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first love

「ぶっはははははは!!」
すがすがしいほど爆笑された。
「もうアホを通り越して逆奇跡の域だな!」
ハイもうホントなんとでも言ってくれて構いませんいっそ打ちのめして!

あの後。
まず冷水でシャワーを浴びまくって、じっとしてられないからやたら筋トレをしまくって。
それでも気が紛れなくて、キッチンにあった誰かのウイスキーを静かなリビングで舐めていたらヒチョルヒョンが帰って来た。
・・・誤算だ、どっか泊まってくるかと思ってた・・・
トゥギヒョンはマネージャーの部屋に行ったらしい。

ご飯もひとりでは食べない俺がひとりで飲んでるのを珍しがられて、なんかあっただろと問い詰められて。
ヒチョルヒョンの攻撃に対抗できるのはトゥギヒョンだけな訳で・・・
そして冒頭の爆笑に至る。
酔って寝てしまいたかったけど、こうなったらお兄様の意見を伺おう。
寝て起きても、夢でしたってコトにはならないし・・・

「まあでも、これでいい加減観念しろよ」
冷蔵庫からビールを見つけてきたヒョンが、俺のグラスにそれをカンとぶつけて言う。
「か、観念ってなに?」
ヒチョルヒョンがそういう単語使うとビビる。
「恋愛感情で好きなんだって、認めろ」
ああ、そーゆー意味か。

「うん。わかった」
「うっわ、素直! 気持ち悪い!!」
「ウルサイなぁ」
だってさすがの俺だってその考えに至らざるを得ない。
トゥギヒョンに言われたコト、そう考えたら全部が辻褄が合ってしまった。
というより、辻褄が合うのは分かっていてわざとその考えを避けていた。
一度認めてしまったら、感情は当たり前のように俺の深くに根付いた。
自覚しようとしなかっただけで、きっとだいぶ昔から好きだったんだと思う。
まあ、色々ショックもあるけど、自分で自分に観念しなきゃいけない気になった。

「んじゃ、いつ決行?」
「なにを?」
「愛の告白に決まってんだろ」
「こ、くはく・・・」
「みんなの彼氏のマジ告白! どんなだろーなー? 俺覗いてていーいー?」
はしゃがれても困るんだけど・・・

「あ! むしろキスはしたし次はもう襲っちゃうカンジ? えっちぃー」
「・・・はッ?! そそそ、そんなワケないじゃん!!」
「でも、ぶっちゃけ初めて唇にキスしたらさー、なんかその先とか色々想像しちゃわない?」
「やーめーてーええええ」
耳を塞いだらやたらその辺りがあっつい。
ヒョンの指摘はあながち的外れではなくて・・・
柔らかかったあの感触は、けしからん想像をたくさん連れてくる。
キスにこんなに戸惑う年でもないのに、まるで中学生みたい。

「・・・・・お前も案外カワイイんだな」
ユデダコみたいになってるであろうほっぺをつままれた。
ハイ決定!遊んでるこの人!俺で!!
だけど、顔に集中した熱のせいで、うまく言葉がうかんでこない。

口だけぱくぱく動かしていたら、
「ゴメン、いじりすぎた」
とヒョンは急に表情を緩ませた。
「なんか初々しくて意地悪したくなった」
さっきまでの不敵なカンジじゃなくて、優しく笑ってくれる。
「なんかさ、気の迷いとか一時的なもんじゃなくて、ホントに好きなんだな」
今度は毒気を抜かれてなにも言えない俺に、しみじみ呟く。

「・・・・・うん、そーみたい」
「ま、絶望的に鈍すぎるけどな」
う、一言多いよ・・・当たってるけど。

「おし! ここはヒチョルお兄様が可愛いドンヘのために協力してやろう!」
な?と俺を覗き込んで、またグラスをカチンと合わせる。
「協力?」
「おうよ。職場恋愛も先輩なことだし、たまには弟の世話も焼かせろって」
確かにそーゆー意味でも先輩なワケだから、味方になってくれるのは心強いかも・・・

「・・・・・よ、よろしくお願いシマス」
「よしよし。後は俺に任せとけ」
俺がちょいっと頭を下げると、そう言ってお兄様は満足そうにふふんと笑った。

破天荒で超行動派のキム・ヒチョルの『協力』は、人よりちょっと頭の回転がゆっくりらしい俺にとっては『試練』に
なりうることに・・・・この時の俺は気づいていなかった。
慣れないウイスキーに意外と酔っていた・・・という言い訳をしてみたり。


