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虹色の瞳の人(藍染惣右介)

3.千年もの

 暗闇の中で、惣右介は家族に囲まれていた。顔を知らない筈の母親もいて、皆が口々に惣右介を罵倒した。

 人殺し
 化け物
 お前なんか産まなければよかった
 母さんじゃ無くお前が死ねばよかった
 お前なんか誰からも愛されない
 死ね
 上手く周りを騙して
 お前は忌み子だ

 いつの間にか少年に戻った惣右介は、耳を塞いでしゃがみ込んだ。
 耳を塞いでも、罵声は聞こえた。頭の内側から声が聞こえていた。
 辛い、悲しい、怖い……。助けて。誰か助けて。
 「惣右介。これは夢だよ」
誰かが、うずくまる惣右介を頭から抱きしめた。やけに温かくて、頭を上げると、虹色の目をした巫女がいた。気がつくと罵声は止んでおり、家族は何処かに消えていた。
「安心して心の傷が開いたんだ。大丈夫。これは、乗り越える兆候だ。お前の心が、過去と向き合おうとしているんだ」
惣右介はその巫女を知っていた。誰だ、思い出せない。凄く大事な人だった気がする…。

 ハッとして目を開けると、目の前に眠っている緋宮がいた。惣右介はゆっくり起き上がり、額に手を当てた。酷い汗だった。辺りはまだ暗く、夜だった。
「………夢………」
「途中からは夢じゃない」
気がつくと緋宮が起きていた。緋宮は惣右介の着物を掴むと、惣右介を布団に倒した。
 緋宮は惣右介の額の汗を袖で拭い、指で枕をトントンと叩いた。
「枕は夢の通り道。私は枕を介して人の夢に入れる」
「じゃあ、あれは……」
緋宮はまた惣右介を抱きしめ直した。
「お前は非難される対象じゃない。何度でも助けてやる。だから昼も夜も私と居ろ。離れるな」
緋宮の手に力が籠もった。
「どうして…」
どうしてそこまでしてくれるのか、と聞きたかったが、それよりも先に緋宮は答えた。
「お前が私の支えだからだ」
緋宮が続ける。
「千年……誰にも受け入れられなかった。この苦しみが、分かるか…?お前がここに来ると知ってから、それだけを支えに生きてきた。だから、お前は私が支える」
分かったら寝ろ、と緋宮は目を瞑った。しばらくすると、緋宮の寝息が聞こえた。
 惣右介も緋宮に倣って目を瞑った。不覚にも涙が一筋こぼれた。
 安心、と言う感覚を初めて知った。
 本来幼少期に与えられる筈のものを、惣右介はようやく知ることができた。
 
 貴女も同じですか?貴女は、どんな幼少期を過ごしましたか?貴女とこれからどれだけの時間を過ごす事ができますか……。

 次の日から、二人は風呂とトイレ以外はずっと一緒にいた。
 緋宮が務めの時も、惣右介は必ず横にいて、来賓を見張った。来賓は大体四六室の貴族で、自分の身の振り方を相談しに来る事が多かった。
 緋宮は惣右介以外には冷たかった。過去に卑しい事があれば大概追い返し、屋敷に入れても、遠回しな事しか言わなかった。
「アイツらは好きになれん。私腹を肥やす事しか頭に無い。命を掛ける死神を、道具くらいにしか考えていない」
惣右介に膝枕されながら、緋宮は眉間にシワを寄せながら言った。両手で惣右介の手を玩具にしている。
「御艇の事を真剣に考えている方はいますか?」
惣右介は緋宮を覗き込んだ。緋宮と目が合う。虹色の瞳は今日も綺麗だった。
「いるにはいるが、子どもだ。何にも分かっておらんし、これからも変わらん」
緋宮は惣右介の指に自分の指を絡めた。
「惣右介の手は大きいな。指が絡められん」
緋宮は惣右介の手をニギニギした。惣右介は少しだけ照れたが、緋宮は飄々としている。
 どこまでなら、拒まれないだろうか…。
「……お前の事を拒む事は無いよ」
「読まれてしまいましたか」
惣右介は申し訳無さそうに目を反らした。
「当たり前だ」
緋宮は、親指で惣右介の手の甲を撫でた。何とも言えない妖艶な触り方だった。
 先程の言葉にこの行動で、心が読めない惣右介にも緋宮が求めているものが分かった。正解なら嬉しいが、間違えたら気まずい。だが、緋宮の虹色の目は待っていた。
 惣右介は体を傾けて、緋宮に口付けをした。緋宮は顎をあげて惣右介を受け入れた。
 しばらくして口を離すと、緋宮は真顔だった。もう少し色っぽい表情をしているかと思った惣右介は拍子抜けした。
「惣右介」
真顔で惣右介を見たまま、緋宮はハッキリと名を呼んだ。
「はい」
「敢えて聞くが、私は千年ものの処女だぞ」
こうもハッキリ言われては、流せない。
「はい」
「重いぞ」
「そんなこと……緋宮様こそ、いいんですか?」
惣右介は緋宮の手を握り返して、親指でなで返した。
「今更だ。お前が重いことくらい知っている」
「まあ…緋宮様に近づく男がいたら、殺してしまうかも知れませんね」
「ハハッ確かにやりそうだな」
惣右介は緋宮の指に口付けをして、小指を甘噛みした。緋宮の表情は変わらない。
「言い忘れたが、惣右介。床は出来んぞ」
待って、今そういう流れだったじゃ無いか、と惣右介は思わずガッカリした顔で緋宮を見た。緋宮は相変わらずの表情で、惣右介の膝に寝ている。
「試した事が無いから分からんが、純潔でないと千里眼は使えんらしくてな」
「そ、そうですか……」
今までだったら、こんな感情は簡単に隠せた。いや、むしろ、女を抱けずに落ち込む事何て無かった。
 緋宮の前では、惣右介は素直な子供になった。感情を、顔や言葉で表現する。それが出来るのは、緋宮が最初から惣右介の全てを知った上で、惣右介を側にいさせるからだ。緋宮には、絶対的な信頼と愛情があった。
 惣右介の中に、今まで無かった独占欲が出た。誰かに執着するなんて初めてだった。
 惣右介は二人きりになると、子が母親に甘えるように、緋宮にすがる。愛情が欲しいからだ。緋宮は、いつも喜んで惣右介を受け入れた。逆に緋宮が惣右介に甘えても、惣右介は喜んで受け入れた。二人は今まで与えられなかったものを、お互いで与えあった。二人だけの特別な関係だ。
 欲して止まない緋宮を抱けると思った途端、お預けをくらった惣右介の心中は暗い。
「そう落ち込むな惣右介。私が死ぬ間際には抱ける」
緋宮は惣右介の手に口付けを仕返した。普段なら嬉しいが、今は生地獄だ。
「縁起でも無い事を言わないでください。何百年も先でしょう」
冗談だと思って笑って返したが、緋宮は笑っていなかった。

「ちょうど3年後だ」
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