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短編

口の中の味(射場) 

 「鉄、起きろ。行くよ」
 良く通る、綺麗な声。
 草むらにいる鉄左衛門が寝転んだまま目線を上げると、ガラス玉見たいな瞳の女性が、鉄左衛門を見下ろしていた。
 顔に似つかわしくない、ギリギリ坊主にならない程の短い髪。鉄左衛門は、その髪を見るのが辛かった。

 彼女は、杉山蓮華。鬼厳城隊最後の女性隊士だ。他の女は、みんな異動した。
 鬼厳城は、女と見れば手を出そうとする男だった。部下かどうか何て関係ない、自分の隊は自分が好きにして良いと思っているのだ。
 危険を感じた女性達は皆、十一番隊を去っていった。
 正しい行動だと思う。
 蓮華は隊長である鬼厳城の誘いを跳ね除け続け、十一番隊に居座っている。
 それが鬼厳城には面白く無く、あの手この手で蓮華に嫌がらせをして来るようになった。
 この髪も、そうだ。鬼厳城の直近の部下が、女らしさなぞ不必要だなんて難癖をつけて、皆の前で無理矢理切ったのだ。
 蓮華は挫けなかったが、鉄左衛門は何も出来なかった自分を責めた。
 蓮華とは霊術院の時からの友人で、腐れ縁の様に一緒にいた。蓮華は綺麗な栗色の髪をしていて、十一番隊には勿体ない容姿をしていた。
 その髪が、切られた。
 蓮華の髪を切った奴らに、鉄左衛門は文句を言いに言ったが、多勢に無勢、返り討ちのリンチを受けた。
 髪を切っても堂々と隊に居座る蓮華を見て、鬼厳城は、蓮華には到底倒せなさそうな虚の討伐を言いつけるようになった。
 鉄左衛門は、蓮華に必ずついて行くようになった。
 次からは必ず守る、と心に誓って。

 「鬼厳城は馬鹿だな」
虚を倒し終わって、斬魄刀を鞘に収めながら蓮華が言った。
「これだけ強い虚を倒し続けてたら、嫌でも強くなるのに」
蓮華は鉄左衛門を見ながら、嫌味っぽく鼻で笑った。
「未だに、嫌がらせだと思ってるんだよ。頭まで肉になったかな」
「おう、そのまま思わしとけ。こうやって戦えるんじゃ、ありがたいわい」
鉄左衛門も刀を収めて、帰ろうと足を進めた。蓮華もついて来た。
「もうそろそろ、私一人でいいよ」
帰り道、蓮華が何気なく言った。鉄はもう、ついて来なくていいよ、と。
「あかん。お前一人じゃ無理じゃ」
蓮華を見ずに、鉄左衛門が冷たく言い放った。蓮華は思わず鉄左衛門を見上げた。
「何でそんな事言うんだよ。もう弱くない」
「どこがじゃ。今日かてワシが足を切ったから倒せたんじゃろ」
「鉄が勝手にやったんだろ」
「やらんとお前が倒せんからやってやったんじゃ」
「はあ?大きなお世話だよ」
蓮華は怒って先に走って行った。
 残された鉄左衛門は、頭を掻きながらため息をついた。
 蓮華が文句を言おうが、鉄左衛門はついて行く。蓮華を、あんなふざけた奴に殺されない為に。

 
 喧嘩何て日常茶飯事の二人は、今日も一緒に居酒屋にいた。
 酒を飲み交わしながら、くだらない話をグダグダ続けた。
「髪の毛、少し伸びたのう」
そう?と蓮華が髪を触った。
「早く伸びるとええのう。お前は長いのが似合っちょったけえ」
蓮華の目を見ないように、鉄左衛門は酒を注ぎながら言った。蓮華は頭に手を置いたまま、顔を赤らめた。
「長いほうが、かわいい?」
「誰がかわいいなんぞ言った。似合っとった言うたんじゃボケ」
鉄左衛門の冷たい態度に、蓮華の目が不満を訴えた。
「そんなだから、彼女できないんだよ」
「そんなもん、お前も一緒じゃろうが」
「私はいいんだよ、別に」
「なんでじゃ」
蓮華はそっぽを向いて、悲しそうな目をした。
「今は、鉄ぐらいしか味方がいないから……」
「ワシ一人おれば十分じゃろうが、贅沢言うな」
今度はしっかり蓮華を見て、鉄左衛門が力強く言った。蓮華はハッとしてから、フフッと笑った。
「…そうだね」
「そうじゃ」

 帰り道、夜風に当たりながらタバコを吸っていると、蓮華が奪おうとしてきた。
「ちょうだい」
「あかん。最後の一本」
それでも蓮華は無理矢理奪って、タバコを咥えて大きく煙を吸った。
 フーと吐き出してから、蓮華はタバコを鉄左衛門の口に返した。
「キツイね」
「もう軽いんは吸えんわい」
「ふーん。口の中が鉄と同じ味だ」
 おそらく酔っていたのだろう。酒が入ると、男と言う生き物は馬鹿になる。本能が理性より勝ってしまうのだ。なんとなく確信があれば尚更。
 鉄左衛門の口は、蓮華の口と重なっていた。2.3秒の短い間だけで、鉄左衛門は直ぐに離した。
「おんなじ味か……?」
蓮華は不思議な顔をしていた。驚いているのか、嬉しいのか分からない。ただ、嫌がってはいなさそうだった。
「……分からない……」
ボンヤリした声で、蓮華は言った。
 一瞬誘われているのかと思ったが、僅かばかり残った理性で耐えた。
 まだ手は出さない。鬼厳城を殺すまでは……。コイツを本当に救うまでは……。
「帰るぞ」
鉄左衛門はサングラス越に蓮華を見つつ、足を進めた。蓮華の顔が残念そうなのが、少し嬉しかった。
 二人は何事も無かったかのように喋りながら、それぞれの部屋に帰った。
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 次の日も、蓮華は朝から虚討伐を言い渡された。
 鉄左衛門は、蓮華に文句を言われつつもついて行った。ただ、文句を言いつつも、蓮華の顔は嬉しそうだった。
 何でも無いいつもの会話、何でも無いいつもの喧嘩、だけれど、二人の気持ちは、いつもとは違っていた。
 
