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三服の香り(伊勢七緒)

7.二人の化け物

 精霊艇に戻った頃には、もう殆どの隊士が退勤していた。
 京楽は、八番隊の隊首室に七緒を連れて行くと、七緒をソファに座らせた。
 七緒はボンヤリと足元を見ていたが、気がつくと、目から涙が溢れていた。
 ノコノコと寒山に会いに行った自分を馬鹿だと思ったし、自分のせいで京楽の指が折られる事になったし、それでも寒山の呪縛から離れられない自分に失望した。
 京楽は黙ってお茶を淹れると、七緒の前に置いた。
「……寒山は、驚くほど妖艶だろう?」
七緒の向かいのソファに腰掛けながら、京楽が優しい声で言った。寒山とは違う、明るい軽さがあった。だが、京楽の優しさが、七緒には辛かった。
「……すみ、ま、せん……。指……私の………」
「指2本で済んだなら、大儲けだよ。アイツを前にして」
京楽は自分の指を掴んで、向きを治した。
「寒山の、声も、仕草も、行動も、強さも、全部が人を惹きつけるんだ。大昔、僕もそうだった」
京楽は真っ直ぐ七緒を見て、寒山について語りだした。
「浮竹みたいな、寒山の真逆にいる奴に出会わなければ、僕はアイツに染まってた。それくらい、中毒性がある。だから、寒山から離れられない君が悪いんじゃない。運が悪かったんだ」
京楽の優しさに、七緒の涙は勢いを増した。
 体を屈めて、膝に顔を埋めた。
「……私、まだ、会いたいんです………彼に……こんな事に、なってるのに…………助けてください……京楽隊長…………」
「……そう、だろうねえ。分かるよ………」
七緒には見えなかったが、京楽の顔は怒りで歪んでいた。
 寒山が、兎に角、許せなかった。
「乱菊ちゃんに、来てもらおうか。彼女なら、きっと力になってくれる」
京楽は伝令神機を取り出すと、乱菊に電話をかけた。飲み代を出すと言ったら、直ぐに駆けつけてくれた。
 七緒を見た瞬間、乱菊は事の異常さに気がつき、慌てて七緒に駆け寄った。
「どーしたのよぅ、七緒。何があったのー?」
乱菊は七緒の肩を抱いたが、七緒は泣くばかりで、答えられなかった。
「乱菊ちゃん、悪いんだけどさ、朝まで七緒ちゃんに付き合ってはくれないかい?この子を、一人にしないであげてほしい…」
何時になく重たい雰囲気の京楽に、乱菊は目を見開いて頷いた。
 京楽は机に、やや多目の金を置くと、隊首室を出て行った。
 京楽は家に帰ると、笠と、義姉の着物と、風車の簪と、隊長羽織と斬魄刀を外し、床の間に置いた。
 死覇装から普段着に着替えると、床の間に元から飾られていた真剣を腰に差し、家を出て行った。
 向かったのは、流魂街第70地区白菊だった。


