虹色の瞳の人(藍染惣右介)
6.希望に向かう狂気
「緋宮様のご遺体をこちらへ」
神官達は一糸纏わぬ二人を気にする体もなく、惣右介から緋宮を奪おうしてきた。
「やめてください…まだ……」
惣右介は背を向けて、緋宮を渡すまいとしたが、二人が惣右介の腕を掴んで取り押さえてきた。惣右介は床に膝をつき、両腕をガッチリ固められた。失礼が無いように、腰に着物を巻かれた。
「余韻に浸りたい気持ちは分かりますが、新鮮なうちに保全しないといけないのでね」
年長と思われる神官が、汚い物でも見るかのように惣右介を見下ろしてきた。
「せめて、着物を……」
運ばれる緋宮を悲痛な目で見ながら惣右介が懇願するが、神官達は聞かない。
「服など邪魔なだけだ。連れていけ」
神官の一言に、惣右介の頭に血が登った。
「それが、恩恵を受けていた者が言う言葉か!!」
緋宮の尊厳が守られない状況に、惣右介の言葉が強くなる。体が熱を持ち、手のひらにじわりと汗をかいた。
「緋宮様を返せ!!!」
惣右介の霊圧が開放され、惣右介を取り押さえていた神官が泡を吹いて倒れた。
緋宮を運ぼうとしていた神官も膝から崩れ落ち、緋宮から手を離した。
その瞬間、惣右介は緋宮の元にいた。左腕には緋宮を抱き、右手には斬魄刀を持っていた。
年長の神官は地面に突っ伏して荒い呼吸をしていたが、意識はあった。他の4人は気を失っていた。神官は片目で惣右介を見上げたが、その目には恐怖が映っていた。
「……緋宮様を……連れて、行くな………」
息も切れ切れに神官は言葉を放ったが、惣右介は聞かず、緋宮に着物を着せ始めた。
「生き返る……かも、しれない……」
「なに……?」
神官の言葉に惣右介が反応した。
「詳しく聞かせてくれるかな」
緋宮に着物を着せながら、惣右介は背中越しに神官に尋ねた。だが、惣右介の霊圧に圧迫されて、神官は話せなかった。
緋宮の着物を着せ終わると、惣右介は緋宮を壁にもたれさせ、自身の死白装を着始めた。神官は白目になって、泡を吹き始めていた。
「案外脆いんだな」
惣右介は神官の髪を掴むと、顔を上に向かせた。
「ほら、霊圧を緩めたから、話せるね?」
惣右介の言葉は優しいが、血を止めるような冷たさと狂気を孕んでいた。命の危機を感じる声だった。神官は大きく息を吸って、声を絞り出した。
「霊王が、地上に目を戻す時の為に、緋宮様の体が必要なのだ」
「霊王の目があれば、緋宮様は生き返るというのか?」
「そうだ。だから、新鮮なうちに保存しないと、目があっても、生き返らない……」
「……その保存施設は、この屋敷にあるのか?」
「ああ、私を連れていけ。機材を動かせるのは、私だけだ」
惣右介は霊圧を消して、神官を立たせた。神官はまだ辛そうだが、惣右介はそんな事気にしない。
緋宮を抱いて、神官についていくと、廊下の板が開いて、地下へ続く階段が出てきた。
地下施設には、異様にデカイ機械に、ガラス管に入った液体があり、中央に人一人入れるカプセルがあった。
「この中に、緋宮様を……」
神官は肩で息をしながら、機械を動かしてカプセルの蓋を開けた。
惣右介は緋宮をそっとカプセルに寝かせると、手の甲に口付けをした。
「少し、待っていてください」
惣右介が下がるとカプセルの蓋が閉まり、ガラス管に入っていた液体が、カプセルに移動した。
「これで、緋宮の体はこのまま腐ることなく保存される………」
神官は怯えた目で惣右介をチラリとみた。
惣右介は穏やかな、安心したような顔で、液に浸かっていく緋宮を見ていた。惣右介は神官に向き直り、微笑んだ。
