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病める時も健やかなる時も(狛村佐陣)

4.貴族の娘。

 元柳斎のお陰で、佐陣は居場所を得、孤独は消えた。
 佐陣は持ち前の人柄で、周りからも慕われた。あれだけ不信に思っていた人間とも、上手くやっていけるようになった。だが、素顔はいつまでも隠していた。
 道場で佐陣の素顔を知るものは、師範の元柳斎と、年に2回やって来る朝の二人だけだった。
 元柳斎への感謝は尊敬に変わり、尊敬は忠義に変わった。佐陣は当たり前のように死神を志した。
 朝は元柳斎の元にやって来る度に、体が成長していた。
 朝は佐陣を見つける度に、飛びついてきた。師範であり、恩人の親族である朝に、佐陣はいつしか畏まって接するようになり、二人の温度差に困惑した。
「朝様、このような事はもう……」
朝を引き剥がしながら、佐陣は困ったように言った。しかしながら朝は不満げだ。
「佐陣様、朝と呼んでくださいませ!昔のように、朝、と!!」
「できません」
「呼んでください!!」
「朝様……私は春に死神の学校に入ります。元柳斎殿は、そこの創設者、私が死神になれば総隊長です。その親族の貴方を呼び捨てなど……」
「佐陣様はよいのです!!」
朝は佐陣の背中によじ登り、首に手を回した。佐陣は辟易してうなだれた。
「朝様…………」
「本当は死神にもなって欲しくありません。あれは直ぐに死にます。それに、死神になったら佐陣様はここにいらっしゃらなくなってしまう……」
朝は佐陣の首を掴む腕を締めて、苦しい程に佐陣を抱きしめた。
「佐陣様に会えぬのは……苦しい……」
佐陣は黙ってしゃがみ、朝を降ろしたが、朝は佐陣の首から離れなかった。
「…手紙を書きます。朝様に」
佐陣の一言で朝はパッと顔をあげて、身を乗り出して佐陣の顔を見た。
「本当にございますか?」
朝の顔が余りにも近く、佐陣は思わず顔を傾けた。
「はい。必ず」
「必ずですよ?!私も書きますから、必ず返事を書いてくださいね?!」
「はい」
朝は何度も念を押して佐陣の元から避って行った。
 朝が乗っていた部分が妙に熱く感じた。


 霊術院に入ると、佐陣は直ぐに朝に手紙を書いた。季節の候と、朝の体を案じること、授業内容なんかを書き、桜の花弁を封筒に入れた。
 朝からはすぐに返事が帰ってきた。貴族の令嬢が習う芸事の事、佐陣の内容への返事、そして佐陣の体を案じるのと一緒に、会いたいと書かれていた。
 その真意は佐陣には判断しかねるが、自分を待っていてくれる人がいるのは嬉しかった。
 朝の手紙には、頻繁に「会いたい」と書かれていた。
 年に一度、正月に道場へ顔を出すと、朝は必ずやって来た。毎年大人びていく朝のスキンシップは、佐陣にとっては苦行だった。
「朝様……もうあなたは立派な女性です。こんな行為はやめてください」
佐陣の胸に顔を埋める朝の肩を掴んで、佐陣は強めに言った。朝は佐陣の顔を覗き込んで、ニンマリ笑った。
「佐陣様は、わたくしを女性として見ておられるのですか?」
「当たり前です」
「緊張なさいますか?」
「お戯れを。恐縮するのです」
佐陣と朝が問答していると、離れた場所から視線を感じた。
「朝」
冷たい声に、朝の体が硬直したのが佐陣に分かった。
 声の主は朝の母親だった。
「嫁入り前の娘がはしたない。離れなさい」
母親の厳しい口調に、朝は借りてきた猫のようにおとなしくなり、佐陣から離れた。
「佐陣様、あなたもちゃんと突き放してください。それとも、この子に何か特別な想いでもお有りで?」
朝の母親の氷のような目が、佐陣に刺さった。朝は不安げに佐陣を見つめていた。
「……いいえ。私のような流れ者が、朝様に想いなど…………」
佐陣は頭を垂れて、地面を見ながら言った。一言一言が、佐陣の心臓を握りつぶすような感じがした。朝の顔なんて見れなかった。
「ええ、そうでしょう。存じております。朝、お分かり?佐陣様も困っていらっしゃるのだから、今後二度と夫となる男性以外に触れてはいけませんよ」
母親の問に、朝は答えなかった。
 母親は朝の手首を掴むと、引きずるように朝を連れて行った。朝は最後に泣きそうな目で佐陣を見て、避って行った。
 佐陣は何も言えず、何もできず、ただ見ている事しかできなかった。

 数日後、寮に戻ると、朝からの手紙が着いていた。
 〜〜〜〜〜
 佐陣様、お変わりありませんか。
 どうか、今までの無礼をお許しください。
 私は春に見合いをさせられます。
 会った事も、話した事も無い男性と結婚させられます。
 それが耐えられない程辛いのです。
 結婚するまでは、私は私のモノ。
 それまでは、少しでも長く佐陣様に触れていたかったのです。
 佐陣様のお気持ちを、寸分も考えなかった事は反省しております。困らせてしまい、申し訳ありませんでした。
 私は、どうしようも無いほど、あなたが好きなのです。
 あなたに助けていただいたあの日から、ずっと、お慕いしておりました。
 あなた以外の男性に抱かれるなんて、頭がどうにかなってしまいそう。
 佐陣様、あなたは私を女として見てくださいましたか。
 私は、あなたにとってどんな存在でしたか。
 佐陣様……愛しております。これからも、ずっと。

会いたい

〜〜〜〜〜〜
 佐陣は読み終わると、手紙を握りしめて動かなくなった。
 朝の気持ちは嫌でも気づいた。だが、佐陣はずっと目をつぶり、応えなかった。彼女は人間で、自分は獣人。交わる事など許されない。
 自分の気持ちを無視し続けて、朝に対してどんな感情を持っているかも考えないようにした結果がこれだ。 
 突然現実を突きつけられて、整理されなかった感情が、佐陣の息を止めた。

 朝様が、遠くへ行ってしまう。もう二度と、会えないのだ……。
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