My Faithful Dog ※
「・・・・はぁ」
スプーンを置いた拍子に溜め息が出た。
「なにかありました?」
「え?」
目の前の席で肘をついて、まっすぐにこっちを見ているキュヒョナ。
さっきまでゲームをしてたから、俺の存在は意識の外かと思ってたよ。
「ヒョンが溜め息なんて珍しいから」
意外なメンバーからの言葉にちょっとびっくり。
俺のこと見てることもあったんだ・・・
「そ、そお? なんでもないよ・・・ありがと」
ちょっとだけ嬉しくてそう言ったら、キュヒョナはすぐに自分の手元に目を逸らした。
「なんか・・・」
空のワイングラスをもてあそぶ彼の指先を、俺もなんとなく見ていた。
「ヒョクチェヒョン、最近色っぽくないですか?」
「・・・ッ! な、何?」
さらにまさかの言葉が来るとは。
息が詰まって、さっき食べてたプリンが戻ってくるかと思った。
「ドンヘヒョンに、いつもどんなことされてるんですか?」
キュミンカップルは・・・どうしてこうも人の性活に興味があるんだ!
結局似たもの同士じゃんか。
ソンミナヒョンに同情した一週間前の自分を呪ってみる。
「なんにもされてない!! ほっといて!!」
さっきまでリビングにいたリョウクが、ちょっとコンビニ行ったと思ったらこの会話。
しかもこのタイミング。
また零れそうになった溜め息を、慌てて飲み込んで自室に逃げ込んだ。
*
ここ一週間ほど、ちょっとドンヘが違うんだ。
相変わらずスキンシップは激しいし、言葉だって連発だけど。
こないだは後輩の女のコたちの前で「ヒョク大好きー」なんて抱きつくから困ったくらい。
なのに、俺の部屋に来ない。
トゥギヒョンに言われた『犬みたい』を気にしてるとは思えないけど、あの日あたりからだ。
凹んでる様子も俺に不信がある様子もないだけに、意味がわからない。
さっきも俺の部屋で映画見ようと誘ったら断られたところ。
なんだかんだで肩が落ちてるように見えたのか、リョウクが夜食にってプリンを差し出してくれた。
優しさがつまった甘さに元気が出たと思ってたのに、キュヒョナに見抜かれるなんて・・・
*
「今日はヒチョルと出かけるから」
「うん」
「多分帰らない・・・かも」
翌日、ラジオからの帰りの車内。
ほんの少しほっぺをピンクにして、トゥギヒョンがそう言った。
「そっか、ヒチョルヒョンやっとドラマ終わったもんね」
「う、うん。そうなんだ」
なんだか照れてる様子。
いつまでたってもトゥギヒョンだけ初々しい。
「いってらっしゃい、でもちゃんと寝てよ?」
ヒチョルヒョンといるとさらに寝不足になるからちょっと心配。
釘を刺したらヒョンは俺に向き直った。
「ヒョクチェ」
「ん?」
「12階、来なよ?」
・・・・・・あ、そっか。
トゥギヒョンがいないということは、同室のドンヘはひとりだ。
「ドンヘには俺が今日いないって、話してないから」
「・・・・うん。わかった」
しょっちゅう俺の部屋に泊まってたドンヘが、最近はやたら自室にいるワケだ。
そりゃトゥギヒョンにはなんか変なことぐらいわかっちゃうよね。
「お前の『忠犬』は、お前が大事すぎるだけだからね」
「・・・・」
忠犬=ドンヘ?