 そしてもう一つ、違う事があった。

 「レン!!逃げろ!!!」
 向かった先には、遭遇した事の無い巨大虚。
 二人にはまだ巨大虚を倒す力は無く、始界する前に斬魄刀は折られた。
 鉄左衛門の脳裏に、鬼厳城の策略が浮かんだが、今はそんな事はどうでもいい。
 アイツだけは、守らんと……。
 巨大虚の鋭い爪が何度も体をカスる中、鉄左衛門は命からがら蓮華を引き寄せた。蓮華も至るところに切り傷があり、右腕を酷く負傷していた。
 鉄左衛門は気力を振り絞って蓮華を担ぐと、体に鞭打って走り出した。
「鉄!!まって!!何で逃げるんだ!!やめろ!!」
蓮華は肩の上で暴れたが、それでも鉄左衛門は蓮華を降ろさなかった。
「じゃかあしい!!!斬魄刀が折れてどうやって戦うんじゃ!!逃げるんじゃないわい!!立て直すんじゃ!!!」
「このまま帰って、あいつらに何されるか……!!」
蓮華の声には悲壮感が漂っていた。気丈に振る舞っているが、やはり辛かったのだ。
「なら儂と逃げりゃあええ!!」
蓮華の動きが止まった。
「お前となら、どこの隊にでも行ったる!!死神かて辞めたってええ!!」
「鉄……」
すると、蓮華の目に、先程の巨大虚が凄まじい速さで二人を追いかけて来るのが見えた。
 このままでは、直ぐに捕まる……。
 蓮華は一度目を瞑り、唇を噛むと、左指を鉄左衛門の背中に当てた。
「縛道の六十二、鎖状鎖縛」
途端に鉄左衛門の体は縛られ、地面に蓮華共々倒れた。
 蓮華は傷を押さえながら立ち上がり、涙目で鉄左衛門を見下ろした。
「レン!!なんじゃこれは!!!解け!!」
縛道を解こうと暴れるが、なすすべは無かった。それでも鉄左衛門は暴れ続けた。
「ありがとう、鉄」
「何する気じゃ!!!レン!!やめろ!!」
「鉄が居てくれたから、生きてこれた」
「何を……!!馬鹿野郎!!!」
「鉄は……生きて」
蓮華はそう言うと鉄左衛門に背を向けて、虚に向かって行った。
「蓮華ああああああああ!!!!」
 鉄左衛門は最後まで叫び続けたが、蓮華は振り返りもせず、虚の口の中に飛び込んで行った。
 その刹那、虚の体から幾筋かの光が漏れ、虚が爆発した。それと同時に、鉄左衛門の縛道が解けた。
 それは、術者の死を意味していた。
 朽ちて行く虚を見ながら、何も考えられずに鉄左衛門はフラフラと立ち上がった。
 現実を見る恐怖と、見ずにはいられない気持ちに困惑しながら近寄って行くと、蓮華がいた。
 
 地面に仰向けで寝そべり…………
 左肩から下半身にかけてが無くなっていた。

 鉄左衛門の目の前が真っ白になった。
 
 昔からの付き合いで
 ガラス玉の目は曇り
 昨日やっと口づけして
 下半身から背骨が見える
 同じ気持ちじゃと確信して
 左肩が無くて
 さっき、一緒に逃げようと………

「あああああああああああああああああ!!!!!」
地面に頭を打ち付け、何度も拳を打ち付けた。血が出ても、何故か痛みは無かった。それよりも、心臓がある筈の場所が異様に痛かった。
 先程担いだ時から半分以下になった軽い体を抱きかかえて、鉄左衛門は泣き続けた。
 

 昼になり、夕方になり、鉄左衛門は漸く顔を上げて、自分の死白装で蓮華の胸から下を包むと、両腕で抱きかかえて、ゆっくり帰っていった。
 胸には、鬼厳城への殺意しか無かった。
 
 だが、鉄左衛門の殺したい相手はもういなかった。
 
 殺されたのだ、新しい剣八に。

 鉄左衛門は新しい剣八に会うことも無く、殉教者の墓に蓮華を埋葬した。
 行き場を失った殺意に、鉄左衛門は苦しんだ。
 苦しんで苦しんで苦しみ続けた。苦しみ抜いた先に、自分に絶望した。

 弱いから、守れんかった。
 弱いから、死なせた。
 全部ワシが悪い。弱いワシが悪いんじゃ。

 射場鉄左衛門が戦いに没頭したのは、一人の死神の死がきっかけだった。
 自身を痛めつけて、何もかも投げ捨てて、出来ない鬼道も習得した。しかし、いつまで経っても絶望していた。

 だが、彼は救われる。
 それはまた別の話。
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