「……ありがとうございました。酷いことをして、申し訳ありません」
穏やかな惣右介の表情に、神官は胸を撫でおろし、惣右介に笑顔を向けた。
「貴方にとって、大事な女性でしたからね」
「ええ、それで、出来れば僕の能力で、ここに強い結界を張りたいのですが、お許しいただけますか?」
惣右介の手が、斬魄刀に伸びる。神官は喜んだように笑った。
「そういう事は大歓迎です。ぜひよろしくお願いします」
惣右介はニコリと笑うと、鞘から刀を抜いた。
「砕けろ 鏡花水月」
惣右介が部屋から出るときにも、神官は機械の前で一人で喋っていた。まるで、そこにもう一人居るかのように。
廊下の板を閉めると、惣右介は屋敷を歩いて回った。会う者は全員殺した。叫ぶ前に、喉を切って。
二人で暮らしましょう。永遠に。
その為に、霊王を殺します。
貴女の目を取り返す為に、貴女の目が再び盗られないように。
憎んではいません。恨んでもいません。
だって、また貴女に会える機会をくれたから。
感謝に近い感情があります。
ただ、貴女と再び会う為に邪魔になるものは、全て消します。
誰を騙そうと、誰を裏切ろうと、誰を殺そうと、厭わない。
貴女に再び会う為なら。
貴女に言われた通り、僕は僕の好きな様に生きます。
それを、褒めてくれますか。
それを喜んでくれますか。
また僕を、抱きしめてくれますか。
時間は過ぎていき、現在へ。
「織姫」
惣右介は、ラスノーチェスの一室に、井上織姫を招き入れた。
「彼女を、蘇らせれるかい?」
藍染惣右介の目線の先には、椅子に腰掛ける白銀の髪の少女がいた。眠っているかのように、目を瞑り、首を傾けているが、彼女の呼吸は止まっている。人工的に脳に酸素を送り、血を循環させることで、形だけは生きている。
「あの人は……?」
管に繋がれた異様な姿に、織姫は息を呑んだ。惣右介は表情を変えずに椅子に座る少女に近づき、彼女の手を取った。
「私の……もっとも大切で、もっとも愛しい人だ」
感情を読み取れない男だと思っていた敵の親玉に、切ない、人間の表情が現れた。織姫は、声をかけられなかった。
惣右介は続ける。
「彼女さえ生き還れば、私はもう何もする必要がないんだ」
「何も……?」
「そうだ。何もしない。君も現世に帰す。黒崎一護達にも、死神達にも、空座町にも、何もしない」
本心から言っているが、織姫は疑う目つきで惣右介を見ていた。無理もない、今までの事がありすぎる。
「……彼女は、霊王に殺された」
惣右介の言葉に、織姫の眉が動いた。
「彼女を生き返らせるには、霊王の目が必要なんだ。だから、私は、霊王宮に行く為の、王鍵が必要だった……」
そう、必要だったのだ。井上織姫が現れるまでは。
「君の能力で彼女を生き返らせる事が出来れば、もう王鍵も霊王も必要なくなるんだ。井上織姫……緋宮様を、生き返らせてくれ……」
惣右介の懇願する目に、織姫は戸惑い、胸を押さえた。どうしようか、と迷っていたが、決意した目で惣右介を見た。
「もし、生き返らせる事ができたら、絶対に何もしないと、誓ってください」
惣右介の目が期待に満ち、人間らしい笑みになった。
「ああ、誓おう」
織姫はヘアピンに手を当て、治療を試みたが、盾は弾かれ、治療は叶わなかった。
織姫が惣右介を見ると、唇を噛み、眉間にシワを寄せて、失望しているのが、ありありと分かった。
「そうか……君の能力でも駄目なら……」
「待ってください!!!まだ……」
惣右介の目は、また何も読み取れない、怪物の目になっていた。織姫は恐怖から、口をつぐんだ。
