My Faithful Dog ※
「あー」
「?」
隣でテレビを見てたはずのソンミナヒョンが、急に呟くから目を向けた。
「泣きそう」
「へ?!」
天井を見てるみたいに上を向いて、ヒョンはポツリと零す。
突然そんなこと言われてもどうしたらいいのー?
「もー・・・イヤ」
ホントに涙ぐんでるし!!
俺なんかした?
テレビ今泣くようなシーンあった?
「ヒョンー」
言葉がうまく見つからなくて、とにかく抱きしめた。
「・・・・僕ばっか、じゃないもん」
「・・・・・・?」
今見てたドラマの台詞をなぞった言葉。
顔はいいけど悪いオトコっぽいヤツに、主人公の女のコが振り回されるシーンだった。
ソンミナヒョンが想う悪いオトコ。
「・・・・キュヒョナと、なんかあった?」
うちの最強ブラックマンネしか思い当たらない。
「わあーん、ヒョクチェぇぇぇ!」
その名前を聞いた途端、ぎゅうううううっと抱き返された。
苦しい!
「キュヒョナはともかく僕はヘンタイじゃないのー!」
そんなことでっかい声で言って平気?!
慌てて周りを見渡したけど、さっきから宿舎のリビングにいるのは俺たちだけ。
「なのにさ、あの子ったらさ、まるで僕ばっか欲しがってるみたいに言うのー!」
わわわ、ちょっとヒョン!
なんかすごいコト口にしようとしてない?
「キスだけならいいけど口でしたり自分から入r・・・」
「ストップ!ストッープ!!」
流れるように危ない単語まで言おうとするから急いでヒョンの唇を押さえた。
「んー!!」
「だめ! ちょっと落ち着いてよヒョン」
放して的な目で見てきたから諌めた。
赤い顔で睨まれて、ちょっとだけドキっとする。
キュヒョナ、この顔が見たいんじゃないかな・・・
一瞬そんなコトを考えてしまったけど、今のヒョンに言う勇気はない。
「んううん!!」
どうやら俺を呼んでるらしい。
「変なコト言わない?」
「ん!」
「じゃあ、はい」
「ふー! もーヒョクチェったら、苦しいよー」
言葉を取り戻したヒョンは文句なんて言ってる。
もーはこっちの台詞です。
「話なら聞くから・・・・・へ、変なコトは言わないで」
「変ってヒドイ! 僕は真剣に悩んでるのにぃぃ」
はいはい、泣きまねはいいから。
「真剣に聞くから、ね?」
「ひょく・・・大好き!」
ちょーしいいなあもう。
ヒョンは相手のテンションを操るのがうまくて羨ましいよ。
「で、どうしたの?」
「・・・さっきのドラマでさ、男のひとが彼女に言ったじゃん『お前の意思でしょ』って」
こくんと頷いた。
「あれ、キュヒョナが僕によく言うの。そうさせてるのはキュヒョナのくせにさ」
「う・・・ん」
その図は軽く想像できます・・・
Sキュヒョナ×Mソンミナヒョンの組み合わせっぽいのは、いくら俺でも見てればわかる。
「でも、そればっか言われたら、僕ばっか欲しがってるみたいで悔しいじゃん」
そんな風に言われたことないけど、多分そう思うかな。
もう一度頷く。
「・・・・なんでもしてあげたいって気持ちはウソじゃないのにさ」
とくん。
心臓が鳴る。
つい昨日、俺がドンヘに思ったこと。
「・・・・・・・」
俯いてしまった俺の頭を、条件反射みたいにヒョンは撫でてる。
「ドンヘはそんなコト絶対言わないでしょー?」
「・・・・う、うん」
「ねえ、ヒョクチェ?」
ヒョンの口調が変わった。
ソファの上で俺の方に向き直るから、つられて同じようにヒョンの方を向いたら
「どっちが誘うの?」
可愛く首をかしげて、でも内容はあんまり可愛くないことを聞いてきた。
「・・・・・・相談はどこいったの?」
「ふふ、言葉にして愚痴ったらスッキリしちゃって」
ペロリと舌を出したりして。
「ヒョン・・・・・・や、やっぱなんでもない」
言いかけてふるふると首を振った。
・・・実はいじめられるのもまんざらでもないんじゃ・・・
でもそこはツッコむとまた色々ヤブヘビかもしんないから黙っとこ。
「ね、どっちなの?」
すっかり元気を取り戻して覗き込んでくる。
「ど、どっちでもいいじゃん」
なんでそんなコト急に言い出すの・・・
「えー、教えてよ? まさかヒョクチェなの? はぐらかすってコトはそうなんでしょ」
頭と顔に血が集まる。
「何、言って・・・!」
「どーゆー風にするの? 僕も参考にするから」
なんだかどんどんヒョンのペースに飲まれてく。
「ヒョクチェが誘ったら可愛いだろうなー。普段ドンヘにはつれないからギャップ萌えだよねー」
すらすらと喋るスピードについていけない。
「あ、あの・・・・ヒョン・・・」
とりあえず、聞いて!
