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虹色の瞳の人(藍染惣右介)

4. 残された時間

 3年……?
「緋宮……さ」
「3年後、私は目を奪われて死ぬ」
声が出なかった。足元から、全てが崩れて行く感覚………。
「目を奪われてから、数時間は生きておれるだろう…その時に」
呼吸も忘れて、ただ緋宮を見た。緋宮は何も感じていないかのように、平然と話した。
「私を抱け」
惣右介は答えない。抱くとか、抱かないとか、今はそんな事じゃない。
 僕は、貴女と居たかった。もっと、ずっと、一緒に居られれば、それで良いのに……。
「私とて、同じだ」
緋宮は惣右介の考えを読んで、答えた。
 緋宮は起き上がり、惣右介の手を取った。切ない顔をして、無理に笑顔になった。
「仕方ない。惣右介が来ると分かったと同時に、この運命を知った。霊王から借りていた目は、返さなければ。私は最後に惣右介に会えたんだ、悔いはない」
惣右介は喉がつっかえて、言葉がなかなか出なかった。
「僕だけ、残される…」
「お前は若い。私の事もすぐ思い出になるさ」
「何故そんな事を……」
惣右介は体を倒して緋宮の膝に顔を埋め、緋宮の袴を握った。
「貴女を失いたくないし、貴女を忘れたくない……」
「私が死んだら、忘れろ。新しい女を見つけて…」
緋宮は母親がするように惣右介の頭を撫で、優しい眼差しで惣右介の頭を見た。
「何故……!未来の僕は別の女といるのですか…!?」
惣右介は顔をあげて緋宮の顔を間近で見た。虹色の瞳が陰り、悲しそうな顔をした。
「………見えん。目を失った後の事は……」
緋宮は惣右介の頬を両手で掴み、額と額を合わせた。
「お前だけが、心配だ。惣右介………お前の先が見えない事だけが、死にゆく私の心残りだ……」
緋宮の声は震えていた。惣右介の事を、心の底から心配しているのが伝わってきた。
 自分の命すら気にかけない深い愛を、惣右介は受け取る事ができた。不幸と幸せがいっぺんに来る、複雑な気持ちだった。ただ、一つだけ思う、この人の為に、何かをしたい……。
「最後まで、私の側にいてくれ……まあ、いてくれるだろうが……私はそれで十分だ」
「緋宮様………」
惣右介は緋宮の顔を包み返し、口付けをした。優しい、唇の感触を確かめる、短いキス。
 唇を離すと、緋宮は惣右介の手に優しく触れた。
「……千年の苦しみも、癒えるよ………ありがとう、惣右介………」
「……何度でも………貴女が、僕を愛してくれるなら……本当の、僕を………」
「遥か昔から愛している、と、何度言えば良い……」
「何度でも言ってください。最後の時まで…」

 
 

 爽やかな風が吹く夜だった。
 寝室の窓を開け、二人は抱き合って眠った。
 虫の音が響く中、惣右介は緋宮の胸に耳を当てた。
 心臓の鼓動が聴こえる。
 これもあと3年なのだ……。
 初めて僕を見てくれた人、初めて僕を抱きしめてくれた人、初めて安心と愛情を教えてくれた人が、生きていけるのは……。
 神よ、ソウルソサエティの神、霊王よ。
 僕は貴方を、憎みます。


 3年と言う月日は、心を整理するにも、思い出を残すにも、短すぎる時間だった。
 緋宮は、惣右介の中の憎しみに気づいていた。だから、惣右介に何時も、恨むなと言った。私を思うなら、誰も憎むな、誰も呪うな、と。
 だが、最後の日までそれは消えず、寧ろ膨らんで渦を巻いていった。

 「明日、零番隊が来る」
 最後の日の前日、布団の上で緋宮が惣右介に言った。その惣右介は、目に見える程憔悴していた。愛する人が明日死ぬのだ、一緒に死んでしまいそうな顔だった。
「お前は、明日、ここから出るな」
「嫌です。側に………」
「駄目だ。許さん。ここにいろ」
惣右介はクマのある目で緋宮を睨み、乱暴に緋宮の肩を掴むと、布団に押し倒した。
「最後まで一緒にいろと、貴女が言っただろ!!!」
荒々しい口調で惣右介が緋宮に怒鳴ったが、緋宮は怖がる事も無く、自分の上で息が上がる惣右介をただ見ていた。
「それは最後の時じゃない」
緋宮は惣右介の頬に手を当て、親指で撫でた。
「目を渡したら、戻って来るから、私を抱いてくれんか。お前に抱かれながら、死にたい」
惣右介は涙が溢れて、それを隠す為に緋宮に覆いかぶさった。緋宮は、惣右介の背中を抱いて受け入れた。
「……貴女は残酷だ……」
「そうだな……」
「貴女はそれで良いかもしれないが……貴女を救えない僕は、ただ辛いだけだ……」
「……ああ、すまない…全て私の我儘だ。私の為に心を痛めるお前を見たかった」
「知っています。僕でもそうした」
「お前は……次があるさ」
「ありません。貴女だけでいい。貴女しか欲しくない」
「……嘘でもいいから、未来に希望を持て、惣右介。私を安心させてくれ」
「出来ない事も知っているクセに……」
「私が死んだ後の事だ」
「………」
惣右介は答えず、緋宮の首筋に口を当てて、腰紐に手をかけた。
「やめろ惣右介」
緋宮はそう言うだけで、抵抗はしない。嫌がっているのか、口先だけで言って見ただけなのか、分からない。惣右介は腰紐を解いて、緋宮の腿に手を置いた。
「この目は私の苦しみだったが、誇りでもあった。私の誇りを奪うな」
惣右介の手が止まり、体を離した。
 緋宮の強い目が、虹色の目が、惣右介を刺した。着物ははだけ、白く華奢な体が露わになっていたが、今はそちらは気にならなかった。
 初めて、緋宮に拒まれた事が、ただただ悲しかった。
「……初めて、お前を拒んでしまったな」
緋宮は起き上がって、着物を直した。先程の緋宮の目に刺された心が痛んで、惣右介は尻もちをついた。
「あ………」
着物を直し終わった緋宮が、また惣右介を見た。刺す目では無かったが、痛みを思い出して、惣右介は目をそらした。
「申し訳ありませんでした……すみません……」
「…約束を破ったのは、私だ。すまなかった。拒んで…」
緋宮は手を伸ばして、惣右介を抱きしめた。惣右介も緋宮を抱きしめ、緋宮の胸に顔を埋めた。
「明日だ」
緋宮は、惣右介の柔らかい髪に顔を埋めて呟いた。
「明日の数時間だけは、私は本当の意味でお前のものになれる」
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