「空座町を落とすしかないようだ」
「緋宮様のご遺体をこちらへ」
神官達は一糸纏わぬ二人を気にする体もなく、惣右介から緋宮を奪おうしてきた。
「やめてください…まだ……」
惣右介は背を向けて、緋宮を渡すまいとしたが、二人が惣右介の腕を掴んで取り押さえてきた。惣右介は床に膝をつき、両腕をガッチリ固められた。失礼が無いように、腰に着物を巻かれた。
「余韻に浸りたい気持ちは分かりますが、新鮮なうちに保全しないといけないのでね」
年長と思われる神官が、汚い物でも見るかのように惣右介を見下ろしてきた。
「せめて、着物を……」
運ばれる緋宮を悲痛な目で見ながら惣右介が懇願するが、神官達は聞かない。
「服など邪魔なだけだ。連れていけ」
神官の一言に、惣右介の頭に血が登った。
「それが、恩恵を受けていた者が言う言葉か!!」
緋宮の尊厳が守られない状況に、惣右介の言葉が強くなる。体が熱を持ち、手のひらにじわりと汗をかいた。
「緋宮様を返せ!!!」
惣右介の霊圧が開放され、惣右介を取り押さえていた神官が泡を吹いて倒れた。
緋宮を運ぼうとしていた神官も膝から崩れ落ち、緋宮から手を離した。
その瞬間、惣右介は緋宮の元にいた。左腕には緋宮を抱き、右手には斬魄刀を持っていた。
年長の神官は地面に突っ伏して荒い呼吸をしていたが、意識はあった。他の4人は気を失っていた。神官は片目で惣右介を見上げたが、その目には恐怖が映っていた。
「……緋宮様を……連れて、行くな………」
息も切れ切れに神官は言葉を放ったが、惣右介は聞かず、緋宮に着物を着せ始めた。
「生き返る……かも、しれない……」
「なに……?」
神官の言葉に惣右介が反応した。
「詳しく聞かせてくれるかな」
緋宮に着物を着せながら、惣右介は背中越しに神官に尋ねた。だが、惣右介の霊圧に圧迫されて、神官は話せなかった。
緋宮の着物を着せ終わると、惣右介は緋宮を壁にもたれさせ、自身の死白装を着始めた。神官は白目になって、泡を吹き始めていた。
「案外脆いんだな」
惣右介は神官の髪を掴むと、顔を上に向かせた。
「ほら、霊圧を緩めたから、話せるね?」
惣右介の言葉は優しいが、血を止めるような冷たさと狂気を孕んでいた。命の危機を感じる声だった。神官は大きく息を吸って、声を絞り出した。
「霊王が、地上に目を戻す時の為に、緋宮様の体が必要なのだ」
「霊王の目があれば、緋宮様は生き返るというのか?」
「そうだ。だから、新鮮なうちに保存しないと、目があっても、生き返らない……」
「……その保存施設は、この屋敷にあるのか?」
「ああ、私を連れていけ。機材を動かせるのは、私だけだ」
惣右介は霊圧を消して、神官を立たせた。神官はまだ辛そうだが、惣右介はそんな事気にしない。
緋宮を抱いて、神官についていくと、廊下の板が開いて、地下へ続く階段が出てきた。
地下施設には、異様にデカイ機械に、ガラス管に入った液体があり、中央に人一人入れるカプセルがあった。
「この中に、緋宮様を……」
神官は肩で息をしながら、機械を動かしてカプセルの蓋を開けた。
惣右介は緋宮をそっとカプセルに寝かせると、手の甲に口付けをした。
「少し、待っていてください」
惣右介が下がるとカプセルの蓋が閉まり、ガラス管に入っていた液体が、カプセルに移動した。
「これで、緋宮の体はこのまま腐ることなく保存される………」
神官は怯えた目で惣右介をチラリとみた。
惣右介は穏やかな、安心したような顔で、液に浸かっていく緋宮を見ていた。惣右介は神官に向き直り、微笑んだ。
