病める時も健やかなる時も(狛村佐陣)
2.追放
光代朝と出会って数週間が経った。
あれ以来朝とは会っていない。佐陣達の一族は、冬に向けて食料を集めていた。
ある日の夜、悲鳴で佐陣の目が覚めた。枕元の刀を掴んで闇夜に立つと、覚えのある人間の匂いがした。
朝を襲っていた人間の男達だ。
佐陣は直ぐに思い出し、殺さなかった事を後悔した。
「ひゃあっほぅっ!!獣人が山のようにいるぞ!!」
「殺して毛皮にしろ!!男の成獣は狙うな!!」
男達は女子供を狙って襲っているようだった。
すぐに暗闇に目が慣れ、佐陣は男達を斬り、首に噛みつき、殺した。幸いにも、死者は出なかった。
自分の責任は自分で始末したつもりだった。
佐陣は謝罪の為に長の元に向かった。
長の前に膝をつき、頭を垂れた。
「長、申し訳ございません。あの人間共、私が始末しなかった者で」
長の拳が佐陣の左頬にめり込み、佐陣の体が地面に打ち付けられた。
「何故殺さず帰ったのだ!!お主には常日頃何を教えていた!!!」
佐陣は直ぐに土下座をし、頭を地面に擦り付けた。
「……人間に見られれば、殺せ、と」
「そうだ!!!何故守らぬ!!!貴様のせいで、一族を危険に晒したのだぞ!?分かっておるのか!?」
長は激昂し、怒鳴り声か周りに響いた。一族一同、黙って長の言葉を聞き、佐陣に冷たい視線を投げた。
「私の処分は如何ほどにも……」
「追放しろ!!!」
佐陣の背中から声がした。佐陣の耳が立ち、毛が逆だった。
「そうだ!追放しろ!!コイツのせいで、うちの妻が殺されかけた!!」
「うちの子も怪我をした!!」
一族の大人達が声を揃えて、追放しろ、と言った。佐陣は後ろを振り向く事も、長を見る事もできなくなった。人より随分大きな体をしていても、佐陣はまだ子どもだった。
佐陣の呼吸が早くなり、口で息をした。こんなにも恐ろしい孤独は、生まれて始めてだった。
大人達の声は罵声に変わった。
佐陣は大きく息を吸い込むと、地面を転がる様にして走り去った。誰も追いかけては来なかったが、罵声と石が飛んできた。石が耳をかすった時、佐陣の血が凍るような気がした。
母も父も叔父も叔母も誰も助けてはくれず、佐陣は突然1人で生きて行かなくてはいけなくなった。
ありがたい事に、一族の中で培った知識のお陰で生きる事に不便は無かった。食料も寝床も1人の力で何とかなった。
だが問題は心だった。佐陣にはまだ、母の優しさが、父の導きが必要だった。
秋が過ぎて、冬になり、日の当たる時間が少なくなると、寂しさが佐陣を蝕んだ。
辛い…孤独とは、こんなにも辛いモノか……。
鹿の肉を焼きながらボンヤリと考えていると、知らないうちに寝てしまった。
佐陣が寝ているうちに火は消え、雪が降り始めた。だんだんと体に雪が積もった。だが佐陣は起きない。体が冷えて起きる事が出来なくなってしまったのだ。
佐陣の元に、1人の影が近づいているのにも気づかないまま、佐陣は眠り続けた。
目を覚ますと、温かい布が体にかかっていた。自分の下にもフワフワの布があった。
佐陣が体を起こすと、木の床や壁に囲まれていた。
人の住処だ!!
佐陣は立ち上がり、出口を探した。
少し離れた所に自分の刀があり、拾いあげていると、壁が動いた。
「起きたか、獣人の少年よ」
頭に傷があり、長い髭を垂らした老人が入ってきた。佐陣は刀を構え、後退りをした。
「人間か!!私に何をした!!」
老人は眉一つ動かさず、佐陣に近付いて来た。
「体を拭いて、着物を着替えさせた以外は何もしとらん」
「嘘付け!!人間の言う事は信じん!!」
後退していると、佐陣の背中が壁についた。老人はそれでも近づいて来る。
「本当じゃ。恩を仇で返す事は無い」
「恩…だと?貴様のような人間は知らぬ」
佐陣は刀を振り回して老人を除けようとしたが、老人は団扇を止めるように、臆さず佐陣の刀を掴んだ。途端に、佐陣の刀が動かなくなった。
何だこの老人の力は……!!
