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虹色の瞳の人(藍染惣右介)

7.見えない貴女と 最終話

 あと少しだった。
 100年身を潜めた破面もどきも、100年私を殺す機会を伺っていた裏切り者も全員、私の足元にすら届かなかったと言うのに、ただ一人の少年によって、私の夢は打ち砕かれた。
 緋宮様に会えると言う希望は、絶望に代わり、絶望を象徴するような闇に、私は幽閉された。
 今の私に、生きる意味などない。産まれた事さえ、後悔した。
 そして、そんな私を殺さない事は、死神からの最上の復讐になっている。

 

 
 藍染との決戦から数日後、浮竹と京楽はラスノーチェスに来ていた。二人の間に、年端もいかない黒髪の少年がいた。
「…で、藍染の置土産ってのは、どこにあるんだい?葛君」
葛(かずら)と言われた少年は、何かに耳を傾けるようにすると、浮竹と京楽の袖を引っ張って早足で歩いて行った。
「ここだよ」
少年が指を指した部屋は、他の部屋とは大分様子が変わっていた。大理石で出来た扉に、真鍮の取っ手。ひと目で、大切な物が保管されているのが分かった。
 浮竹が扉に触り、下から上までじっと見た。
「結界が張られているな。壊すから、君は下がっていなさい」
浮竹がしゃがんで扉に触れて詠唱をすると、結界が割れた。
 浮竹と京楽が扉を開けると、暗かった部屋に勝手に明かりがついた。
「何だこりゃあ……」
京楽が驚くのも頷ける。
 部屋に所狭しと置かれた機械やガラス管。その部屋の中央向かってチューブが伸び、そこには金細工が施されサテンの布が張られた椅子。そしてそこに座するのは……。
「これが……緋宮様か……」
浮竹の声がうわずる。昔守護についた時から大分様子が変わり、髪が白くなっていた。
 何故ここに、100年以上前に没した故人がいるのか……。
 京楽もまじまじと緋宮の顔を見て、体に繋がるチューブを手に取った。
「延命治療かね、これは…」
「緋宮は死んだよ」
浮竹と京楽の後ろで、葛が真っ直ぐ緋宮を見ながら言った。
「惣右介は、霊王の目を奪って、緋宮を生き返らせるつもりだったんだ。その為に、緋宮の体を保存していた」
「なんでまた……。彼は……藍染は、千年の巫女を何に使うつもりだったんだい?」
京楽が笠に手をやって葛を見据えた。
「使うんじゃ無い。二人は愛し合ってた。だから、一緒に暮らしたかったんだ……」
葛の顔がクシャクシャに歪んで、目に涙が浮かんだ。浮竹が葛の前にしゃがんで、頭を撫でた。
「今は、誰の気持ちかな?」
「ひ、緋宮……!うう……だから、お前キライなんだよ!!重いんだよ!!そんな後悔するなら、目を返さなきゃ良かったじゃんか!!!馬鹿!!!馬鹿緋宮!!!」
葛は何かを振り払うように手を振り回し、乱暴に涙を拭った。浮竹は憐れむように葛の背中をさすった。
「…何て言っているんだい?」
葛は鼻水をすすって、浮竹の優しい目を見る事で自身を落ち着かせた。
「私のせいで迷惑をかけた……って。本当だよ、バカ!!凄い後悔してる、目を返したのを。惣右介をそうさせたのは、私のせいだって………」
浮竹は葛を見て、後ろで座する緋宮を見た。緋宮の隣にいる京楽は、浮竹の視線で何かを感づいたように、笠をかぶり直して頷いた。
「我々は、緋宮様を、どうするべきだろうか?」
浮竹が葛を見上げながら言うと、葛の目からまた涙が溢れた。
「お前の為に泣いてるんじゃないからな!!………処分してほしいって言ってる……。体があるせいで、惣右介がまた凶行に走るから、って……」
「そうか……」
浮竹は立ち上がり、葛の肩に手を置くと、彼を労った。
「辛い事を我慢して言ってくれて、ありがとう」
「じゃあ、まあ、巫女様は一回連れて帰るとするかね」
京楽が緋宮に繋がるチューブを外し始めた。葛も駆け寄り、チューブを外した。
「葛君、巫女様は怒ってないかい?」
「怒ってない。ありがとうって言ってる」
「それなら良かったよ」
 緋宮の体は、京楽に背負われソウルソサエティに運ばれたのち、然るべき方法で供養された。


