Lips

【Kyuhyun side】



目の前の席でソンミナヒョンが食事をしている。
特に変わった光景ではないのに、俺はなぜか目を離せないでいた。
「キュヒョナ? 食べないの?」
もぐもぐ。
幸せそうにハンバーグを頬張りながら、箸を止めている俺を見る。
「あ、いや、食べます・・・」
空腹ではあるんだけど、なんだろう、自分が食べるよりヒョンが食べるのを見ていたい。
「おいしいよー」
はい、わかったから俺のことは気にしないで食べてください。
一応たまに箸をつけて食べてるふりをしながら、観察を続ける。

ああ、なんだか可愛い。
フルーツとか食べてくれないかな。
少し口元から零したりしてくれないかな。
テーブルの上を見たらフルーツの盛り合わせがあってなんだか期待してしまう。
ライチを頬張った時果汁が滲み出て、ヒョンの口元を汚した。

「あ・・・」
無意識に声が出た。
「ん? なあに? これ食べる?」
ぺろっと唇を舐めたヒョンが聞いてくる。
なぜか鼓動が早くなる。
「だ、大丈夫です。ヒョン・・・ぜ、全部、食べてください」
うろたえている自分がよくわからない。

「そお? じゃあオレンジももらっちゃうよー」
ニコニコしながら皮を剥き始める。
吸い付く唇を見ていたら本格的に変な気持ちになってきた。

どうしたんだ俺は。
この感覚は・・・・まるで欲情した時のようだ。
その唇に噛み付いてめちゃくちゃにしたい。
女の子相手にも思ったことのない衝動に、箸を持ったままひとり翻弄されていた。

そんな困惑混じりの感情が始まり。




                   *


「眠い」
「おかえり。キュヒョナったら、ただいまくらい言いなよ」
仕事を終えて自室に戻ったら、同室のソンミナヒョンに叱られた。
叱られるのが嫌いな俺が、なぜか彼の言い方にはイラっとしない。
俺にとってはすごく不思議な人。
「ただいま」
「よしよし、イイ子だね」
子供扱いされている。
でもイヤじゃないのはなんでなんだろう。
頭を撫でられて大人しくしている俺を、ヒョクチェヒョンあたりに見られたらからかわれそうだ。

「ヒョン、これ」
俺は持っていた袋を手渡す。
「ん? なあに?」
「食べてください」
「わ、また買ってきてくれたんだ」
嬉しそうに笑ってくれた。

無邪気にしているヒョンを見ると、申し訳ないような気持ちと一緒に不思議な興奮がある。
俺の意図を知らないかと思うと。

「巨峰だ! よくこの時期にあったねぇー」
「おいしそうかなと思ったので」
嘘はついていません。
「ありがとー。さっそくいただきます」
「はい、どうぞ」
密かに心の準備をする。

最近ではもう珍しくはない俺のヒョンへのお土産。
本人にはついでみたいに言っているけれど、時には探し回ってくることもある。
今日はそのパターン、だから眠いのだ。

「わー、あまいねぇ、すごいおいしいよ」
巨峰は果実の中でも水分が多い。
そういう食べ物が一番いい。
「それは、良かったです」
俺はヒョンの前で頬杖をついて、にっこりと笑いかけた。






「ふう・・・」
湯船に体を沈めながら息を吐く。
全身の力を抜いて目を閉じた。

途端に瞼の裏に描かれるのは、数刻前のソンミナヒョン。
探してまで巨峰を選んだのは正解だった。
剥く時に指もかなり汚すことになるから。
少しむらさきに染まった指先を舐める光景が、既に焼きついているような気がする。

ヒョンが唇や指を汚して食べるところが見たい。
俺が買ってくるヒョンへの貢ぎものには、そういう意味があった。

最初にこの妙な衝動に気づいたのは3ヶ月ほど前。
確かに初対面の時に、口元が可愛いなとは思ったけれど・・・
まさかあの唇が欲情の対象になろうとは。
今まで誰にだってこんな倒錯的な感情を抱いたことがない。
恋愛という枠に嵌めてしまっていいのか悩むところだ。
欲望の方が強すぎておかしくなるバランスを、どうしていいかわからない。

・・・・・駄目だ、深く考えると部屋に帰れなくなる。
俺にとっておいしそうなのは、巨峰じゃなくてそれを食べているヒョンなのだ。
同じ部屋で寝起きするのだから、色んな場面と遭遇することになる。
過度な想像をしてはマズイことになるから。

