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chocolate ※





俺には、野望があるのだ。
生意気マンネな恋人に、言わせたい言葉がある。

顔を隠したサングラス越しに、パッケージを見つめる。
これがもしホントに効いたらいいな。

バレンタイン間近のチョコレート売り場で、あんまり悠長に吟味してもいられない。
意を決して真っ赤な箱を手に、女のコだらけのレジに並んだ。





                *




「まーだー?」
「もうちょっと、ですね」

訪ねてきたキュヒョナの部屋で、俺はまた退屈している。
いつものこと。
さすがにもう慣れたけど。

せっかくこないだまでやってたゲーム、やり込みすぎて飽きたとか言ってて安心したのに。
いつの間にか、俺が名前も知らない新作を落としてきてる。
俺の顔を見ているより、モニターを見つめてる時間の方が長いんじゃない?

でもまあ、助かったかも。
俺がこの部屋のドアを開けたとき既に、キュヒョナは画面にかじりつきだったから。
おかげで後ろに隠した箱に気づかれずに済んだ。

ちらっと見やると今もまだ、一生懸命にキーボードを叩いている。
こっそり背中を向けて、確認してみる。

『媚薬成分入りのチョコレートです。使用時はご注意を!!』
添えられた説明書に書かれた言葉。
・・・どこまでホントかはわかんないけどね。

だって・・・悔しいんだ。
いつもいつも涼しい顔で、俺をコントロールするキュヒョナ。
マンネの癖にさ、憎たらしいったらない。

悪戯するみたいに触ってきて、いつだって俺が誘い文句を言わされる。
しかも、俺がそーゆーの言葉に出すの苦手だって知っててだもんね。

今日こそ絶対、言わせてやるんだ。
『ヒョン、抱かせてください』って。
ぐぐっと、ひそかに拳を握る。

「なにしてるんですか?」
「うわあああ!!」
突然耳元で声が聞こえて飛び上がった。
気配消して近づくなよ!!

「な、なんでもないよ」
「・・・そうですか」
慌てて紙をポケットにしまう。
ここでこれを読まれたら元も子もない。
もう誤魔化すために渡しちゃおうか。

「・・・キュヒョナ」
「はい」
「これ・・・やる」
「チョコレートですか?」
「そ、だよ・・・、今日バレンタインじゃんか」

目を丸くしたりするから、なんか色んな意味でドキドキする。

「じゃあ、遠慮なくいただきますね」
「はーい。どーぞぉ」

わざと力を抜いて答えた。
あんまりじっと見たらバレそうだし、置いてあったクッションを意味もなくぼふぼふ叩く。
食べたかな・・・
横目で盗み見ようとした、その時。

「う、わああ!」
急に腕を引かれて、素早く顎を押さえられて。
「んッ?!、うーッ」
あっという間に捕まって、キスされた。

・・・あ! っていうかコレ、キスじゃない!
甘い甘いチョコレートが、キュヒョナの唇から送り込まれてくる。

ダメだよ、これはダメなの。

焦って離そうとしても、がっちり押さえ込まれて動けない。
あんま運動とかしないくせに、なんでこんな時だけ力強いの?!

「んー、んんーッ!!」
言いたい文句をぜんぶ封じ込まれたまま、チョコは俺に移されてくる。
身長差のせいで喉が反らされてるから、どうしても反射的に飲み込んでしまった。

「・・ふ、あ、・・ばか! なんでこんなコトすんだよ?!」
「ヒョン甘いもの好きでしょう? お裾分けですよ」
「好きだけど、お前にあげたもんなのにー!」
「どうして怒るんですか? いつもは人の分だって欲しがるじゃないですか」
「あ・・・、いや・・別に、怒って・・ないよ」

そっか、あんま怒んのも不自然じゃんか。
慌てて口を噤む。

せめてやっぱりあれがオモチャみたいなもんで、効果がないコトを祈るしかない。
そんな高くもなかったし、もともと女のコ向けなんだし。
そうだよ、大丈夫・・・きっと。

そう思った、矢先。

どっくん。
なんもないのに、心臓が跳ね上がった。

「あ・・・・」
高熱がでた時みたいに、やけに鼓動が耳元でうるさくなる。
まさか・・・、嘘でしょ?

「ヒョン?」
「・・あ! や、だ!!」
不思議そうに俺を見るキュヒョナに、髪を撫でられるそれだけ。
なのに体は勝手に、びっくりするような反応をした。
ああ、・・・最悪だよこんなの。

「どうしました? なんか急に、色っぽいですけど」
気のせいだよって、言いたいけど。
一度触れられてしまったら、その手に愛撫してほしくてたまらなくなる。
キュヒョナはひどく楽しそうに覗き込んだ。

「キュヒョ、ナ・・・」
見つめられて、いつの間にか涙まで出る。
悔しくて、だよ。言っとくけど!!
そうとでも思わないと、やってらんない。

「ヒョクチェにしては思い切りましたね。俺にクスリ盛ろうなんて」
「な・・ッ」
うー、バレてる。
いつからだよ、もう・・・
呼び捨ては若干気になるけど、それどころじゃない。

「さて、どうしましょうか?」
「どう・・って・・」

吟味するように顎に手を当てて、キュヒョナは俺を観察でもしてるみたいだ。
頑張って平静を装う・・・つもりはあるんだけど、うまくいかない。

「言いますか?」
「なに・・を?」
「チョコより俺を食べて、とか。可愛く」
「な、なんだよそれ?!」

そんなの、俺の計画と真逆じゃん!!
言ってたまるか!、と思う反面・・・
上がっていく一方の息が、俺をじわじわ追い詰める。

「言わなきゃしませんよ。いいんですか?」
「う、・・・うー」
言いよどんで唸ってたって、絶対キュヒョナは優しくしてくんない。
いーじゃん、わかってんなら黙って抱いてくれたって。

意地悪!
悪魔マンネ!
ばかばか!
心のなかで悪態つきながら、軽く睨んでみるけど効果はない。
むしろおかしそうに笑われた。

「自業自得じゃないですか。怒んないでくださいよ。ね?」
「・・ッ!! ぁ・・うッ」
宥めるふりして背中に回った指に、ついっと撫でられる。
大した動きじゃないのにピクンと体が震えてしまう。

うわ、本格的にヤバイ・・・
治まりそうもない疼きに、途方に暮れる。
観念、するしかないんだろうな・・・
だってキュヒョナだし。

「ヒョン・・・、ヒョクチェヒョン・・・」
わかったからそんな甘ったるい声で呼ぶな、反則だから。

「・・・なんとか、してよ・・・」
「失格。もっとちゃんと」
「食べ・・たらいいじゃん」
「・・・うーん、まだまだ」

厳しい判定はなかなか通らない。
その間にもどんどんクスリは俺をおかしくしていく。

もーやだ、こんなの。
「・・・抱いて、よ・・・キュヒョナ」
結局、こーなっちゃうんだ。

「まあ、合格。涙に免じてですけど」
滅多にしない満面の笑みでキュヒョナは言う。
ステージ上で見せたらファン増えると思うのに、今んとこふたりの時だけ。
まあ、ひそかに気に入ってるワケだけど。

これをされるから、いじめられてもなんか・・・許せちゃうんだ。
惚れた弱みなんて、それこそクスリみたいなもんだもの。


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