隠れ家温泉お宿 ※
「やっとー、ついたー」
「ご苦労さま」
「じゃあ、ちゅー」
「まだダメ」
「ちぇー」
まだロビーなんですけど。
部屋についたかのような物言いに頭を小突く。
おでこを押さえて笑うドンヘに、もちろん悪びれた様子はない。
でも、運転頑張ってくれたからお咎めナシにしてあげる。
*
「わー!! ニホンってかんじだねえー」
「うん」
案内してもらった部屋の雰囲気に、ドンヘが目を輝かせる。
俺もなんだかどきどきする。
仕事抜きでこんな風に泊まるのが久しぶりで。
日本でのユニット活動の合間に、ちょっとだけ空き時間ができたから。
せっかくだから観光しようよ!!ってドンヘの言葉に乗ってみたんだ。
こんな機会もめったにないし。
なによりドンヘがものすごく幸せそうに笑うから。
ふたりのユニットなのに、ずっと時間に追われすぎていたもん。
慌ただしいなかだけど来て良かった。
明日の朝にはまた戻らなきゃいけないけど、今夜だけは羽を伸ばせる。
「ヒョクーみてみて、きものあるよー」
「着物じゃなくて浴衣な」
部屋のあちこちを興味深々に見て回ってたドンヘが、ひらべったくたたまれた布を持ち出してくる。
ソンミナヒョンが前にファンからもらってたから俺は知ってる。
珍しそうにつまみあげてるあたり、ドンヘは初見なんだろう。
「えきぞちっくジャパン!! 着てみよー」
「なんだそれ」
よくわからない喜び方をして、ばさばさと格闘を始める。
それよりまずは落ち着こうよ。
でもただ言っても無駄そうなテンションだから、俺はお茶を淹れることにした。
勝手の違う茶器をなんとか扱って、ふたりぶん注ぐことに成功する。
「ドンヘ、お茶飲もうよ」
「・・・・・・ヒョクううう」
ほうっと息をついてドンヘを見上げると、なんだか眉が下がってる。
「ユカタうまく着れないよー」
「・・・お前、どんだけ不器用なの…」
どうしたらそうなるんだ。
そもそも間違ってる袖の通し方と前の合わせを直してあげて。
「あー、こうなんだー」
「これであの帯で止めればいいの」
「わかった!! ありがと」
「んッ・・・こら」
お礼ついでにちっちゃくキスされた。
油断なんてできやしない。
むーっとふくれて見せたら、ドンヘは蕩けちゃうみたいな笑顔になった。
可愛いとか思いそうになって、俺はストンと座ってお茶を飲むことに専念する。
しまった・・・
まだあっつい。
きっと美味しい食事が待ってるだろうに、舌をヤケドしてしまうワケにはいかない。
ふうふう一生懸命息を吹きかけた。
「ヒョクー」
「今度はなんだよ」
またしてもちょっと情けない声でドンヘが呼ぶ。
湯呑ごと視線を持ち上げてドンヘを見た。
「帯がぐちゃぐちゃになっちゃう…」
あーあ。
お前この時代に生まれてホントよかったね。
よくボタンでさえかけちがえてるけど。
「どうせ脱ぐんだからそのままでいれば?」
一服くらい優雅にさせてほしくて、そうやって投げ出した。
そしたらドンヘは急に俺の前に滑り込む。
ピカピカの瞳が目前に迫って、そのなかに映る自分まで見えた。
「えーなになに、ヒョクさそってんの?」
どうしても上がっちゃうって感じで口角を上げて、ドンヘが言い出すこと。
なんでそーなんだよ!!
「ばッ、か!!…誘ってねぇし!」
お茶を飲みはじめてなくて良かった。
一気に顔が熱くなる。
「えーだってすぐ脱ぐってそーゆうことじゃないの?」
あほか!!
アタマんなかどーなってんだよ。
「ちげーよ、風呂入るってことだよ!」
「お風呂? もーはいんの?」
目をパチクリさせるドンヘ。
観光しようっつって温泉行きたいっつったの誰だった?
「お風呂目当てできたんでしょ。入んないでどーすんだよ」
「それよりえっちしよーよ」
さらっと言うなそーゆーコトを!!
ドンヘは座ってる俺の位置まで視線を合わせにくる。
「い、今来たばっかだろ?!」
「ちがうよ、やっとだもん」
「なにがだよ」
「ふたりっきりが、だよ」
う・・・
それは確かにそうだけど。
それを願ってたのは俺だって同じ。
・・・・・・でも、ダメだよ。
こんな気持ちでしたら止まれなくなって、きっと朝までかかっちゃう。
せっかくきたのにそれじゃ、温泉を知らずに帰る羽目になる。
「さ、先!! 先にお風呂なの!! そーゆー決まりなの!!」
「そーなの? 日本めんどくさい」
「いーから。ほら、帯締めてやるからしゃんと立て!!」
「えー、前からやってよー」
もーうるさい!!
いささか乱暴な手つきで帯を結ぶ間。
ドンヘが嬉しそうに見つめてるのを感じて、ぎゅうぎゅうに締めてやった。
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