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病める時も健やかなる時も(狛村佐陣)

3.勧誘

 その後佐陣は鶏粥を食べながら、二人から説明を受けた。
 朝は、元柳斎の兄嫁の妹の娘の孫という、かなり遠方の親族だが、元柳斎に懐いて夏と冬に会いに来ていると言った。元柳斎も朝を可愛がっているようだった。
 あの日、元柳斎にお別れの花輪を作るために朝は森に入り、男達に誘拐されかけた所を佐陣に助けられた。
 朝は、佐陣の為に決して誰にも佐陣の事を言わなかった。だが、元柳斎は朝に付いた霊圧で人獣だと気づいていたのと、人間と接触した人獣が一族を追放された例を聞いていた為、佐陣の身を案じて時間を見つけては探しに出ていたと言った。
「お主は、朝の命を救ってくれた。ありがとう。何としても助けたかった」
元柳斎が佐陣の手を握り、感謝を述べた。佐陣は人間に触れられる事に不慣れで、気まずそうにした。
「そうじゃ、お主、行き場が無いのならこの家に住まんか」
いきなりの申し出に佐陣は驚いたが、丁重に断った。
「私は獣人、人間の元では住めぬ故」
朝は酷く残念そうな顔をした。
「わたくしがいる間だけでも……駄目ですか?」
朝は、子犬のような目で佐陣を見つめた。こういう小動物のような生き物に、佐陣は弱かった。
「………す……少しの間なら…………」


 元柳斎の屋敷での生活は、佐陣にとって驚きの連続だった。
 まず、使いの者達に温かい湯に浸けられ、奇妙な液体を体に塗られた。酷い匂いがした。
 飯は朝、昼、夜の三食で、箸を持たされた。内容は、肉だけでは無く、米や野菜が出てきた。人参だけは、どうしても食べれなかった。
 布団は柔らかく、ぐっすり眠れた。朝になって目を覚ますと、別室にいるはずの朝が入り込んでいた。
 「お祖父様は、道場の師範も務めていらっしゃるのです」
朝の勧めで、ホッカムリをして道場を覗きに行った。
 扉の隙間から見ると、そこには昨日の穏やかな風貌とは一切異なり、門下生に激を入れる元柳斎がいた。一度木刀を握れば、何人束になろうと敵わなかった。
 佐陣は元柳斎の強さに見入った。
「強さとは、目を引きつけるものがあるな…」
佐陣がポロリとこぼすと、朝は佐陣を見上げて笑顔になった。
「お祖父様の刀は、ずっと見ていられます」
確かに、ずっと見ていたいな、と思っていると、元柳斎がコチラに気が付き、ずんずんと歩いて来た。
 逃げる暇もなく扉が開かれ、元柳斎が立ちはだかった。
「興味があるか?佐陣よ」
元柳斎の圧に気後れした佐陣は、謝って逃げようとしたが、元柳斎に手を掴まれた。
「そういえばお主、刀を持っていたな。ちと、以下ほどか見せてみよ」
元柳斎は佐陣を道場の中央に連れて行くと、木刀を寄越させ、佐陣に持たせた。朝も道場に入ってきて、床に座った。門下生が慌てて座布団を持ってきていた。
 佐陣の相手が呼ばれ、佐陣と同じくらいの身長の男が出てきた。
 男と佐陣が構えると、男が打ち込んできた。だが、その速さは、佐陣にとっては歩き始めの赤子のようだった。
 佐陣は簡単に勝ってしまった。朝は大喜びでピョンピョンと跳ねていた。
 すると、我も我もと佐陣との試合を望む者が出てきたが、元柳斎が佐陣を逃してくれた。朝もついてきた。
「素晴らしい一撃だった。佐陣よ」
元柳斎は、廊下の隅で佐陣の肩に手を置き、心を込めて褒めた。佐陣はまごついて、上手くお礼が言えなかった。
「その力、伸ばしてみたくはないか?」
力強い元柳斎の声が、佐陣の耳に響いた。
「お主は強く、霊力もある。お主が望むのなら、うちの門下に入り、稽古をつけよう。寝食の面倒は見るぞ」
元柳斎の言葉に佐陣は揺れたが、まだ人間を信用する事は出来なかった。断ろうとすると、朝が元柳斎の脇から顔を出し、佐陣の手を握った。
「是非、ここに居てくださいませ。朝は必ず会いに来ます」
また小動物の目だ。やめてくれ、断りにくくなる……。
 すると、道場の方から何人もの男が走ってきた。
「君!ぜひ、入門して、私と試合をしてくれ!」
「うむ!是非とも頼む!」
「君のような豪腕と戦いたい!」
男達は佐陣の素顔も知らないのに、必死に佐陣を勧誘した。一族を追放され、孤独に苦しんでいた佐陣には、強烈すぎる関わり方だった。
 押黙る佐陣を見て、元柳斎は門下生を下がらせ、佐陣の肩を2回優しく叩いた。
「直ぐに決めなくともよい。ゆっくり考えよ」
元柳斎はそう言うと、朝に佐陣を連れて行くよう言いつけた。
 朝は佐陣の手を引いて、自分の部屋に招き入れた。佐陣はホッカムリを取り、悩んでいる顔をした。朝は、佐陣の様子を見て、何か言わなければと口を開いた。
「佐陣様、朝は、佐陣様と居られて幸せにございます」
「なぜだ、こんな獣と…」
あの門下生達も、素顔を知れば、きっと態度を替えるに違いない。
「佐陣様は獣等ではございません。獣は、心なき人間が成り下がるモノと、お祖父様に習いました。あの狼藉達を殺さなかったのは、佐陣様に心があるからでございます」
男達を殺さなかった事を長く悔いていた佐陣は、初めて心を救い上げられた感覚になった。
「一族を危険に晒した私を、そのように言うてくれるのか……」
「佐陣様の御一族を襲ったのは、彼の男達。獣は奴らそのもの。佐陣様は、心ある武士にございます」
こんな少女の言葉が、何故自分を救うのか、佐陣は不思議だった。朝の言葉はまっすぐで、迷いが無かった。彼女が子供で、世間知らずだから、迷いなく言えるのだろうか…。
「モノノフとは…なんだ」
「強き者に立ち向かい、弱きを守る、正しき者だと教わりました」
「元柳斎殿にか?」
「はい」
 あの方に習えば、その武士というモノになれるのか。武士になれば、本当に正しい者になれるのか。正しい者になれば、追放された罪は許されるのか……。
 ここに居れば、孤独ではなくなるのか……。

 佐陣は3日悩んだ末、入門を決めた。
 朝はそれを聞くと大変喜んで、その後親の元に帰って行った。
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