少し熱すぎるくらいのシャワーを頭から浴びて、仕事と違うオンオフを切り替えた。



                   *



リビングのテーブルでひとつ、伸びをした。
久々のオフ。
特に行きたい所もないのでやりかけのゲームを進めるつもりだ。
眺めたいあの人はもう仕事に行ってしまったし・・・

「キュヒョナ、顔コワイ」
朝食を作ってもってきてくれたリョウクがそんなコトを言う。
ひどいな、寂しがっているだけなのに。
でも、ソンミナヒョンがいなくて寂しいとは、バレたくない。
「もともとこんな顔なんだよ」
さらに怖く見える表情にして誤魔化してみた。
「ふーん。変なの」
微塵も恐がる様子はなく、一瞬であしらわれた。
可愛い顔して天然自由人。
だから友人としてうまくやっていけている。

料理が趣味の彼は、なにも言わなくても家にいるメンバーの食事を作ってくれる。
朝食だけはあまりもので作るから要望は聞いてもらえないけど。
今日は昨日の残りのスープで、リゾットみたいなものを出してくれた。

「いただきます」
リョウクもオフらしく、なんだか空気がゆったりしている。
「はあい、どーぞー」
にっこり笑って隣の席につく。
彼の前にはバナナしかない。
「お前は、食べないの?」
「作りながらちょこちょこつまみ食いしたもん」
「それ以上痩せるなよ」
「キュヒョナに言われたくないよー」

俺自身はもともとあまり食に執着がない。
リョウクがいなかったら、今よりもなにか偏っていたかもしれない。
「・・・・・・・感謝してる」
「なんか変なもの入れたっけ僕」
そしてひどい。
心はものすごく温かいけれど、たまに毒を含んだ言葉を吐く。
でも、同い年の彼のそんなところは俺にとってはいつも居心地がよかった。

「ふふ、冗談だよ。あり合わせだからたいしたものじゃないし」
リョウクはそう言って笑いながら、剥いたバナナを食べ始めた。
いつもの癖でその様子を窺ってしまうけど、

・・・・・・なんともない。
バナナなんてある意味としては象徴みたいなものなのに。
リョウクの顔だって俺は嫌いじゃない。
華奢で愛らしい外見は、たまに本当に女の子に見えたりする。
なのにどうしてソンミナヒョンだけに反応するんだろう。

「どうしたの? バナナ食べたい?」
「いや、もっとゆっくり食べて」
「なにそれ」
「いいから」
見つめすぎた俺に気づいて聞かれたので、思いついたことを言ってみる。
体を半分彼の方に向けて、早く、と急かした。
?マークを浮かべたままの顔だけど、言う通りにしてくれる。

・・・・・・・うん、ものがものだけにエロティックではある。
遠慮なく視線に晒されたリョウクは、咥えたまま困ったように眉を下げた。
その様子も充分に可愛い。
なのに、ソンミナヒョンに感じる衝動は湧かなかった。

リョウクは普段の3倍くらい時間をかけて、最後まで食べてくれた。
その様子を片肘をついてじっと見ていた。
「・・・な、んなの?」
もしかして少しMっ気があるのだろうか。
ほんのり頬を上気させたリョウクは戸惑いそのままの声を出した。
「食べるとこ見たかっただけ」
頑張ってくれたので偽りなく答える。

「食べるとこ・・・って・・・」
言葉を失っている所を見ているのも悪くないけど、これ以上恩を仇で返すのも可哀相だ。
「気が済んだよ。ありがとう」
「う、うん・・・」
何事もなかったように食事を再開した俺の隣で、リョウクはしばらく静かだった。

「キュヒョナって、やっぱ変わってる・・・」
俺がもう食べ終わるくらいになってから小さな呟きが漏れた。
わかってるよ。
俺が一番そう思うもの。

「リョウク」
「な、に?」
もうひとつ、甘えてもいいだろうか。
「杏仁豆腐って、作れる?」


                    *


「ただいまー」
「おかえりなさい」
夜になってソンミナヒョンが帰って来た。
いいところなのでモニターから目を離さないで挨拶を返す。
叱られるかも知れない。

「た・だ・い・ま!」
やっぱりだ。
ヒョンは俺を覗くように目の前に顔を出した。
寸前でストップボタンは押している。
「・・・・・・おかえりなさい、ソンミナヒョン」
薄く笑って見せたら、満足したのかふわっと微笑んだ。
この笑顔のせいで叱られるのがイヤじゃないのかもしれない。