 寒山は、白菊の屋敷の一室で一人、酒を飲んでいた。七緒に貰った酒だった。
 夜がふけてくると、屋敷に悲鳴が響き渡った。
「曲者!!!曲者だあぁ!!!」
子分達が叫び、廊下を行き交う足音が、バタバタとやかましく聞こえてきた。それでも寒山は、穏やかに酒を飲み続けた。
 屋敷にはしばらく、悲鳴の嵐が起きていた。
 悲鳴が止み、しばらくすると、寒山のいる部屋の扉が開いた。
「早い再会だなあ。春水」
刀も、手も、着物も、全てを血に染めた京楽が、戸口から寒山を睨みつけた。寒山の穏やかな表情は、一切変わらない。
「伊勢さんは、お前の何だ」
「死んだ兄貴の、秘蔵っ子だよ」
「あの子が……。けど、お前がそこまで怒る理由が分からない。要は他人だろう」
寒山の言葉に京楽が反応し、大股で寒山に接近し、刀を振った。
 だが、寒山の抜刀で止められた。
 どんなに力強く押しても、ビクともしない。
「……兄夫婦に影響されたのか?それとも、親友の浮竹か?常人ぶったって無駄だ。お前は、他人の為になんか、怒れるような奴じゃ無かった…筈だ!」
寒山の足の裏が京楽のみぞおちにめり込み、京楽は壁までぶっ飛んだ。
 京楽は壁に背中を打ち付け、ズルズルと床に下がっていった。
「伊勢さんに惚れているのか?」
刀を引きずりながら、寒山は近づいてきた。
「違う。兄と義姉の、娘だ。何が何でも守ると決めた」
「僕を殺してでもか」
「そうだよ」
京楽は寒山に切りかかったが、簡単に止められた。
「君が生きていたら、七緒ちゃんは、また会いにくる」
「横暴だなあ。彼女が悪いんじゃないか」
「君の存在を、もう無視できない」
寒山は京楽の刀を弾くと、体を回転させて、腹部を斬った。京楽はとっさに後ろに飛んだが、腹の表面を横に斬られた。
「ンフッフフフフフッ。情けないなあ、春水。お前は昔から情けない。後から後悔してばかりだ。兄や兄嫁を殺した償いは、伊勢さんを守ったって出来ないぞ」
「うるさい」
「お前が、彼女から母親を奪ったんじゃないのか?春水!初恋まで奪うのか!?」
「うるさいっ!!」
「何様だ!!!彼女から奪い続けて、囲って、自由を与えず、思い通りに操って満足か!!??」
「寒山!!!!!!」
激昂した京楽が刀を振り上げた瞬間、寒山の刀が京楽の腹に刺さった。
 ズブズブと奥に入っていき、鍔が京楽の腹にあたった。
「………僕に勝てると、思ったか?死神」
寒山の手に、京楽の血が伝った。京楽は、寒山の手を掴み、寒山を見下ろした。
「思っちゃいないよ……君みたいな、化け物に…………」
寒山が刀を乱暴に引き抜くと、京楽は前に倒れた。床が、京楽の血で染まっていった。
 寒山は穏やかな顔で京楽を見下ろし、着物の裾で刀の血を拭った。
「……斬魄刀で来たなら、まだ勝機はあっただろうに。なぜ普通の刀で来たんだ」
「……個人の、恨みだからだよ………」
「化け物め。一人の女の為に、うちのやつら全員殺したんだな」
答えない京楽を見て、寒山は一瞬悲しそうな顔をしたが、直ぐに笑顔になって、京楽の襟首を掴んだ。
「死体の山を見に行こう。春水」
寒山は京楽を引きずり、戸口に向かった。
「僕は、伊勢さんには、死体は見せなかったんだ。彼女は綺麗だから。汚さなかった。優しいだろう」
大きな京楽の体を、寒山はまるで人形のように引きずり、優しい笑顔で話した。京楽は返事をしなかった。
「お前の霊力は、なかなか消えないなあ。春水………」
寒山が戸口に立った瞬間、一人の男が寒山の左胸を刺した。京楽が殺した筈の、子分だった。
「……お前ェ……ッ!!!!」
寒山は咄嗟に子分の首をはねたが、寒山の胸に刀は刺さったままだった。
 寒山は京楽から手を離し、京楽の顔面が床にぶつかった。
「………何も、気配を、感じなかったぞ。何をした!!春水!!!!」
胸に刺さった刀を見ながら、寒山が叫ぶと、京楽がゆっくり顔を上げた。
「君の呪縛を解くには、脳をいじるしかなくてね………」
京楽は苦しそうに笑いながら、ライター型の記憶置換を見せた。
 寒山はよろけながら膝をつき、恨めしそうに京楽を見た。その顔には最早、笑顔は無かった。
 逆に、京楽は腹を押さえながら立ち上がった。
「………僕を利用するだけ利用して……最後は、殺すか………伊勢さんは、知っているのか……?」
息をするのも苦しそうに、寒山は京楽を見上げながら、話した。京楽は冷たい顔で、寒山を見下ろしていた。
「知ることは無い」
京楽の言葉を聞いて、寒山は笑った。笑った勢いで、血を吐いた。
「ハハッ!!!アハハハハハ!!!!お前は、伊勢さんを守っているんじゃないさ!!!!自分を、お前自身を、まともに見せる為に使ってるだけだ!!!!!守る対象がいると、安心するよなあ!!!!結局、僕なんかより、タチが悪いんだよ!!!お前は!!!!」
「………そうだね…………」
京楽は、寒山の胸に刺さった刀を乱暴に抜いた。刀と一緒に大量の血が噴出した。
 寒山は倒れる事はなかったが、うなだれたまま、虚ろな目で京楽を見上げた。
 京楽は刀を捨てると、部屋の奥に戻り、燭台を倒した。
 油の広がりに合わせて炎が床に広がり、壁に燃え移った。寒山は笑って、その様子を見ていた。
 京楽は寒山を見ることなく通り過ぎ、死体の山を跨いで、屋敷の外に出た。
 屋敷からやや離れた岩に腰をかけると、京楽は伝令神機を取り出し、どこかに連絡をした。
「もしもし、涅隊長?僕ボク〜。終わったよ〜。え?寒山の死体?置いてきちゃった……いや、無理だよ、僕も重傷で………あー、じゃあ、給料1ヶ月分あげるから許してよ。うん。はあい。あとは、隠蔽たのんだよ………はい。よろしくお願いしますー……」
 電話を切ると、京楽は穏やかな顔で、燃え盛る炎を眺めていた。


 寒山は、絶命する直前に、七緒に向って霊圧を飛ばした。
 乱菊と一緒に、部屋に籠もっていた七緒は、寒山の霊圧に気づいて窓辺に寄った。今まで動かなかった七緒が突然動いて、乱菊は心配そうに七緒を見た。
「……七緒……?」
七緒は窓を開けて、寒山の霊圧を懐かしむように、肌で受け取った。
 そして直ぐに、寒山の霊圧が消えたのが分かった。
 死んだのかも知れない。
 そう思うと、悲しさと共に、解放された安心感で涙が出た。
 七緒はその場に蹲って泣いた。

 寒山の死が御艇に届いたのは、それから一週間後だった。仲間割れ後の、相打ちとされていた。
 あの夜、京楽はどこに居たかは語らなかったし、七緒も聞かなかった。

 京楽が叔父だと知ったのは、それから数年後だった。

ーーーー終わりーーーー
京楽さんは、七緒ちゃんの為なら、鬼にも悪魔にもなるんじゃないかなー、という妄想です。
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