虹色の瞳の人(藍染惣右介)
1.大炊御門緋宮梅桃桜(おおいのみかどひのみやうめももさくら)
常夜の城の一室に、王しか入らない部屋がある。
所狭しと並べられた機械に、大きなガラス管に入った異様な液体。それらの中央には、金細工を施し、サテン布が張られた椅子。
機械から出るチューブは、全てこの椅子に集まっていた。
否。
正確には、椅子の主の皮膚に伸びていた。
ドアが開き、ウェコムンドの王が入ってきた。
椅子の主を一目見ると、簡単に機械を動かし、チューブに液体を追加した。
王は、静かに歩み寄り、椅子の主の前に膝をつくと、手を取って、手の甲にキスをした。
「崩玉が、見つかりましたよ」
王は手を優しく握ったまま、椅子の主を見上げた。椅子の主は反応しない。だが、王は続ける。
「大丈夫。安心してください。全て上手くいきます」
王は、椅子の主の手を玉座に戻すと、主の膝に顔を埋めた。
「また、一緒に暮らしましょう…」
王は目を瞑った。
「二人だけで………」
藍染惣右介は、誕生と共に母を殺した。
産まれたばかりの惣右介の霊圧に、産後直後の母体が耐えられなかったのだ。
父親は、惣右介を忌み子として寺に捨てた。
惣右介は物心つくまで、結界の中で育てられた。
誰にも一度も、抱きしめられないまま。
成長すると、持ち前の才能で霊圧をコントロール出来るようになった。
ある日惣右介は寺を抜け出して、父親に会いに行った。
幼心で、霊圧さえコントロールできれば、また受け入れられると思っていた。
だが現実は違った。
父親も、兄弟も、惣右介を口汚く罵り、泣き、叫び、手当たり次第物を投げつけた。
その時の絶望は、推し量る事など、到底できない。
孤独と憎しみと不安と恐怖が、惣右介を蝕み、血のつながった家族を呪った。
全員同じ目に合えばいい、と思った。
寺に戻ったその夜、住職に家族の訃報を知らされた。家族同士で殺し合った、と言われた。
住職は、惣右介の顔から何か感づいたのかも知れないし、気づかなかったかも知れない。
どちらにしろ、十にもなると、死神の学校に入れられた。
惣右介が霊術院に入ってすぐ、育った寺も全焼して住職共々死んだ。
惣右介は、どちらも自分のせいかも知れない、と何処かで思っていた。
声が、ずっと聞こえていたからだ。
斬魄刀を握ってすぐ、疑念は確信に変わった。
自分の能力は、人を操れるのだと知った。あれは、能力の暴走だったのだ…。
惣右介は、家族殺しを隠すため、斬魄刀の能力も隠した。
だが、それに気づく者は、死神の中には現れなかった。
死神になって数年、惣右介は七席になっていた。眼鏡はつけていない。
主席合格、飛級卒業、卒業と同時に席官入り、誰もが羨む出世コース。整った容姿に、人を引きつける会話術。傍から見れば、何でも持っているように見えた。
だが、惣右介はだれもが持ち得る物を持っていない。それは何かは、惣右介すら、もう分からなくなっていた。
ただ、他人と自分が全く別物だと、強く感じていた。そのウヤムヤな感情は、自身への奢りと相まって、他人への侮蔑に変わった。
誰も僕を理解しない、誰も本当の僕を見ようとしない。誰もが、僕に都合の良いものを見せられて、それに気付きもしない。何てくだらない。何て、馬鹿馬鹿しい、馬鹿ばっかりだ。
廊下を歩きながら悶々と考えていると、いつしか隊主室に着いていた。
「藍染惣右介、到着致しました」
「入りなさい」
隊主室には、五番隊隊長と、平子副隊長。
平子副隊長は、多分僕の素顔に気づいている、面白い人だ。今日も、疑いの目で僕を見てくる。
「今度から、君には住み込みの任務に行ってもらうよ」
机の上で手を組みながら、隊長が穏やかに話しかけた。
「住み込みの、任務ですか?」
そんな任務があるとは、知らなかった。精霊艇から出るのは、現世任務か、流魂街への討伐くらいだと思っていた。