「お前は絶対に自信をなくしちゃダメ、わかった?」
よくわかんないけど、きっと大事な言葉な気がする。
ヒョンの目を見てしっかりと頷いた。
「よしよし。ヒョクチェがそれを約束してくれれば、俺は安心して行けるよ」
くしゃっと頭を撫でられる。
柔らかい笑顔がちょっと、親が子供を見るみたい。
「了解しましたわ、お兄様」
「ばか、じゃあね」
少し恥ずかしくなってふざけてみたら、今度は頭をもっとかき混ぜられた。
トゥギヒョンはけらけら笑いながら、ヒチョルヒョンとの待ち合わせらしいカフェの前で降りていった。
*
コンコン。
83ラインのいない12階は静かだ。
ドンヘの部屋をノックするその音が、いつになくちょっと緊張した俺の耳にはさらに響いて聞こえる。
「だーれー?」
間延びした答え。
「俺ー」
いつも通り返事は待たないで扉を開く。
「ヒョク、おかえり」
昼間は仕事でみんなで一緒にいたのに。
この部屋の空気もいつも来すぎて半分自分の部屋みたいなものなのに。
ドンヘの笑顔を見ただけなのに・・・
なんだか顔に熱が集まる。
「うん、ただいま」
変に意識しちゃうのをごまかそうと、出来るだけ全力で笑顔を見せた。
持ってきたゲームを目の前に掲げる。
「あ! それやりたいって言ってたやつ!」
「そお、一緒にやろ」
「やったー」
理由がないと来るのが無理だったから、帰りがけに思い出して慌てて買ったのは・・・内緒。
屈託なく笑ってくれたから、とりあえずはいつもの自分を取り戻せるかな。
一時間くらい、やっぱり楽しくって没頭してしまった。
でも、難易度が上がってきて、行き詰る。
「あー、もー疲れたー」
得意ジャンルじゃない俺はコントローラーを投げ出した。
「うー、俺ももうやめよ・・・」
ドンヘはバタンと俺の膝に倒れこむ。
「慣れるまで難しいねー」
「トゥギヒョン意外とこーゆー系いけるって・・・」
言いながらちょっとトロンとしてたドンヘの目がハッっとなって、
「そういやトゥギヒョンは? 一緒じゃなかったの?」
下から俺を見上げて尋ねた。
「ヒチョルヒョンとお泊り・・・だってさ」
「お、お泊り・・・なんだ・・・」
俺の言葉にドンヘはわかりやすく動揺したみたいだった。
「・・・・・」
黙って見つめてみたら、起き上がる動作に任せて逸らされた。
ドンヘが俺から目を逸らすなんてめったにない。
「・・・ヒョク、お風呂・・・は、入った?」
「うん、さっき入ってきた」
「そっか・・・」
明らかに困ったような様子に、俺の予測が裏付けられた。
やっぱり、誰かいれば別だけど、俺とふたりきりになるのは避けてるんだ・・・
なんで・・・?
意気地なしの俺がいやなのかな・・・
違う。
トゥギヒョンの手のひらの感触を思い出した。
忠犬ドンヘは俺が大事だって、自信をなくしちゃダメだって、言われたばっかだった。
マイナス思考は厳禁だ。
「ドンヘ」
「な、なに?」
視線は、見てるフリだけしてほんのちょっとズレてる。
ちょっともずらせないくらいに距離をなくして、
「このまま泊まってっていい?」
少しだけ、首をかしげて聞いてみた。
ソンミナヒョンにいつもやられて、断れない時の真似っこ。
「・・・だ、だめ」
一瞬ひまわりみたいな笑顔になって、すぐに慌てて頭を振るドンヘ。
ちょっと前にも見たような・・・
「・・・一緒にいたいのに」
ちょっとうつむいてから見上げてそうつぶやくと
「ヒョクの、ばか」
また目をむりやり逸らしたドンヘに結構なチカラでぎゅうっとされた。
「どんへ?」
「頑張ってんのに、俺。なにこれ試練?」
「??」
試練って・・・
耳元で聞こえる声は、ちょっと圧迫されてる俺よりむしろ苦しそう。
「そんな可愛い顔してそんなコト言われたら、もう『待て』できないよ、どうなっても知らないよ?」
一気に息を吐き出すみたいに言葉が流れた。
えっと・・・
そんなコト言ったっけ俺?
「そういうカンジだったの! こないだのヒョクが! ゴメンとか言っちゃってさ」
沈黙から読み取ったらしいドンへが答えをくれる。
「そ、うだった・・・?」
「うん、まだ怖いんだと・・・思って、忠犬としてはご主人様が『待て』って言ってんのに食べちゃダメだと思って・・・」
・・・そうなんだ。
アホの子なんて言われるドンヘだけど、実は勘は普通よりだいぶ鋭い。
自分の気持ち後回しで、俺のコトだけ。
ああ、やっぱり大好き。
「もう、いいよ」
「え?」
自然と零れた言葉にドンヘが俺を見る。
「おあずけは、終わりでいいっていったの」
まっすぐ見て伝えてから、
「・・・ヒョク・・・、ッ」
俺の名前を呼んだまま開いてる唇に軽くキスをした。
「待たせてゴメンね」
「・・・ホントに、・・・だいじょぶ?」
今、この愛しさに乗じてしまわなければ、きっとドンヘの優しさに甘え続けてしまう。
そう思ったから少しだけ勇気を出した。
「早くしないと気変わるかもよ」
相変わらず、あんまり素直にはいえないけど・・・
「ひょくうううううう」
「うわ!!!」
まさに飼い主にダイブする犬の勢いでドンヘにタックルされた。
ふたりぶんの体重を受けてベッドがぼよんと弾む。
ビックリして閉じた目をひらいたら、すぐ前にある顔があの笑顔をした。
「ありがとう」
「うん」
「いただきます」
「う、・・・うん」
大好き!って書いてあるみたいな表情。
もう、ドンヘになら何されてもいいし、何でもしてあげる。
変な挨拶のあとに降りてきた唇を、そんな想いで受け止めた。