「ワシでは無い、ワシの親族がお主に会いたがっておる」
老人が刀を止めたまま、入ってきた所に目線を向けた。佐陣も釣られてそちらを見ると、少女が立っていた。
「……朝……?」
朝は立ったまま、手をもじもじさせて泣き出した。
「申し訳ありません……わたくしのせいで、怒られてしまったのですね」
朝は上を向いてワンワン泣き、佐陣に何度も謝った。佐陣は刀から手を離し、朝に近づいた。老人は刀を持ったまま、成り行きを見守った。
「お主のせいでは無い、私自身の身から出た錆だ。だから、泣くな。お主は悪くない」
佐陣は朝の手前で止まり、泣く朝をじっと見た。朝はそれでも頭を垂れて、佐陣に謝り続けた。
「わたくしが、あんな場所に行かなければ、貴方様は怒られなかったのに……」
「朝、もうよい。謝るな、顔をあげよ。朝」
言う事を聞かない朝に佐陣は辟易して、思い切って肉球のある手で朝の両頬を包んだ。
朝は驚いて佐陣を見上げた。
「ど、どうだ。柔らかいだろう」
なんて間抜けな泣き止ませ方だろう、と佐陣は自己嫌悪に陥った。
だが、これが意外に効いたようで、朝の涙は止まった。
「……柔らかぁい……」
朝は佐陣の片手を掴んで、肉球を触り笑った。佐陣はホッとして、片方の手を朝の頭に持っていった。
「お主は何も悪くない。頼むから、謝らないでくれ。お主を救った事を、過ちだと思わせないでくれ」
佐陣が言うと、朝は幼子らしく勢い良く頷いた。
佐陣は朝の頭から手を離し、部屋に佇む老人を見た。朝はまだ佐陣の肉球を触っていた。
「して、あの老人は何者だ?朝の祖父か?」
朝は肉球から目を離し、佐陣と老人を交互に見た。
「お祖父様をご存知ない方は始めてです。お祖父様は、御艇十三隊総隊長、一番隊隊長の山本元柳斎重國にございます」
光代朝と出会って数週間が経った。
あれ以来朝とは会っていない。佐陣達の一族は、冬に向けて食料を集めていた。
ある日の夜、悲鳴で佐陣の目が覚めた。枕元の刀を掴んで闇夜に立つと、覚えのある人間の匂いがした。
朝を襲っていた人間の男達だ。
佐陣は直ぐに思い出し、殺さなかった事を後悔した。
「ひゃあっほぅっ!!獣人が山のようにいるぞ!!」
「殺して毛皮にしろ!!男の成獣は狙うな!!」
男達は女子供を狙って襲っているようだった。
すぐに暗闇に目が慣れ、佐陣は男達を斬り、首に噛みつき、殺した。幸いにも、死者は出なかった。
自分の責任は自分で始末したつもりだった。
佐陣は謝罪の為に長の元に向かった。
長の前に膝をつき、頭を垂れた。
「長、申し訳ございません。あの人間共、私が始末しなかった者で」
長の拳が佐陣の左頬にめり込み、佐陣の体が地面に打ち付けられた。
「何故殺さず帰ったのだ!!お主には常日頃何を教えていた!!!」
佐陣は直ぐに土下座をし、頭を地面に擦り付けた。
「……人間に見られれば、殺せ、と」
「そうだ!!!何故守らぬ!!!貴様のせいで、一族を危険に晒したのだぞ!?分かっておるのか!?」
長は激昂し、怒鳴り声か周りに響いた。一族一同、黙って長の言葉を聞き、佐陣に冷たい視線を投げた。
「私の処分は如何ほどにも……」
「追放しろ!!!」
佐陣の背中から声がした。佐陣の耳が立ち、毛が逆だった。
「そうだ!追放しろ!!コイツのせいで、うちの妻が殺されかけた!!」
「うちの子も怪我をした!!」
一族の大人達が声を揃えて、追放しろ、と言った。佐陣は後ろを振り向く事も、長を見る事もできなくなった。人より随分大きな体をしていても、佐陣はまだ子どもだった。
佐陣の呼吸が早くなり、口で息をした。こんなにも恐ろしい孤独は、生まれて始めてだった。
大人達の声は罵声に変わった。
