青年タイム ※




「ヒョク・・・」
愛おしそうにほっぺを撫でられて、見上げる視線がつい蕩けてしまいそうになる。

「始めよっか」
にっこり綺麗に微笑んだドンヘは、ペンをひとつ選んで俺に持たせた。
サイン以外でペンを握るのは久しぶり。
思わず感触を、懐かしんでしまったりして。

「ハイ。これ、解いて」
「こんなのどっから持ってきたの?」
差し出されたのは、数学の問題集。
ドンヘの私物とは到底思えない。

「リョウクの机から借りてきた」
「怒られるよ?!」
リョウクはついこの間やっと大学を卒業したばっかりだ。
だから持ってるのはわかるけど、無断で借りたりして大丈夫?
可愛い顔してアイツ怒るとコワいんだけど・・・

「だいじょぶだよ。ヒョクならこれくらい問けるでしょ」
論点がズレてるぞー。
でも実は大学行きたくなかったワケでもない俺は、興味がないワケでもない。

「責任はぜんぶドンヘがとってよね」
「先生と呼びなさいって、言ったでしょ」
「痛ッ! なにすんだよ!!」
ぴしっと指示棒で叩かれて文句を言うと、ドンヘは眼鏡の奥ですっと目を細めた。

「早く。最初のページから」
俺に向けられたコトのない、冷たい声。
・・・う、何コレ。
ドンヘが急にいつもは感じないオーラみたいのを出した気がする。

「・・・・・・はい」
なぜか・・・考える前に頷いてしまった。

「お前は集中力がないんだよ。しっかりやればできるんだから」
それ・・・、学生時代に実際担任に言われました。
もー、解けばいいんでしょ解けば!!

久しぶりに数式に挑みかかる。
幸いそんなに応用編じゃないみたいで、そこそこは解けるかもしれない。
カリカリ、ペンを走らせる。

「ここまで、5分で解いて」
「ええー・・・」
「いいから、やりなさい」
「・・・・・・」

銀の指示棒でページの最後を指される。
1問1分ってことじゃん・・・そんなの無理だよ。
そう言いたいのに、どうしても唇が動かない。

チラリと見上げると、眼鏡のレンズが反射して、ちょうどドンヘの目が見えない。
どうしよう。
なんだか、ホントに逆らっちゃいけないような気がしてる。
へんな風に緊張して、分かってるはずの問題にも引っかかる。

「ここ、わからない?」
嗅ぎ慣れたコロンの香りが鼻先を掠めて、前髪が触れ合うほど距離を詰められた。
じわっと背中に汗をかいたのが自分でわかる。

ドンヘなのに、分かってるのに、なんだか目も合わせられない。

「ヒョクチェ、どうしたの?」
「・・・な、なんでも・・なぃ」
「そうかな? 集中できてないんじゃないの?」
「・・・ッ?! ・・なに?!」

耳元で囁かれたかと思うと、次の瞬間。
認識より先に肩が跳ねた。
太ももから足の付け根まで、例の指示棒がすいっと撫で上げていったから。

「訓練」
「・・・え・・?」
「我慢して、ちゃんと解いて」
「そ・・んな・・・ッあ!」

棒の先端でぐりぐりそこを刺激されるだけで、あっという間に全身があつくなった。
さっきまでの緊張が、妙な具合に作用してる。

「ほら、頑張って」
「や・・や、だあ!!」
「そこまでできたら、やめてあげるから」
「ん・・んッ・・」

ペンを握りしめて、その硬質な感触でなんとか呑まれるのを避ける。
とはいえ・・・
何年も触れていない数字の羅列の世界に、そう簡単に戻れるものでもなくて。

困る困る。
気持ちよくなってきちゃった。

「わからないの? それともできないの?」
「できな・・・、あ、んんッ」
「堪え性ない子だね、ヒョクチェは」
「う、うーッ・・」

おかしそうにくすくす笑われる。
こんなの、もっとホンキで嫌がったっていいのに、どうして?
唇を噛み締めて、せめてはしたないことを言わないように気をつけるしかできない。

「ねえ、生徒らしく先生に敬語で喋って」
「なに・・それ・・」
「そしたらコレじゃなくてちゃんと手でしてあげる」
「ひゃ!!・・あ、あ」

銀色の無機物が俺の中心をぴしぴし叩く。
痛いのかと思ったのに、快感でしかなくてびっくりした。
でも、やっぱりそんなんじゃなくてドンヘの手のひらを感じたい。

「どうするの、ヒョクチェ?」
「う、う・・。先生の・・・手がいい、です」
あーあ、言っちゃった、ばか。

「じゃあ、いいって言うまで、敬語じゃないとダメだからね」
「は、い・・・。わかり・・ました」
もう、きっとコレ着た時点で仕方なかったんだ。
高校生の俺にとっては、先生は絶対従うべき存在だったもの。

だってそういえばドンヘは俳優なんだった。
喋り方自体がいつもどおり柔らかくても、さっきから温度が違う。
『先生』のオーラを纏われてしまったら、演技は素人の俺が敵うはずない。

「素直な子には優しくしてあげる。ね、ほら」
「あ、あ、あ・・」
目は射抜くように鋭いまま微笑むなんて、あんまり見たことない表情。
ドンヘ『先生』はそんな風に俺を見据えながら、真新しい制服を中途半端に脱がせにかかった。

 
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