Lips



甘い・・・
ソンミナヒョンの口の中から、またひとつ奪って味わった。
絡み合う舌先まで、いっそ食べてしまいたい。

あの言葉に夢見心地で頷いてみたら、とてつもなく甘美な時間が流れ出した。
「俺、・・・あんまり経験、ないんです」
唇をほぼくっつけたままそんな白状をしてみる。
「じゃ・・おしえてあげなきゃね」
近すぎて少しぼやけて見えるヒョンの顔。
その顔に信じられないくらい妖艶な笑みが乗っかっている。
・・・・・・ああ、もうどうなってもいい。


もう、それからは俺としてはこれ以上ないくらい、とにかく余裕がなくなった。
ヒョンが教えてくれるとおり、触ったり舐めたり噛んだり、出来得る限りの刺激をした。
今までどんなことにだってこんなに夢中になったことはない。
そして頭が沸騰したまま今に至る。

「あ、あッ! きゅひょ、な・・・ぁ」
入るはずがないと思ったところに俺はしっかり埋まっている。
ひっきりなしにヒョンが上げる声におかしくなりそうだ。

「ぅ、わ」
少し引っ掻くように動いてみたら、きゅうっとされて驚いた。
「ひゃあ!!・・・んんッ、う」
ヒョンの背中が弓なりに反り返る。
そのせいでますます奥へ行くことになって、強すぎる快感に目が回る。

「そ、こ・・・すご・・・い、もっとぉ・・」
反らせた喉からそんな言葉が飛び出す。
「もっと、なんですか・・・?」
ヒョンの口からいろいろ聞きたい。
「もっと・・・いっぱい、動いて・・・」
ヒョンがいいなら・・・してあげますよ、なんだって。

「はい、こう・・・ですか?」
「そ、ぅ・・・んあ! ああッ!!」
閉じた瞼の端から、とめどなく涙が流れはじめた。
勿体ないような気がして舌を伸ばして舐め取る。

そうしたらヒョンは俺を見上げてふにゃっと笑った。
・・・駄目だ、こんな表情を見て正気でいられる訳がない。
「ひょ、ん・・・俺・・もぅ・・・」
爆発しそうになって訴えたら、切なげな顔になって頷く。
「いーよ・・・僕も、いく・・・ッ」
「ソンミ、ナ・・・ッあ、あ!」
許可をもらって気が緩んだ途端に暴発した。
「あ・・つ・・ッふあ! ・・・んああッ!!」
粘膜に熱を受けたヒョンがふるっと震えたと思ったら、お腹に白い液が散る。
ヒョンも達してくれたみたいだ。

満足感とともにまた芽生える欲望。
もっと聞きたい、ヒョンの泣き声。

ソンミナヒョンが泣きつかれて眠ってしまうまで、俺は暴走を止められなかった。
セックスって、本当はこんなにも麻薬的なものだったのか。
思考回路が蕩けるような感覚に、身を任せて俺もやっと眠りについた。

同じ部屋に住んでいるけれど、同じベッドで抱き合って眠る日が来るなんて・・・
甘すぎる倦怠感はとりあえずは俺を幸せにしてくれた。



                  *



「・・・ん・・・・」
目覚めかけの散漫な動きで、そこにあったはずの温度を探した。
しかしさらさらとシーツを滑るばかりの指先。
・・・ソンミナヒョン、もう起きちゃったのか。
残念に思ってしまった自分が残念。
別に恋人同士になった訳じゃないんだから。
短い溜め息で気を紛らわせて、勢いよくベッドから起き上がった。



「ふふ、そうだよね」
「ヒョンもそう? 僕も好きー」
リビングの扉を開けたら、なにやら可愛らしい景色が見えた。
チョコレートソースの小鍋とフルーツ、マシュマロや小さなパンを挟んで談笑するふたり。
ソンミナヒョンとリョウク。
・・・それが朝食なんだろうか。甘すぎる・・・

「あ! キュヒョナ、おはよ」
「うん、おはよう」
気づいたリョウクがひらひら手を振る。
ソンミナヒョンの表情が気になるけれど、そのテーブルに付かなければ窺えなさそうだ。
リョウクの隣、ヒョンの正面に腰掛けてみた。

