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短編

じゃじゃ馬(四楓院夕四郎)


 朽木家にも分家がある。役割といえば、朽木家の血を絶やさない事が第一であり、分家の女は高潔な血を持つ子孫を産む為に、貴族との結婚が余儀なくされていた。
 朽木吉野も例外では無い。
 吉野は同年に産まれた四楓院夕四郎との婚姻を、物心がつく前に決められた。本人の意思は無関係である。
 7つになった時初めて夕四郎に会い、なんとも頼りなさそうな姿に、幼いなりにガッカリしたのは鮮明に記憶している。逆に、夕四郎の姉である夜一の堂々たる振る舞いにはいたく感激し、吉野はその日から夜一を意識した言動をするようになった。
 親も本家も良い顔はしなかったが、元来我の強い吉野は気にすることもなく、やりたいように振る舞った。
 
 夜一が御挺隊に入ると、夕四郎も後を追うように武術を習い始めた。だが、気が弱く甘えたな夕四郎は、吉野の目から見ても武術には向いていないように見えた。
 その日も、先生の寸止めに驚いてベソをかく夕四郎を、吉野は道場の隅で見ていた。
 
 俺が男で、コイツが女だったら、俺が死神になってコイツを貰うんだがな。

 姫らしからぬアグラをかきながら、吉野はボンヤリと思った。視線の向こうでは、涙と鼻水を袖で拭う夕四郎と、ニコニコしながら見守る先生がいた。
「そんなへなちょこより、俺に稽古つけてくれよ、先生」
先生は相変わらずのニコニコ顔を吉野に向けた。
「姫さんに稽古つけたら、俺が四楓院家を追い出されちまうからなあ、ハハハ」
吉野をこれ以上じゃじゃ馬にしない為に、四楓院家と朽木家が結託して四方に手を回しているのを吉野は知っている。
 吉野は小さく舌打ちをすると、プイッと顔をそらした。
「アンタは強くならなくてもいいさ。夕四郎がいるんだから」
先生はそう言って、鼻をすする夕四郎の肩をガッシリと掴んだ。熊のような先生の脇にいると、夕四郎の儚さがより目立ち、吉野は思わずため息をついた。
「そいつが?俺を守るって?本気で言ってんのかよ、先生」
「ああ、本気さ。夕四郎はそのうち夜一に引けを取らないくらい強くなる」
同情でも励ましでも無い、先生の自信たっぷりな声に、吉野だけでなく夕四郎自身もポカンとして先生を見つめた。
「ね、姉様に引けを取らないなんて、そ、そんな、僕なんかが………」
「夕四郎」
先生は夕四郎の肩を掴む手に力を込め、優しい、どっしりとした声で名前を呼んだ。その声で夕四郎の目の焦点がハッキリし、口を結んで、先生を見つめ返した。
 その目が今までのなよなよしたモノと違い、吉野はおや?と目を凝らした。
「そうだ。夕四郎。お前は大丈夫だ。時間は沢山ある、俺もいる」
「……はい!」
気を取り直した夕四郎を見て、先生はまたニッコリ笑い、夕四郎から手を離した。
 二人がまた向かい合い構えをとった所で、道場の扉が開いた。
「お嬢様!またここにいらして!!」
やってきたのは吉野の世話係の中年女だ。吉野はそちらには一瞥もせず、苦々しく顔をしかめた。
「婚姻前の男女がそうやすやすと!」
「あーあーあー!!!!喧しい喧しい喧しい!!!!!」
「なんですかその言い草は!朽木家の姫様はそのような…!!あなたも言って聞かせなさいな!!近衛先生!!!」
世話係の怒りが飛び火し、先生に燃え移った。だが先生はゆったりとした雰囲気を崩すことは無く、ハハハッと笑った。
「将来の夫婦が仲睦まじいのは良いことじゃないですか。安泰ですよ」
「睦まじくない!俺は先生に稽古つけてほしくて来ているだけだ!!」
「マッ!まだそんな事言って!!」
吉野はわざと地面を踏みつけるように立ち上がり、世話係の女を睨みつけた。
「貴族も女もまっぴらゴメンだ!!俺の自由はねえのかよ!!クソッタレ!!!」
吉野の言葉遣いをキーキー責め立てる世話係を無視し、吉野は走り去った。
 四楓院家の広大な敷地を出た辺りで、誰かに手首を掴まれた。
「吉野ちゃん」
夕四郎だった。息が上がる吉野とは違い、至って平然とした様子だ。それに苛ついた吉野は、乱暴に夕四郎の手を振り解いた。
「………俺だって、鍛錬すりゃお前より速く走れるようになる」
「うん。きっと吉野ちゃんならできるよ」
夕四郎は、近衛先生を思わせる落ち着いた声だった。先までベソをかいていた人物とは思えない。
「……馬鹿にしてんのかよ。口先ばっかで、何もできねえ女だと思ってんのか?」
「そんなわけない。僕は、吉野ちゃんが大好きだよ」
「あ?!」
余りにも突然の告白に、吉野は目を丸くし、夕四郎の猫目をジッと見た。
 夕四郎の目は余りにも純粋で、吉野は気遅れをするような感じがした。
「お……俺が…今までお前をなんて呼んでたか、聞いてたのかよ………」
「うん。確かに僕は、今、へなちょこだよ」
夕四郎は吉野から目をそらさない。
「ムカつかねえのかよ……」
「………吉野ちゃんから、勇気もらってるから」
「はあ?」
夕四郎は、困ったように頬をかいた。
「……僕、ホントは、武術苦手なんだ」
「………だろうな」
「吉野ちゃんも、芸事苦手でしょ?」
「ああ……まあ………」
「僕、吉野ちゃんみたいに、自分の思ったこと言えなくて……吉野ちゃんはいつも思ったことを直ぐ口に出せて凄いなあ、ってずっと思ってた」
夕四郎によく思われているとは思っても見なかった吉野は、なんと返していいか分からず、眉間にシワを寄せて夕四郎から目をそらした。
 夕四郎は背筋を伸ばし、鼻から大きく息を吸った。
「僕は、吉野ちゃんみたいに反抗はできない。でも、吉野ちゃんの想いは、背負えるよ」
「んだよ、それ」
「僕が、吉野ちゃんの分まで強くなる。吉野ちゃんができない事は、僕がやる。」
だから、と夕四郎が続けた。
「吉野ちゃんは、そのままの君で、僕の側にいて」
吉野は喉がつっかえて、上手く言葉が出なかった。
 自由奔放に振る舞っていても、周りから受け入れられない現実は吉野に孤独を突きつけていた。あるがままの自分を受け入れられたいと、ずっとどこかで願っていた。それがまさか、こんな形で叶うとは露ほど思っておらず、吉野は困惑した。
 返答の無い吉野を見て、夕四郎は不安そうに眉をさげた。
「………きっと、姉様より強くなるから………駄目?」
「何年後の話だよ!!」
吉野は夕四郎の手を振り払い、着物が乱れるのも気にせず大股で帰って行った。
 顔が、火が出そうなほど熱かった。

