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病める時も健やかなる時も(狛村佐陣)

5.狛村佐陣の見合い

 佐陣は呼吸を思い出して、深く深く呼吸を繰り返すと、机に向かい、筆をとった。
〜〜〜〜〜〜
 朝様、お手紙ありがとうございます。そして、言い難い事を教えてくださった貴女のお気持ちに、感謝いたします。
 私は迷惑だとは思っておりませんので、ご心配なされぬよう。
 貴女は私にとってかけがえの無い存在ですが、私が貴女を幸せにする事はできません。
 どうか、同じ人間の貴族同士、同じ価値観の男性と幸せになってください。
 あなたは誰からも好かれる人柄ですから、きっと愛されることでしょう。
 私、佐陣の事は死んだくらいに思ってください。
 朝様の幸せを願っております。    佐陣
〜〜〜〜〜〜〜
 佐陣は封筒の口を固く閉じると、朝一番で送った。
 朝から届いた大量の手紙は、まとめて箱にしまい、紐で封をした。朝への気持ちも、目を向けないまま、一緒に封をした。
 それ以降、朝からの手紙は届かなかった。

 佐陣は死神になると同時に、元柳斎から名字を貰った。
 死神の狛村佐陣として、新しい人生が始まった。
 御艇には東仙がおり、寂しさを感じる事は無かった。

 朝と会わないまま、70年が経った。
 どこかの貴族と結婚して、子どもも大きくなった頃だろう、と勝手に想像していた。
 元柳斎から話を聞くこともなく、いつしか佐陣は隊長になっていた。

 隊長に就任した翌日の夕方、元柳斎に呼び出された佐陣は一番隊にいた。
「元柳斎殿、狛村佐陣到着いたしました」
「うむ、入りなさい」
隊主室に入ると、椅子に座る元柳斎と、その隣に佇む笹木部長次郎副隊長がいた。
 佐陣は元柳斎の手前に進むと、膝をつこうとしたが、元柳斎に止められた。
「よいよい、畏まるな佐陣。今回は仕事とは無関係の話じゃ」
佐陣は顔をあげて元柳斎を見た。元柳斎も笹木部も、何を考えているか分からない表情だった。
「それは、一体……?」
元柳斎は髭を撫でて、佐陣を見上げた。
「お主もよい歳。隊長にもなった事だし、そろそろ身を固めてはどうじゃ」
「み、見合いの話、ですか?」
そうじゃ、と元柳斎は頷いた。
「相手は、お主の姿も知っておる。承知の上で是非に、と云うてきた」
「何故私の姿を知っておるのですか」
佐陣は焦って言及したが、はぐらかされてしまった。
 断る隙も与えられず、笹木部副隊長に時間と場所が書いた紙を渡された。なんと、明日直ぐの話だった。
「仲人に儂も行く。佐陣よ、必ず来るのじゃぞ」
 元柳斎に言われてしまっては断れず、佐陣は渋々了承して自分の屋敷に帰った。
 家に帰ると、ここ70年開けていなかった箱を取り出し、紐を解いた。
 中には、朝からの手紙が綺麗に並べられていた。
 一番最後に貰った手紙を取り出し、佐陣はもう一度読んだ。
 儂も、会った事も話した事も無い女性と、見合いをさせられる…。70年前の朝様と同じように…。
 佐陣は重たい腰をあげて、明日来ていく着物の準備をした。

 翌日の昼、言われた場所に行くと、既に元柳斎は来ていた。佐陣は変わらず鉄笠を被っていた。
「遅くなり申し訳ありません」
「いや、向こう方と一緒に来たのじゃ。あちらは中で待っておる」
何故一緒に来たのだろうと思ったが、聞かないまま元柳斎に案内されて、料亭の離れに向かった。
 庭には、松や楓など、四季折々の木々草花が植えられていた。
「狛村佐陣、到着した」
元柳斎が中に向かって言うと、襖が開いた。相手の母親と思われる女性が、襖に手を添えながら佐陣を見上げた。
 どこかで見た事があるような女性だった。
「七番隊隊長、狛村佐陣様。この度は娘との見合いを承諾してくださり、ありがとうございます」
女性は三指をついて頭を下げた。女性の後ろで見合い相手の娘も頭を下げていた。金の刺繍をあしらった美しい着物に、珊瑚の飾りがついた簪をつけていた。
 元柳斎に促されて、佐陣は娘の前に座った。
 娘は奥ゆかしく目線をさげて、頬を染めた。
 花の様な、という例えが佐陣の頭に浮かんだ。絹の様な髪に、華奢な首、黒曜石の様な瞳……佐陣の様な男が触れれば、途端に壊れてしまいそうだった。
「狛村佐陣であります」
佐陣は拳を膝につけて会釈し、娘から視線を外した。
「佐陣様………」
聞き覚えのある声だった。
 嘘だ。そんなわけ無い…。彼女は、70年も昔に結婚したはず……。
「佐陣様、わたくしを……覚えておいでですか…?」
娘の声は震えていた。その言葉に佐陣は確信した。
「……朝様……」
鉄笠越しに彼女を見ると、彼女は嬉しそうに笑い、一筋涙がこぼれた。
「この日を、夢見ておりました……」
「何故、朝様が…?結婚したのでは?」
佐陣は困惑して、元柳斎と、朝の母親を見た。
 元柳斎はニコニコしているだけで何も言わず、母親は困った顔で額に手を当てていた。
「この子の強情には、負けました」
呆れる母親の横で、朝は頬を赤らめながら笑っていた。
「20人以上もの見合い相手から断られる事をし続けて、とうとう貰い手が現れなくなったのです」
70年ですよ?と母親は苦々しい顔をした。
 それから、70年の間の朝の動向を聞いた。
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