「おはようございます」
「うん、おはよー」
あっさりいつもどおりに微笑まれた。
よく見ると目元がちょっと赤いけれど。
それ以外昨日の名残は見つからない。
・・・・・・・なんだか少しだけ拍子抜けしたような気分になる。
そしてそうなる自分にもまた、同じ感情を抱いたりして。

なんとなく二の句をつげずにいると、
「キュヒョナも食べる?」
にこにこしてリョウクが横から覗き込んできた。
「・・・・・・・・朝ごはん・・・?」
チョコレートソースが温められている小さな鍋を指差した。
「うん。チョコレートフォンデュ! おいしそうでしょ?」
せめてチーズフォンデュにしてくれ。
「俺は、そのパンだけでいいよ・・・」
作ってくれているのに文句を言う気はないけれど、今日も自由人だなこの子は。
「えー、おいしいのにー」
ぷくっとなるほっぺたを宥めるためにつっついた。

くすくす笑うリョウクに、なおも指をぐりぐりしていたら、視線を感じたような気がした。
「?」
ふと目を向けてみたけれど、ソンミナヒョンはマシュマロを焼こうとしているトコロだった。
気のせいかな・・・

それからすぐに、チョコレートソースに汚れるソンミナヒョンの唇を盗み見るのに忙しくなった。
・・・リョウク、さっき自由人って思ったの撤回するよ。
やっぱり、チョコレートフォンデュの朝食、いいかもしれない。



                   *



「お風呂上がったよー」
「あ、はい」
上機嫌なソンミナヒョンの声。
見るとほかほかに上気した頬が子供みたいで可愛い。
同室でよかったと心から思うのはこんな瞬間だ。

「ゆっくりでしたね。寝てました?」
ヒョンにしてはだいぶ時間をかけたように思えたので、少し心配だったりもした。
「ううん。キレイにしないとだから、ね」
そう言ってふふ、と微笑んだヒョン。
少し細めた目が色っぽくて見とれていたから、意味を考えるまでに時間がかかった。

その間に俺の前まで来たヒョンは、自然な動きで唇を重ねた。
「・・・・ひょ、ん」
「なにびっくりしてるの? 今更」

・・・・・・びっくりもします。
今日一日、結局ヒョンは昨日あったことなんて忘れたような態度だった。
俺と目が合うことがあっても、照れるわけでも逸らすわけでもない。
もしかして・・・なかったことにしたいのだろうかと、柄にもなく不安になったのだから。

「昨日、あんなコトしたのに、さ」
ヒョンはゆっくりした動作で、着ていたパジャマがわりのシャツをめくって見せる。
露になる白い肌に散る赤い跡。
夢中になった俺が、唇を移動する度に噛みついたせいだ。
こんなになってたんだ・・・暗くて気づかなかった。

「昼間、衣装着替える時大変だったんだからねー」
言いながらベッドに座っている俺の、足の間に腰掛けた。
「今日は、そんなに噛まないで、ね?」
その位置から見上げて言う。
・・・・・・・なんだか、色々と反則じゃないですか?

「・・・・・・保障できません・・・」
正直に白状して柔らかい体を抱きしめた。
その感触で、俺なりに色々考えたりしたことは一瞬にして吹き飛ぶ。
ふたりきりになった途端、また誘ってくれるなんて。
こうして夜はヒョンを俺が独り占めできるなら、昼間はたとえ無視されたっていい。

「・・・ッあ、ん、優しく・・してってばぁ」
思わず肩口に立てた歯を諌められた。
無理です。
少なからず不安を感じてしまった分、反動で我慢が飛んでいってしまった。

でもヒョンだって本当はそれがいいんでしょう?
文句を言っているとは思えない声の甘さ。
「や・・・あ、あ、もおソコ・・・触んのぉ?」
胸に爪を立てたらびくっとなってそんなコトを言う。
存在自体が媚薬みたいだ。
もう俺はきっと、逃げられない。



                   *



・・・・・・・もう、3時か。
寝ないと仕事に差し支える。
俺の下でソンミナヒョンは涙の跡をありありと残したまま、気を失っている。
明日は雑誌の撮影があるのに、目元が腫れてしまわないか心配だ。
自分でしておいてだけど。