「ん? 実演してくれる?」
「違くて!!・・・・・あ、あのね」
「うん」
「・・・・・・俺たち、まだ・・・ちゃんとしてないんだ」
「うん?」
笑顔のままヒョンはちょっとの間固まった。
次の瞬間、
「えーーーーー?!」
目をまんまるくして叫ぶ。
「付き合ってどれくらい?」
すぐに質問が飛んでくる。
「・・・・・・・・一ヶ月くらい」
「えーーーーーーーーーーー?!」
また叫ばれた。
「ウソでしょ、そんな最近なの? 僕たちよりずっと前かと思ってたーーー!」
声大きいってば。
「そんなに驚かなくても・・・」
反して俺は小さい声になってしまう。
「そーなんだヒョクってば! まだなんだー!」
がしがし髪をかき混ぜられる。
これはこれで猛烈に恥ずかしい。
「そ・・・だよ」
俺とドンヘって、そんなに年季入ってるみたいに見えんの・・・?
・・・・・でも思い返せばいつもカップル扱いされてたような気もするんだけど。
「ドンヘしたがらないの?」
「・・・いや、・・・したがってる、よ」
「ヒョクチェが、そっち役はイヤなの?」
「ううん、ドンヘなら、いい・・・」
それは迷いなく言える。
相手がドンヘなら、ドンヘが求めてくれるなら、役はどっちでもいいんだ。
と、気持ちはだいぶ前から割り切ってるんだけど・・・
「じゃあ、なんで?」
ヒョンのおっきな目に見つめられて、困ってしまう。
「なんでって・・・」
「わ、ヒョク泣かないでぇー」
「え?」
ヒョンに慌てて頬を拭われて初めて、涙が出てることに気づいた。
理由を聞かれて、つい昨日のことを考えたから?
それまでの自分の不甲斐なさとかも、思い出すと胸が痛くて。
「何が悲しいの? 言えることだけでいいから言って?」
「・・・俺だって、なんでも・・・してあげたいのに」
「できない?」
「・・・・できなかった・・・余裕なくて」
ヒョンがさっきまでの興味本位じゃなくて、心配して聞いてくれるから素直に言えた。
「それでドンヘ怒った?」
「全然。むしろありがとうって・・・そんなこと、言ってもらう資格ないのに」
「僕は、ドンヘの気持ちわかるな」
「そうなの?」
あったかい手にほっぺを包まれる。
安心させようとしてくれるようなその温度に、固まってた意地みたいなのが解される気がした。
「だって大好きな人でしょ? 触れられるだけでも嬉しいもん」
「・・・・・・・・」
シンプルでわかりやすい言葉になにも言えなくなる。
「ヒョクだってドンへに触ること自体は嬉しいでしょ?」
「うん・・・」
俺の手に反応してくれたのは、怖かったけど・・・・うん、嬉しかった。
「それに、余裕がなくてなんもできないなんて・・・可愛い!!」
「うわ! ヒョン苦しいよー」
またきゅうっと思いっきり抱きしめられた。
「気にすることじゃないよ。余裕ができたらその時にしてあげて」
すっごく優しく諭す声。
・・・・そっか・・・・そうなのかな。
胸につかえていた重みが、溶けてく気がした・・・
しばらくそのまま、ヒョンの胸に抱かれて子供みたいに安心してた。
「・・・なんか、うまく言えないけど、大事なこと思い出させてもらった感じ」
呟く声が、触れたとこから響いて聞こえる。
「大事なこと?」
「さっき愚痴ったじゃん僕。でも悔しいけどキュヒョナに触るの好きなんだなって」
「そ、そっか・・・」
まっすぐ言われたらまた少し恥ずかしくなったしまった。