                    *


一日の仕事がもうすぐ終わる。
ヒョクは俺を避けまくっていた。
挨拶ひとつ交わしてない。
気になって仕方ないけれど、どうしていいかわからなかった。

俺は今泣きそうだ。
トゥギヒョンに呼ばれてさっきヒョクが控え室を出て行く時、ドア横にいる俺と一瞬目が合った。
いつもならニコっと笑ってくれるけど、強張った顔をしてすぐに体ごと背けた。
ばたばたと走っていく聞き慣れた足音が、ますます切なくさせる。

普段どおり接してくれるとは思ってないけど、俺が悪いってわかってるけど。
どれだけいつも、ヒョクが俺の横で笑っていてくれたか思い知る。
あの笑顔を俺に向けてくれなくなったらどうしよう。
広げているだけでちっとも内容が入ってこない膝の上の雑誌に、涙を零しそうになって唇を噛んだ。

「ドンヘ、ちょっと来い」
しばらく涙腺と戦っていたら、ヒチョルヒョンの声に呼ばれて顔を上げた。
「なに? どこ行くの?」
「いいから」
なんかヒョンまで冷たい。
昨日協力してくれるって言ったのに・・・。

連れて行かれたのは衣装部屋だった。
ドアの手前でヒョンが話し出す。
「お前が先週着てた衣装、俺明日着たいから探してくれ」
「・・・そんなのマネヒョンかスタッフに頼んでよ」
「どの衣装だったか説明すんのめんどいもん」
相変わらずマイペースな人だ。
俺今すっごく落ち込んでるんだけど・・・

「・・・ヒョン、俺」
「なんかしてたほうが気紛れんだろ?」
断ろうと口を開きかけた俺にかぶせてヒョンは言う。
と、同時に昨日と同じニヤリじゃない笑みを見せてくれた。

・・・・・・あ、いちお助けてくれたカンジなの?
確かに涙をこらえるにも限界だったけど、今はおかげでひっこんだ。
まあ、ヒチョルヒョンらしい優しさってコトか。

「う、うん。わかった。探すよ」
「よしいい子、ヨロシクねん」
バチンとウインクまでかましてヒョンは行ってしまった。
はいはい。
ちょっとだけ軽くなった気分を抱えて、衣装部屋のドアを開けた。


                   *

う、意外と大量・・・
探そうと思って見ると事務所に置いてある衣装は多かった。
見つかるかなぁ・・・

一番奥から手をつけようと部屋を進んだ時、
「う、わ!」
吊り下げられた衣装の影から出てきた誰かとぶつかった。

「ごめんなさい! ・・・・・・・・あ」
うそ。
「ど、んへ」
ヒョクだ。

「あ、えとトゥギヒョンから頼まれもので、俺・・・」
こんなトコで偶然会うなんて・・・
まさか、ヒチョルヒョンの『協力』・・・?
トゥギヒョンもグルってことなの?
こんなサプライズされても困っちゃうよ!
心の準備ができてないどころじゃない。

「お、俺もヒチョルヒョンに言われて・・・」
いや、そんなことよりもっと言わなきゃいけないこととかあるはずなのに・・・
どうしよう、頭回んない。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙。
焦る心は意地悪で、空回りしかさせてくれない。

「ヒョク、俺・・・・わ?!」
「?!」
意を決してとにかくなにか話そうと口を開きかけた時、前触れもなく部屋の電気が消える。
な、なに、停電? ブレーカー?!
突然、正真正銘真っ暗闇に包まれた。
この部屋には窓がない。
ドアについた小さな覗き窓から、細い光がほんの少し入り込むだけ。

「な、なんだろね。停電、かな?」
「う、うん・・・」
思いっきりぎこちない俺の言葉に、一応ヒョクは返してくれた。
表情どころか、なんとなくそこにいることくらいしかわからない。
そのほうが、今は助かるかな・・・

「見えない、ね」
「う・・・ん」
全く予想外の驚きが連続で来たせいで、子供みたいなことしか言えなくなってる。
それでも、ヒョクが無視しないでくれるから救われた。

「・・・・・・あ、の・・・どんへ」
「え?・・・わ!!」
おずおず名前を呼んだヒョクが、突然俺の手を握った。
なんでなんで?
まさかの体温にびくっとしてしまった。
「ごめん・・・俺、暗いの駄目で・・・」
「そお・・・なの?」
知り合って相当経つのに初耳だった。
あ、でも言われてみれば暗い時は必ず誰かに引っ付いていたかも。
キュヒョナの腕にずっと縋りついてて、なんだよと思ったこともある。
・・・思えばそーゆーのもヤキモチだったんだな。
ホント鈍い、俺。

「ごめん、ね」
知らずにため息をついてしまっていたみたいで、ヒョクが小さく謝りながら手を離そうとする。
「あ、違う違う、いいよ!・・・俺の手で良ければ・・・」
慌てて掴みなおした。
ごめんはこっちの台詞。
ソンミナヒョンとかだったら良かったよね。
こんな時にこんな俺と暗闇で二人きり。
安心させてあげれる余裕もない・・・情けないけど・・・

余裕どころか、ヒョクの体温を変な風に意識してる俺がいる。
恐いと言うのなら・・・抱きしめてもいい?
そう思った一瞬後には、体は正直に動いていた。

「う、わ! なに?」
「・・・恐いなら、手よりこのほうがいいかな、って」
駄目だ、また俺暴走する。
恋愛って、こんなにも制御きかないものだったっけ?
好きな人を抱きしめるって、こんなに胸が苦しくなるものだったっけ?