「この任務は、基本的に現世任務として処理される、極秘のモノだ。こうして口頭でしか伝えられない。書類には残らない。君を信用して、推薦した」
「それは、一体……」
隊長は先程よりも顔を強張らせて、真剣な目つきになった。
「霊王の目の守護だ」
3日後、惣右介は目隠しをされて、殺気石の手錠と首輪を着けられ、馬車に乗っていた。来た道を分からなくする為らしいが、惣右介には意味はない。だが、大人しくされるがままにされた。
馬車が止まると、手錠と首輪が外された。
促されて馬車から降りると、目の前に厳かな門があった。
門をくぐり、中に入ると、寝殿造りの広大な屋敷があった。何人住んでいるんだ…。
道案内役から、屋敷の使いへと変わり、惣右介は屋敷の中を進んだ。屋敷の中の人は、全員神職の格好をしていた。
大きな襖の前に来ると、使いの者は脇に寄り、扉の向こうに大声を張り上げた。
「御艇十三隊五番隊第七席!藍染惣右介殿!お着きになられました!」
「入れ」
中から声がすると、使いの者が襖を一気に開けた。
惣右介が中を見ると、ダダ広い座敷の間の一番奥に、金の屏風が立っており、その前に一人の巫女が座っていた。髪を後ろで結え、頭に銀の飾を着けていた。
早く入りなさい、と言われ、惣右介が中に入ると、直ぐに襖が締り、巫女と二人きりになった。
二人きりなんて不用心だな、と思いながら巫女の前まで行こうとしていると、巫女が話しだした。
「お前が私を殺す事は無い。だから、二人きりでもよいのだ」
惣右介の心中を見透かしたように、巫女が言い放った。まだ、表情が読める距離では無い。何故分かったのだろうか……。
「近くに寄れ、惣右介」
巫女が言い放ち、惣右介が早足で巫女の前に来て、正座をすると、巫女が惣右介の顔を覗き込んできた。
虹色の瞳をした、不思議な目だった。
巫女の瞳の中で光が乱反射するように、キラキラしていた。
惣右介は思わず見入った。
「お前を千年待っていた」
巫女は惣右介から顔を離し、フッと笑った。
「私は、大炊御門緋宮梅桃桜。霊王の目、千里眼を持つ巫女だ」
常夜の城の一室に、王しか入らない部屋がある。
所狭しと並べられた機械に、大きなガラス管に入った異様な液体。それらの中央には、金細工を施し、サテン布が張られた椅子。
機械から出るチューブは、全てこの椅子に集まっていた。
否。
正確には、椅子の主の皮膚に伸びていた。
ドアが開き、ウェコムンドの王が入ってきた。
椅子の主を一目見ると、簡単に機械を動かし、チューブに液体を追加した。
王は、静かに歩み寄り、椅子の主の前に膝をつくと、手を取って、手の甲にキスをした。
「崩玉が、見つかりましたよ」
王は手を優しく握ったまま、椅子の主を見上げた。椅子の主は反応しない。だが、王は続ける。
「大丈夫。安心してください。全て上手くいきます」
王は、椅子の主の手を玉座に戻すと、主の膝に顔を埋めた。
「また、一緒に暮らしましょう…」
王は目を瞑った。
「二人だけで………」
藍染惣右介は、誕生と共に母を殺した。
産まれたばかりの惣右介の霊圧に、産後直後の母体が耐えられなかったのだ。
父親は、惣右介を忌み子として寺に捨てた。
惣右介は物心つくまで、結界の中で育てられた。
誰にも一度も、抱きしめられないまま。
成長すると、持ち前の才能で霊圧をコントロール出来るようになった。
ある日惣右介は寺を抜け出して、父親に会いに行った。
幼心で、霊圧さえコントロールできれば、また受け入れられると思っていた。
だが現実は違った。
父親も、兄弟も、惣右介を口汚く罵り、泣き、叫び、手当たり次第物を投げつけた。
その時の絶望は、推し量る事など、到底できない。
孤独と憎しみと不安と恐怖が、惣右介を蝕み、血のつながった家族を呪った。
全員同じ目に合えばいい、と思った。
寺に戻ったその夜、住職に家族の訃報を知らされた。家族同士で殺し合った、と言われた。
住職は、惣右介の顔から何か感づいたのかも知れないし、気づかなかったかも知れない。