「色んな形はあるけどさ、やっぱ好きだからすることなんだもんねぇ」
その言葉は、それからだいぶ長いあいだ俺の中に根付くことになった。
好きだからしたい。
ほんとは俺だってそれだけなんだ。
*
「はー、疲れたー」
「おかえりードンへ」
「お疲れさん」
トゥギヒョンとピアノで遊びながら、ドンヘの帰りを待っていた。
個人で雑誌の撮影だったドンへは、言葉通り疲れた顔をしてる。
「俺ソロじゃなくてホント良かった」
ポツリと零す。
「なんで?」
「待ち時間とか退屈すぎだもん。撮影より待つのに疲れた」
寂しがりやの彼らしい。
「ただいまぁひょくぅぅぅ」
どさっと荷物を置いたドンヘに、ぎゅむーっと抱きつかれる。
よっぽど精神的に疲れたんだな・・・体の力が抜けまくってる。
「はいはい、頑張ったねー」
背中を叩いてあげると安心するらしいから、ぽんぽんするのがもう癖になってる。
「・・・・・・・ドンヘってヒョクチェの犬みたい」
童謡を弾いてBGMにしながら、隣でトゥギヒョンが呟いた。
残念ながら否定できない。
「そう見える?」
ドンヘが顔を上げて聞くから、さすがに言われた本人は多少は気分を害したのかと思った。
でもトゥギヒョンが頷いたら、
「やった! 俺のこと飼ってヒョク!」
なんて言って笑ってる。
「やった!じゃないよもー、プライドとかないのー?」
「プライドなんかよりヒョクと一緒にいれるほうが大事だもん」
言いながらまた抱きついてくるから、俺にもドンヘに耳とシッポがあるように見えてきた。
この様子だと千切れんばかりにシッポ振ってそう。
想像できちゃってちょっと笑ってしまった。
「・・・・・ぶふッ」
ふと目が合ったら、その途端にトゥギヒョンが吹き出した。
どうやらおんなじ光景が頭に浮かんでたみたい。
「じゃあヒョクチェ、お前の忠犬連れてってよ」
ひとしきり笑ったあと、ヒョンはドンヘをそんな風に表現した。
明日のスケジュールはみんな一緒だし朝に余裕がある。
ヒョクチェの部屋泊まってきていいよ、という揶揄も入ってる。
「わんちゃんのドンちゃん、来る?」
俺もヒョンがそう言ってくれるの、わかってて待ってたんだけどね。
髪を撫でつつ聞いてみた。
そしたらドンヘは一瞬ものすごい嬉しそうな笑顔になって・・・
でもその表情を頭を振って追い払うような仕草をした。
「?」
「い、行かない・・・」
そう言って俯いた。
「どうしたの?」
トゥギヒョンのお許しが出たのに乗らないなんて珍しい。
「いや、疲れたから・・・すぐ寝るから・・・そんだけ」
「・・・・そお?」
ちょっと言いよどんでる感じもするけど・・・、疲れてるのは確かみたいだし。
体調崩させるのも心配だ。
「んじゃあ、今日はゆっくり寝なね?」
「うん、ヒョク大好き」
ならばと俺が階下に帰ろうとしたら、ちゃっかりちゅっと小さくキスされた。
ぽっぽならまだしもキスだとさすがにヒョンが気になる。
けど、ここはしっかりスルースキルを発揮してた。
ふりかもしれないけど楽譜にメモしたりしている。
「おやすみなさい、また明日ね」
「おやすみヒョク」
「おやすみー」
挨拶を交わしてふたりの部屋を後にした。
エレベータを待ちながら、どっかで安心もしてる自分を見つけた。
ソンミナヒョンにああ言われて、今夜ドンヘが部屋にきたら・・・・ステップアップしてみようと思ってたから。
意気地なしだとは思うけど、少しだけね・・・
わんちゃんが怖い飼い主なんて、ダメなのに。