せめてすこし冷やしておいてあげようか。
けだるい体を動かして、ヒョンを起こさないように寝巻きを羽織る。

「・・・・・わ!」
「え?」
ドアを開けたらすぐそこにいた誰かが声を上げた。
牛乳のビンを抱えたリョウクが真ん丸い目で佇んでいる。
もしかして、聞かれたんだろうか。
「こ、こんばんわです」
後ろ手に扉を閉める間に、慌てた声の変な挨拶が聞こえた。
「なにそれ、なんで敬語?」
まだ確信はないので、とりあえずは普通に接してみた。
タオルを取りにキッチンに歩いていくと、リョウクは後ろをついてきた。

「・・・ううん。意味は、ない」
言いながらキャビネットからグラスを出すのに珍しく手間取っている。
結構テンパってるな。
どういう意味で焦っているんだろう。
軽蔑されるのは、さすがに困る。
「リョウク」
常夜灯の光でも表情が見えるように、顔を掴んで上向かせてみた。
「・・・いた、い・・・よ」
触れた頬は熱いし赤い。

・・・カタン。
その時背後で物音がした。
「?」
振り返ってみたけどなにもないし誰もいない。
両手のなかでリョウクが身じろぎしたので、彼の方に意識を戻した。

「・・・・・・キュヒョ、ナ」
もごもご名前を呼ばれた。
「ん?」
「あ、の・・・・・・ソンミナヒョンと、なにしてた・・・の?」
やっぱりか・・・。
たぶん牛乳を飲みに来て、ただ事でない声を聞きつけてしまったんだろう。
耳がいいのも時には災難だな。
いや、俺がソンミナヒョンを鳴かせすぎたのか。
ビンを抱えたまま途方に暮れるリョウクの様子が目に浮かぶ。

「なにって・・・セックス、かな」
「・・・せっ・・・ッ」
開き直って言ってみたら、言葉に詰まってますます真っ赤になるリョウク。
マッサージしてたとかでごまかせる範囲じゃないから、しかたない。
リョウクなら、みんなに言いふらしたりはしないだろう。

「ゴメン、気まずい思い、させて」
頬を挟んだままだった手を離してあげたらぱっと俯いてしまった。
彼のつむじに向かって謝る。
ふるふるとその頭が振られた。

「つ、きあってるの?」
下の方から小さな問いかけが聞こえる。
「・・・いや、つきあっては・・・いない」
そういう話はしていない。
ただ俺が貪っているだけ。

「キュヒョナは・・・ソンミナヒョンを、好きなの?」
・・・・・・・シンプルに聞かれると、戸惑ってしまう。
限りなく恋愛の形には近いけれど、こんなにも欲しいと思うのは異常じゃないのか。
だけど、そうとしか言いようがない。

「・・・・・好きだけど、言ってない」
出来るだけ真実だけをそう答えたら、リョウクは顔を上げた。
純粋そうな瞳に見つめられてバツが悪い。
俺が俯く番になった。

「詮索は、しないけど、ドロドロにならないで・・・ね」
メンバー思いの彼らしい言葉。
でもゴメン、少なくとも俺の感情は既にドロドロな気がする。

「ソンミナヒョンは、意外と素直じゃないから、ちゃんと見てあげて?」
俺の目線を追いかけてきてそう念を押した。
家の中ではさらに背が小さいリョウク。
なのになんだかそう言う姿は彼を大きく見せた。

「・・・・・・・・・うん」
「ん、じゃあね、おやすみ」
俺の胸をぽんぽんと軽くたたいてニッコリした。
牛乳を冷蔵庫に戻して部屋に帰っていく。
その間俺はその場から動けなかった。



薄暗い部屋に帰ると、ソンミナヒョンの寝息だけが聞こえる。
「・・・ん・・・」
濡らしたタオルをヒョンの目元にゆっくりと乗せたら、ちょっと動いたけど起きなかった。
目が隠された分やっぱり見てしまう唇。
噛み締めていたのか少しだけ血が滲んでいる。

我ながら暴力みたいな抱き方だな、と思う。
本当はもっと大切にしてあげたいけど、どうしても夢中になるとこうなってしまう。
ヒョンはこれで満足なんだろうか。

どうしてこんな関係を持ってくれたのか、聞きたいけれど度胸がない。
気まぐれでとか、興味本位とか、もしそう言われてしまったら・・・さすがにつらい。
気持ちを伝えて、重荷に思われるのも怖い。

「・・・ソンミナ・・・」
小さく呼んだ声に乗っかっている愛しさに、気づいて・・・いや、気づかないで。
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