〜無間にて〜
 「ほい。じゃあ、口と左目は使えるよ」
 京楽が二本の鍵を持ち、横にいる葛に伝えた。
「ありがとう。京楽さん」
「本当についていかなくて大丈夫?」
京楽はしゃがんで、心配そうに葛の頭に手を置いた。葛の目に不安は無かった。
「大丈夫。緋宮がいるし。コイツ、ちゃんとケリつけたいみたいだから、他の男がいたら、言い辛いだろ?」
「そっか…じゃあ、気をつけて」
京楽が扉を開くと、葛は一人で暗闇の中に進んでいった。

 「何者だ、小僧」
 暗闇の中で、惣右介の声が響いた。目の前には、死白装ではなく、普通の着物を着た少年がいた。
「緋宮の言葉を伝えに来た」
葛の言葉に、惣右介の周りの空気が揺れた。霊力の弱い葛にも、惣右介の動揺が伝わってきた。
「その名は……貴様が簡単に呼んでいいものでは無い」
「緋宮の死体ならもう無いぞ。俺が見つけさせて、火葬させた」
惣右介の目が大きく開かれ、憎しみを込めて葛を睨んだ。
「小僧!!!!貴様………!!!!!」
「緋宮が願ったんだ!!!!!」
惣右介の声をかき消すように、葛が声を張り上げた。最愛の人の名に、惣右介の動揺が大きくなる。
「緋宮様が、話すはずがない……」
「俺は、死んで霊子になったやつの声が聴こえる」
「ふざけるな。適当な事を……」
「お前が母親を殺した事も、家族や育ての親を意図せず殺した事も知ってる」
「どこでその事を………それは、緋宮様しか……」
「だから!!!緋宮から聞いたんだ!!!」
葛が吠えると惣右介の目から疑いが消え、じっと葛を見つめた。
「……何の用でここに来た」
惣右介がようやく信じるようになり、葛はふう、と息を吐くと、しっかりと惣右介を見た。
「もう、霊王を狙っても意味がないぞ、って言うのと、あとお前を叱りに来た」
「私を……?貴様如きがか?」
「違う!!緋宮が、だ!!!」
葛は惣右介にツカツカと近寄り、椅子の下から惣右介を見上げると、惣右介のスネに思い切り蹴りを入れた。だが、そんなのは、惣右介にしたら風に吹かれた葉が肌を撫でるようなもので、眉一つ動かさなかった。逆に葛がつま先を押さえて悶絶していた。
 惣右介は黙って葛を見下ろしていた。
 葛は涙目で惣右介を睨み上げた。
「……っ!!お前、何で、緋宮の言うこと聞かなかったんだよ!!!誰も恨むなって、言われただろ!!!!」
「……誰も恨んではいない」
「嘘つくんじゃねえ!!緋宮を奪われたからって、お前は霊王に復讐しようとしたじゃねえか!!!」
「復讐ではない、目を取り返す為だ」
「あーもー!!!!いいよ!!屁理屈は!!」
葛はまた惣右介のスネを蹴った。今度は何度も何度も蹴った。
「お前が!!こんな事を!!したから!!!緋宮が2万年待つ羽目に!!なっただろ!!!」
葛は痛みで涙をためながら、惣右介を睨んだ。
「……どういう事だ」
惣右介の心臓が異様な鼓動を打った。自分が何か大きな間違いをしたかもしれないという不安が、惣右介を襲った。
 葛は惣右介を蹴るのをやめて、深呼吸をしてから惣右介を指差した。
「緋宮は、目を返す時に一つだけ願いを聞かれたんだ。だから、緋宮は、来世でお前と普通の人間として結ばる事を願った」
「………!!」
「お前がこんな事をしたせいで!!2万年無駄にしたんだぞ!!!大人しく緋宮の言うこと聞いてりゃよかったんだ!!馬鹿野郎!!!!何だよ2万年って!!訳分かんねえよ!!!」
葛はまくし立てるように一気に話したせいか、息切れをして、また深呼吸をした。
 惣右介は余りの衝撃に言葉を失い、呆然としていた。目は宙を漂い、過去を反芻するように視線を泳がせた。
「……そんな………緋宮様は、何も…………」
「言ったら、お前自殺しただろ………」
「……………っ!!!!」