どちらにしろ、十にもなると、死神の学校に入れられた。
惣右介が霊術院に入ってすぐ、育った寺も全焼して住職共々死んだ。
惣右介は、どちらも自分のせいかも知れない、と何処かで思っていた。
声が、ずっと聞こえていたからだ。
斬魄刀を握ってすぐ、疑念は確信に変わった。
自分の能力は、人を操れるのだと知った。あれは、能力の暴走だったのだ…。
惣右介は、家族殺しを隠すため、斬魄刀の能力も隠した。
だが、それに気づく者は、死神の中には現れなかった。
死神になって数年、惣右介は七席になっていた。眼鏡はつけていない。
主席合格、飛級卒業、卒業と同時に席官入り、誰もが羨む出世コース。整った容姿に、人を引きつける会話術。傍から見れば、何でも持っているように見えた。
だが、惣右介はだれもが持ち得る物を持っていない。それは何かは、惣右介すら、もう分からなくなっていた。
ただ、他人と自分が全く別物だと、強く感じていた。そのウヤムヤな感情は、自身への奢りと相まって、他人への侮蔑に変わった。
誰も僕を理解しない、誰も本当の僕を見ようとしない。誰もが、僕に都合の良いものを見せられて、それに気付きもしない。何てくだらない。何て、馬鹿馬鹿しい、馬鹿ばっかりだ。
廊下を歩きながら悶々と考えていると、いつしか隊主室に着いていた。
「藍染惣右介、到着致しました」
「入りなさい」
隊主室には、五番隊隊長と、平子副隊長。
平子副隊長は、多分僕の素顔に気づいている、面白い人だ。今日も、疑いの目で僕を見てくる。
「今度から、君には住み込みの任務に行ってもらうよ」
机の上で手を組みながら、隊長が穏やかに話しかけた。
「住み込みの、任務ですか?」
そんな任務があるとは、知らなかった。精霊艇から出るのは、現世任務か、流魂街への討伐くらいだと思っていた。
「この任務は、基本的に現世任務として処理される、極秘のモノだ。こうして口頭でしか伝えられない。書類には残らない。君を信用して、推薦した」
「それは、一体……」
隊長は先程よりも顔を強張らせて、真剣な目つきになった。
「霊王の目の守護だ」
3日後、惣右介は目隠しをされて、殺気石の手錠と首輪を着けられ、馬車に乗っていた。来た道を分からなくする為らしいが、惣右介には意味はない。だが、大人しくされるがままにされた。
馬車が止まると、手錠と首輪が外された。
促されて馬車から降りると、目の前に厳かな門があった。
門をくぐり、中に入ると、寝殿造りの広大な屋敷があった。何人住んでいるんだ…。
道案内役から、屋敷の使いへと変わり、惣右介は屋敷の中を進んだ。屋敷の中の人は、全員神職の格好をしていた。
大きな襖の前に来ると、使いの者は脇に寄り、扉の向こうに大声を張り上げた。
「御艇十三隊五番隊第七席!藍染惣右介殿!お着きになられました!」
「入れ」
中から声がすると、使いの者が襖を一気に開けた。
惣右介が中を見ると、ダダ広い座敷の間の一番奥に、金の屏風が立っており、その前に一人の巫女が座っていた。髪を後ろで結え、頭に銀の飾を着けていた。
早く入りなさい、と言われ、惣右介が中に入ると、直ぐに襖が締り、巫女と二人きりになった。
二人きりなんて不用心だな、と思いながら巫女の前まで行こうとしていると、巫女が話しだした。
「お前が私を殺す事は無い。だから、二人きりでもよいのだ」
惣右介の心中を見透かしたように、巫女が言い放った。まだ、表情が読める距離では無い。何故分かったのだろうか……。
「近くに寄れ、惣右介」
巫女が言い放ち、惣右介が早足で巫女の前に来て、正座をすると、巫女が惣右介の顔を覗き込んできた。
虹色の瞳をした、不思議な目だった。
巫女の瞳の中で光が乱反射するように、キラキラしていた。
惣右介は思わず見入った。
「お前を千年待っていた」
巫女は惣右介から顔を離し、フッと笑った。
「私は、大炊御門緋宮梅桃桜。霊王の目、千里眼を持つ巫女だ」
1/9ページ