佐陣は大きく息を吸い込むと、地面を転がる様にして走り去った。誰も追いかけては来なかったが、罵声と石が飛んできた。石が耳をかすった時、佐陣の血が凍るような気がした。
母も父も叔父も叔母も誰も助けてはくれず、佐陣は突然1人で生きて行かなくてはいけなくなった。
ありがたい事に、一族の中で培った知識のお陰で生きる事に不便は無かった。食料も寝床も1人の力で何とかなった。
だが問題は心だった。佐陣にはまだ、母の優しさが、父の導きが必要だった。
秋が過ぎて、冬になり、日の当たる時間が少なくなると、寂しさが佐陣を蝕んだ。
辛い…孤独とは、こんなにも辛いモノか……。
鹿の肉を焼きながらボンヤリと考えていると、知らないうちに寝てしまった。
佐陣が寝ているうちに火は消え、雪が降り始めた。だんだんと体に雪が積もった。だが佐陣は起きない。体が冷えて起きる事が出来なくなってしまったのだ。
佐陣の元に、1人の影が近づいているのにも気づかないまま、佐陣は眠り続けた。
目を覚ますと、温かい布が体にかかっていた。自分の下にもフワフワの布があった。
佐陣が体を起こすと、木の床や壁に囲まれていた。
人の住処だ!!
佐陣は立ち上がり、出口を探した。
少し離れた所に自分の刀があり、拾いあげていると、壁が動いた。
「起きたか、獣人の少年よ」
頭に傷があり、長い髭を垂らした老人が入ってきた。佐陣は刀を構え、後退りをした。
「人間か!!私に何をした!!」
老人は眉一つ動かさず、佐陣に近付いて来た。
「体を拭いて、着物を着替えさせた以外は何もしとらん」
「嘘付け!!人間の言う事は信じん!!」
後退していると、佐陣の背中が壁についた。老人はそれでも近づいて来る。
「本当じゃ。恩を仇で返す事は無い」
「恩…だと?貴様のような人間は知らぬ」
佐陣は刀を振り回して老人を除けようとしたが、老人は団扇を止めるように、臆さず佐陣の刀を掴んだ。途端に、佐陣の刀が動かなくなった。
何だこの老人の力は……!!
「ワシでは無い、ワシの親族がお主に会いたがっておる」
老人が刀を止めたまま、入ってきた所に目線を向けた。佐陣も釣られてそちらを見ると、少女が立っていた。
「……朝……?」
朝は立ったまま、手をもじもじさせて泣き出した。
「申し訳ありません……わたくしのせいで、怒られてしまったのですね」
朝は上を向いてワンワン泣き、佐陣に何度も謝った。佐陣は刀から手を離し、朝に近づいた。老人は刀を持ったまま、成り行きを見守った。
「お主のせいでは無い、私自身の身から出た錆だ。だから、泣くな。お主は悪くない」
佐陣は朝の手前で止まり、泣く朝をじっと見た。朝はそれでも頭を垂れて、佐陣に謝り続けた。
「わたくしが、あんな場所に行かなければ、貴方様は怒られなかったのに……」
「朝、もうよい。謝るな、顔をあげよ。朝」
言う事を聞かない朝に佐陣は辟易して、思い切って肉球のある手で朝の両頬を包んだ。
朝は驚いて佐陣を見上げた。
「ど、どうだ。柔らかいだろう」
なんて間抜けな泣き止ませ方だろう、と佐陣は自己嫌悪に陥った。
だが、これが意外に効いたようで、朝の涙は止まった。
「……柔らかぁい……」
朝は佐陣の片手を掴んで、肉球を触り笑った。佐陣はホッとして、片方の手を朝の頭に持っていった。
「お主は何も悪くない。頼むから、謝らないでくれ。お主を救った事を、過ちだと思わせないでくれ」
佐陣が言うと、朝は幼子らしく勢い良く頷いた。
佐陣は朝の頭から手を離し、部屋に佇む老人を見た。朝はまだ佐陣の肉球を触っていた。
「して、あの老人は何者だ?朝の祖父か?」
朝は肉球から目を離し、佐陣と老人を交互に見た。
「お祖父様をご存知ない方は始めてです。お祖父様は、御艇十三隊総隊長、一番隊隊長の山本元柳斎重國にございます」