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短編

銀の簪(拳西)

 
 恋人なのか、友達なのか、セフレなのか、よく分からない関係。
 だが、俺達は愛し合ってた。
 お前の目が、手が、舌が、俺を好きだと言ってたし、俺も精一杯伝えてた。
 精霊廷ですれ違う時、俺達は目で互いに合図を出し合ってた。思い上がりじゃなく。
 足りないのは、言葉だけだった。
 だから、この訳わからない関係を終わらせようと思った。
 職人に作らせた銀の簪。
 大きな案件を片付けたら、これを渡して伝えるつもりだった。
 結婚しよう、と。



 結局簪を渡せないまま100年が過ぎ、俺は身一つで以前使っていた仕事部屋に戻ってきた。
 何もかもが変わり、100年前と思うと随分整理整頓が行き届いている。俺がいた時の煩雑な部屋とは別の場所のようだ。
「………流石に、捨てられてるよな………」
誰に聞かせる訳でも無い独り言を呟き、諦めを確信したいが為に、引き出しに手をかけた。
 あの事件の直前に、簪が入った箱をしまった引き出し。何回も入っているのを確認したから、忘れる訳がない。
 上から二番目の、少し底が深めになっているここが、保管場所に最適だと思ったんだ。この隊長机でないと、忘れちまいそうで。
 躊躇はあったが、諦めの方が強く、勢いに任せて、取っ手を一気に引っ張った。
「……………何でだよ…………」
引き出しの中には、スッカリくたびれた和紙の箱だけがポツンとあった。
「アイツ………死神を恨んでたんじゃねえのかよ……………」
震える手で箱を持ち上げると、茶色く黄ばんだ紙がカサリと崩れた。
 ゆっくりゆっくり、朽ちかけた箱を開くと、やはり同じように朽ちかけた紙が、何枚も重なっており、それらを取り払うと、ややくすんだ銀の簪が姿をあらわした。
「何で……こんなのだけ、律儀にとっとくんだよ………」
 これを大切に保管してくれていたのは、自分を裏切ったかつての部下。目の見えない、あの男だ。
 
 あいつが俺の何を理解していたのか、何かに共感したのか、もしくは同情なのかも、今では知りようが無い。
 だが、俺の何もかもが破棄された中で、これだけを手つかずのまま保管をしてくれていたのは、あいつが俺の感情を知った上での行動だ。
 人の想いが籠もった物を、あいつは捨てる事が出来なかったのだ。
「………訳わかんねえ……………」
簪を持ち上げると、金属がぶつかる、高く、澄んだ音がした。
 100年の時間をかけてようやく日の目を見た所で、コイツが使われる事もなけりゃ、100年の礼を言う事も、もう無い。ガランとした部屋に、虚しい金属の音だけが響く。
 
 結局、足りないのは言葉だけだったのだ。
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