「キュヒョナったら、どこも出かけなかったの?」
朝見送った時のままの部屋着でいる俺を見て、溜め息。
「これを進める方が大事だったので」
寝巻きではないだけマシだと思う。

「不健康だなぁ、若いのに」
「体力温存してるだけですよ」
「まぁ、遊び惚けて帰って来ないより何倍もいいけど」
「でしょう? 褒めてくださいよ」
冗談で言ったのにヒョンは着替えの途中で手を止めて、頭を撫でてくれた。
調子に乗りそうだ。

「・・・・・これ、どしたの?」
サイドテーブルの上のガラスの器にヒョンの目が向いている。
「リョウクが作ってくれたんですけど、食べ切れなくて」
お土産を買ってこれないので、代わりの貢ぎものだ。
あの後リョウクが少しだけピンクの頬のまま、それでも手際よく作ってくれた杏仁豆腐。
嘘にならないようにちょっとは食べた。
さすがリョウク、その辺に売ってるものより美味しかった。

「ヒョン食べてください」
「キュヒョナは出かけてなくてもその台詞言うんだ」
「はい」
おかしそうな言い方が気に入った。

「リョウク作なら残す訳にいかないね」
ベッドに腰掛けたヒョンが、スプーンをくるくるしてから食べ始めた。
ふるふるして柔らかな白い塊が、同じくらい柔らかそうな唇に吸い込まれていく。
やっぱり目が離せなくなる。

「おいし。リョウクお嫁さんに来てくれないかなー」
ちょっと笑ったりしながら、幸せそうに食べている。
・・・・・・・と、その姿が昼間のリョウクの様子とダブって見えた。

途端、意味不明な感覚に襲われる。
昼間リョウクにしたことが、なぜだかヒョンに後ろめたいような気がする。
どうして?
リョウクに手を出したりした訳じゃない。
ソンミナヒョンとの間になにかある訳じゃない。
俺の一方的な感情だから。
別に気にすることじゃないと思えば思うほど、焦燥感のようなものにかられた。

今まではギリギリで抑えていたのに、急にコントロールが利かなくなる。
「ヒョン」
気づけば勝手に口も体も動いていた。
「なあに?」
「俺にも、ください」
「見てたら欲しくなった? いいよー」
「そうじゃなくて」
差し出されたスプーンを通り過ぎて、俺が向かったのはヒョンの唇だった。

「え・・・きゅひょ・・・ッ・・」
突然距離がなくなって驚いている隙に、ぎゅっと押し付けた後にこじ開けた。
口内の甘い塊を舌で奪い取る。
ヒョンが全部甘いような気がしてもっと欲しくなる。
スプーンが落ちて上げた音と、ヒョンの息が重なって聞こえた。

そのまま思いつく限りに舌を唇を、ヒョンのそれに色々しながらくっつけた。
「んんッ・・・ふ、あ!」
合間に漏れる声に脳が震える。
力が抜けそうになって、いつの間にかヒョンごとベッドに倒れこんでいた。

触れた体のどこもかしこも柔らかい。
年上の男性だなんて思えない感触を、余すことなく感じたくなって必死になっていた。
「きゅ・・ひょな・・・ッ」
荒い息が混じった声で名前を呼ばれて、やっとのことで我に返った。
慌てて手をついて体を起こす。

目に飛び込んできた光景にたじろいだ。
今にも粒が零れそうに水分を湛えた瞳に見上げられている。
苦しさで溢れた涙かも知れないけれど、ヤバイ。

なんてことをしているんだろう。
その目に映る余裕のない自分の表情。
色々バレてしまっただろうか。
気持ちが悪いと思われたら・・・耐えられるだろうか。
同じ部屋で過ごしていくのに、どうしよう。
気持ちが乱反射して言葉なんて出てきそうもない。

「僕に・・・興奮、できる・・なら・・・」
しばらく沈黙の中、視線だけ外せないでいたら、ヒョンが消えそうな声を発した。
潤んだ瞳のまま微笑んで、
「・・・えっちして、みる?」
俺の理性が粉々になることを口にした。
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