計り知れない後悔に、惣右介の顔が歪み、うなだれる事ができず、ただ目を瞑った。
「……緋宮は、ずっとお前の側にいた」
葛の言葉に、惣右介がハッとして目を開けた。葛は、悲しそうな目で惣右介を見ていた。
「声は届かないけど、緋宮はずっとお前を見守ってて、お前を止めたがってた。まあ、それを知ってお前を止めなかった俺も悪いんだけど、俺弱いから、殺されるの、嫌だし」
葛は頭をガシガシかいて、困ったように眉間にシワを寄せた。
「あー……今から、全部緋宮の言葉で話すからな。嫌だなあ、これ、恥ずかしいし………」
葛は一回咳払いして目を瞑った。惣右介がそれを見守っていると、葛の口が開いた。
「惣右介………久しいな………」
声は葛のものだが、口調は緋宮そのものだった。惣右介の胸は震え、駆け寄りたい衝撃に駆られた。
「私のせいで……すまなかった。お前を凶行に走らせたのは……私だ。私の責任だ」
「緋宮様………違います。僕が……僕は貴女と……」
「惣右介、お前のしたことは、許されない。いかなる理由があろうと、殺生など言語道断。罰を甘んじて受けろ」
「……緋宮様………」
「だが、私も同罪だ。私も2万年、お前と共に無間で過ごす」
葛の目が開き、困惑しているような、怒っているような顔になった。
「待てよ緋宮!!俺はこんな所にいたくは………!!!ああ??そうか……そうかよ。………分かった」
葛は一人で喋り、一人で納得した。緋宮と何か話し終わったのが分かった。
「緋宮様は、残るのか?ここに……」
惣右介の目が葛を急かした。
「緋宮、何時でも転生できるけど、お前と一緒に無間に残るって。お前の罰を一緒に受けるって」
惣右介の目に生気が宿り、人間らしい顔つきになとった。葛は少しホッとして、頭の後ろで手を組んだ。
「緋宮様が…側に……」
惣右介は喜びを噛みしめるように、目を閉じた。
「まあ、喋れねえし見えねえけどな」
「……知れて良かった。ありがとう……」
「葛だ」
「葛……ありがとう」
「もう変な事すんなよ」
「……ああ」
 惣右介は、緋宮の気配を探るように目を閉じて身動きしなくなった。最初に入って来た時と比べると、大分穏やかな表情をしていた。
 葛は惣右介の表情を見届けて、くるりと背を向けたが、歩き出さず何かを考えていた。
「……もしお前が」
葛が話し出して、惣右介はふと目を開けた。
「ソウルソサエティに何か危険が迫った時、ソウルソサエティを守る為に戦うって約束すんなら、たまにここに来てやるよ」
葛は惣右介を見ずに言ったが、惣右介の周りの空気が柔らかくなったのを感じた。
「……緋宮様と、話をさせてくれるのか?」
期待に満ちた、嬉しそうな声が聞こえた。
「そうだ」
少し間をあけて、惣右介は微笑んだ。
「安すぎる代償だ」
「そっか、じゃあ、また今度な」
葛は歩き出し、無間から出ていった。

 無間の外では、京楽が待っていた。
「お帰り。大丈夫だったかい?」
葛は眩しさに目を細め、清々しい笑顔になった。
「うん。アイツ、多分もう変な事しないよ。約束してきた」
京楽は少し固まって、笠に手を持って行った。
「どうかねぇ。どーも信用できないんだよね、彼」
「大丈夫。緋宮と一緒にいるから」
葛はハッキリと言い切って、サッサと歩いて行った。

 無間では、惣右介の声が響いていた。
「今は、昼でしょうか、夜でしょうか」
「僕の感覚が正しければ、もうすぐ梅の季節です。緋宮様の名前が、始まりますね」
独り言を言っているにも関わらず、惣右介の声は穏やかで、愛おしそうだった。


終わり


また別の話で葛について書きたいです。
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