますわかんねー」
「えー、すごく簡単なのにー」
早口で喋るヒョクと、話は噛み合わない。
でも、なんだか照れ隠しっぽくて可愛いからいいや。
「まあ、仕事に支障がでなけりゃいいけど」
「ううん。支障、出るよ」
「・・・・・え?!」
「しばらくダンスに左手は使っちゃダメなんだって」
ヒョクは弾かれるように振り向いた。
かと思うと今度はさあっと青くなる。
赤くなったり青くなったり、忙しいね。
「そんな・・・イベントとかもあるのに、どうしよう・・・」
「なんとかなるよ。前みたいに足じゃないし」
「そうかなぁ・・・」
若干困るけど、アレンジすればへーきだと思う。
途方に暮れてるみたいなヒョクの髪を撫でてあげる。
左手だったからちょっと痛かった。
「それより不便なのはさ」
「なに? なんか手伝う?」
「うん、お願い。約束だよ」
「だからなんだよ」
自由に動かせないと自覚して、まず思ったこと。
「ヒョクのこと、ちゃんと気持ちよくしてあげらんないかもしんない」
「・・・・・・は・・?」
両手と唇と舌と、全部使ったっていつも足りてない気がするっていうのに。
片手じゃきっと満足さしてあげらんない。
ヒョクってば体はすっごく欲張りだから。
「だからさ、自分でしてよ。見ててあげるから」
浮かんだアイデアが魅力的すぎて、そっちのほうが怪我より困る。
ああ、だっていい機会なんじゃない?
想像のかけらだけで、自然と口角が上がる。
最上級だと思う笑顔で伝えたとき。
ガタッ
ダイニングの椅子が音を立てる。
さっきからそこでおとなしく料理本を眺めてたリョウクだ。
冷たーい目で見られて、思わずリョウクに気を取られている間に。
「アホ魚!! いますぐ悪化しろ!!!」
「うわぁ」
ヒョクに肩を押しやられて、ソファーにボヨンと沈んだ。
もちろんソファーだから、痛くもなんともないけど。
頭から湯気が出てそうな感じでドタバタ自室に戻るヒョクチェ。
右手だけをついて立ち上がって、俺はそれを追いかけた。
変わらずじーっと見つめてるリョウクに、ウインクして見せてから。
ドアを閉じる一瞬前、でっかいため息が聞こえた。