「……ありがとうございました。酷いことをして、申し訳ありません」
穏やかな惣右介の表情に、神官は胸を撫でおろし、惣右介に笑顔を向けた。
「貴方にとって、大事な女性でしたからね」
「ええ、それで、出来れば僕の能力で、ここに強い結界を張りたいのですが、お許しいただけますか?」
惣右介の手が、斬魄刀に伸びる。神官は喜んだように笑った。
「そういう事は大歓迎です。ぜひよろしくお願いします」
惣右介はニコリと笑うと、鞘から刀を抜いた。
「砕けろ 鏡花水月」
惣右介が部屋から出るときにも、神官は機械の前で一人で喋っていた。まるで、そこにもう一人居るかのように。
廊下の板を閉めると、惣右介は屋敷を歩いて回った。会う者は全員殺した。叫ぶ前に、喉を切って。
二人で暮らしましょう。永遠に。
その為に、霊王を殺します。
貴女の目を取り返す為に、貴女の目が再び盗られないように。
憎んではいません。恨んでもいません。
だって、また貴女に会える機会をくれたから。
感謝に近い感情があります。
ただ、貴女と再び会う為に邪魔になるものは、全て消します。
誰を騙そうと、誰を裏切ろうと、誰を殺そうと、厭わない。
貴女に再び会う為なら。
貴女に言われた通り、僕は僕の好きな様に生きます。
それを、褒めてくれますか。
それを喜んでくれますか。
また僕を、抱きしめてくれますか。
時間は過ぎていき、現在へ。
「織姫」
惣右介は、ラスノーチェスの一室に、井上織姫を招き入れた。
「彼女を、蘇らせれるかい?」
藍染惣右介の目線の先には、椅子に腰掛ける白銀の髪の少女がいた。眠っているかのように、目を瞑り、首を傾けているが、彼女の呼吸は止まっている。人工的に脳に酸素を送り、血を循環させることで、形だけは生きている。
「あの人は……?」
管に繋がれた異様な姿に、織姫は息を呑んだ。惣右介は表情を変えずに椅子に座る少女に近づき、彼女の手を取った。
「私の……もっとも大切で、もっとも愛しい人だ」
感情を読み取れない男だと思っていた敵の親玉に、切ない、人間の表情が現れた。織姫は、声をかけられなかった。
惣右介は続ける。
「彼女さえ生き還れば、私はもう何もする必要がないんだ」
「何も……?」
「そうだ。何もしない。君も現世に帰す。黒崎一護達にも、死神達にも、空座町にも、何もしない」
本心から言っているが、織姫は疑う目つきで惣右介を見ていた。無理もない、今までの事がありすぎる。
「……彼女は、霊王に殺された」
惣右介の言葉に、織姫の眉が動いた。
「彼女を生き返らせるには、霊王の目が必要なんだ。だから、私は、霊王宮に行く為の、王鍵が必要だった……」
そう、必要だったのだ。井上織姫が現れるまでは。
「君の能力で彼女を生き返らせる事が出来れば、もう王鍵も霊王も必要なくなるんだ。井上織姫……緋宮様を、生き返らせてくれ……」
惣右介の懇願する目に、織姫は戸惑い、胸を押さえた。どうしようか、と迷っていたが、決意した目で惣右介を見た。
「もし、生き返らせる事ができたら、絶対に何もしないと、誓ってください」
惣右介の目が期待に満ち、人間らしい笑みになった。
「ああ、誓おう」
織姫はヘアピンに手を当て、治療を試みたが、盾は弾かれ、治療は叶わなかった。
織姫が惣右介を見ると、唇を噛み、眉間にシワを寄せて、失望しているのが、ありありと分かった。
「そうか……君の能力でも駄目なら……」
「待ってください!!!まだ……」
惣右介の目は、また何も読み取れない、怪物の目になっていた。織姫は恐怖から、口をつぐんだ。
「空座町を落とすしかないようだ」