monopoly ※






「おかえりなさい、ヒチョルヒョン」
鏡越しに目が合った瞬間、幸せそうに微笑まれた。

「・・・・・・おう、ひさしぶり」

嬉しそうにされて、俺も嬉しい。
だけど、咄嗟にぶっきらぼうに答えた。
会いたかったと言ってやれない自分に腹が立つ。

「はい。・・・ホント・・ひさしぶり」
くるっと180度回転したヒョクチェは、ため息みたいに呟きながら俺を抱きしめた。

「ヒョンの匂いだ・・・嬉しい・・・」

歌ってるような声。
胸がすこし痛くなる。

ドラマの撮影に追われて、全然会う機会がなかった。
宿舎でだって会えないのに、こんなトコで会うのか。
本社のトイレだなんて。

ひさしぶりだってのに、俺は髪もボサボサだし服もテキトー。
統括マネージャーにちょっと用があって来ただけだから。
・・・・・・髪をせめて整えてからがよかった。

ヒョクチェ相手にはなんだか、カッコつかない俺。
伝わる体温が愛しくて、ますますうまくいかなくなる気がする。

「ヒョクー? どこー?」

廊下の方から声がする。
ぱたぱたと忙しない足音、ドンヘだろう。
ヒョクチェはぴくっと身を固くした。

「ヒョクチェ、こっち来い」
「え・・わぁ!!」

細い手首を捕まえて、素早く引っ張り込む。
誰もいないトイレの個室。
冷たいタイルの壁に背中をつけてヒョクチェを抱きとめる。

「・・・静かに、してろよ?」
俺が人差し指をヒョクチェの唇に当てた時、入り口のドアがバンっと開いた。

「ヒョクー、ここ? どこ行ったのー?」

迷子にでもなったような、不安そうな声が響いている。
いつでもベタベタに甘える相手がいないと駄目なドンヘ。
メンバー内でのその対象は、主に親友のヒョクチェだ。
同い年なのに弟か飼い犬のようについて回る。
見つかったらきっと、子供っぽいヤキモチを焼かれるのが目に見えている。

「なんでいないのー。俺と遊びたくないの?」

水道の所でやたらと大きな水の音がする。
バシャバシャいうその音に、ヒョクチェの心臓の音が重なって聞こえた。

「ヒョクと遊びたい。先帰ったのかなー」

来た時と一変、ズルズル足を引きずるような足音がだんだんと遠ざかる。
それが完全に聞こえなくなるまで、ヒョクチェは律儀に息を詰めていた。

「もう、行っただろ」
「はい・・・」

ふーっと肩の力を抜いて、ヒョクチェは俺を見上げた。
そのままじっと射抜かれて、内心どうしていいかわからない。

狭い個室の中、時間が止まってしまったようだ。

「・・・ヒョン」
「え・・う、わ・・・」

ヒョクチェが俺の袖を掴んだと思ったら、すっと距離がなくなった。
綺麗に閉じる瞼を見ている間に、キスをされる。

すこしぽってりとした唇の感触。
押し付けるだけだったそれが、だんだん深く交わり始める。

「・・ん、ん・・ふ・・」

自分から舌を絡めてるのに、ヒョクチェはごく甘い息を吐く。
キス自体よりその反応にかきたてられそうだ。

「ヒチョル・・ヒョン・・・」

名残惜しそうに唇を離して、ヒョクチェは俺の首にかじりつく。
色々危ない体温に、言葉を失う。

「抱いて、ください・・・。このまま」
首の後ろのあたりで、そんな言葉を連れた息が吐かれる。

「でも・・・ここじゃお前・・・ツライだろ」

ベッドの上でさえ優しくしてやれない俺が、こんな場所で泣かさずいられるだろうか。
しかも久々だなんて。
ずっと触れたかった白い肌を思って、早くも鼓動は早まるのに。

柔らかい髪が震える音がして、ヒョクチェが首を振ったのがわかる。

「いいから、ツラくても。それより早くヒョンが、欲しいです」
脳を直撃するヒョクチェの言葉。

俺が彼をコントロールしているように、周りからなら見られるけど。
実際は、逆だ。
いつだって翻弄される。
俺がスナオになれないでいる間に、ヒョクチェにぜんぶ持っていかれる。

くらくらしながら、俺は薄い肩に噛み付いた。

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