ヒョクはなにも言わず、されるがままでいる。
なにを考えているの?
今日一日数え切れないほど盗み見たヒョクは、目元を赤くしていた。
昨夜泣いていたというのは、どういうコトなの?
知りたい。知るには言わなくちゃいけない。

暗闇は、俺を焚きつける。

「ヒョク・・・俺、ヒョクが好き」

気持ちが、言葉になってしまった。

「友達じゃなくて、キスしたりこうしたくなる・・・みたい」
「どん、へ・・・・・・」
戸惑いながら名前を呼ぶ、ヒョクのちょっと高い声。
それだけで気持ちにエンジンがかかってしまう。

「好き、で・・・仕方ないの」
「・・・急に、なん・・で・・・・ッん!」
衝動のまま後ろ髪を掴んで、少し乱暴に口付けた。
一度言ってしまったら、すべてが溢れ出していく。

「ぅ・・・、んんッ、ん!!」
ビックリしたヒョクは俺の胸を押し返してるけれど、今日は離されてあげる気はない。
むしろ抵抗を押し込めようと、逃げる舌を捕まえて絡めた。
びくっと、ヒョクの肩が震える。
そんな反応に惑わされまくって、ワケわかんないくらい口内をかき回してしまう。

「・・・んッ、ふ・・・あ!・・・ッ、けほッ」
気が済む頃には呼吸困難一歩手前。
開放された途端、ヒョクは苦しそうに息を吸い込んで咳き込んだ。
「は・・・ひょ、く・・・ごめ・・・」
俺もまだ整わない息と一緒に、言葉を搾り出す。
自分がしたのに力が抜けて、今やどっちかといったら俺がヒョクに抱きついてる。

「急、に・・・こんな・・・ッ・・・困るよ!ばか!!」
咳と呼吸の隙間を縫って、ヒョクは俺を責める言葉を吐く。
でも、・・・気のせいか心のそこからは怒って、ない?
「・・・俺も、困ってる。こんなに欲しくてどうするんだろう・・・」
頭がまだちょっとぼーっとしてるから、脳から直接喋ってしまう。

「し、知らなッ・・う、わ!!」
ヒョクが反論しようとしたその時、急に視界が復活した。
白い蛍光灯が何事もなかったように部屋を煌々と照らしだす。

「あ・・・・・・」
眩しくて閉じた瞼を開いたら、俺は今さっきよりビックリする羽目になった。
俺がめちゃくちゃにキスしたせいで、普段からちょっと赤いヒョクの唇が更に色付いてる。
白い肌が耳までピンクに染まって・・・
情事の最中かそのあとみたい。
とんでもなく色々とかきたてられる。

どっくん、心臓が跳ねた音が聞こえた。
ヤバイ、ほんとヤバイ・・・

「わ! ・・・ど、どした・・・の?」
咄嗟にヒョクの両肩を掴んで引き離した。
直視できないからそのまま頭ごと俯く。
「ヒョク、俺から・・・逃げて」
「い、意味わかんないよ・・・」
「確実に襲っちゃうから。こんなトコじゃマズイし」
「こんなトコとかそーゆー問題?!」
つっこみそこなんだ・・・意外とヒョク冷静じゃん・・・

「ごめんホント、変なコトばっかして・・・もう、行って?」
ヒョクのつまさきを見つめて言う。
もうなんか、ごちゃごちゃだ。

「・・・俺の、気持ちは・・・・」
呟くように零れたヒョクの言葉が途切れて、ふるふると首を振った動きが手のひらから伝わる。
「・・・・・な、んでもない。やっぱりドンヘはバカだよ!」
俺の手を勢いよく払って言い放った。
俺もおそろいで持ってるスニーカーが向きを変える。
バタン!!、派手な音を立てて閉じた扉。
時間をかけてその扉に向かって視線を上げた。

「・・・・・・・はぁ・・・・・・」
自嘲しか詰まっていない溜め息が出て行く。
こんな自分は自分で知らない。
途方に暮れるということを、生まれて初めて体感した。
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