 それから、何度も四楓院家を訪れるも、なんとなく夕四郎に会いづらく感じ、吉野は物陰から隠れて夕四郎の鍛錬を盗み見した。
 夕四郎は変わらずべそかきだったが、それで諦める事など一度も無かった。

 なんだよ、あいつ…。へなちょこのクセに、強えじゃねえかよ………。
 
 吉野の頭にそんな気持ちが宿った時、不意に肩を掴まれた。
「…!!!!ひぁ!!!!」
驚いて尻もちをつくと、聞き慣れた笑い声が上から降ってきた。
「ハハハ!よう、姫さん!!久しぶりだなあ」
「せ、先生かよ…!卑怯だぞ!瞬歩使いやがって!!」
吉野は顔を真っ赤にして立ち上がると、先生の足を蹴った。先生は痛がる素振りを見せる事も無く、何も無かったかのように話を続けた。
「いやあ、姫さんが最近俺たちを避けてるように感じていたからさあ」
「さ…!避けてねえよ!!最近はちょっと忙しくて…」
「えー?物陰に隠れて見てたのにか?」
「気づいてたのかよ!!質わりいジジイだな!!!!」
「夕四郎、頑張ってるだろ」
夕四郎の名前が出た瞬間、吉野の動きがピタリと止まり、目が宙を泳いだ。何か言おうとしているが、口をパクパクするだけで、声が出ていなかった。
「声をかけてやってくれないか?姫さんから応援されりゃ、アイツ喜ぶだろうし」
「やだね!!!!!!!!!」
吉野は後ずさりしながら、特別大きな声を出した。
「俺の応援なんか無くても頑張れなきゃ、意味ねえだろ!!!!」
「おー。正論だなあ」
「お、俺だって!!アイツなんかより、頑張れるから!!!踊りだって、歌だって、すぐ上手くなってやるから!見てろ!!!!!」
吉野はそう吐き捨て、走って出て行った。
「吉野ちゃん、来ていたんですか?」
顔を洗っていた夕四郎が、吉野の大声を聞きつけてやって来たが、そこは既にもぬけの殻だった。
 すると、先生がいつになく嬉しそうな笑顔で夕四郎を見た。
「姫さん、花嫁修業頑張るってさ」
「え!!!!?????」
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