このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

病める時も健やかなる時も(狛村佐陣)

2.追放

 光代朝と出会って数週間が経った。
 あれ以来朝とは会っていない。佐陣達の一族は、冬に向けて食料を集めていた。
 ある日の夜、悲鳴で佐陣の目が覚めた。枕元の刀を掴んで闇夜に立つと、覚えのある人間の匂いがした。
 朝を襲っていた人間の男達だ。
 佐陣は直ぐに思い出し、殺さなかった事を後悔した。
「ひゃあっほぅっ!!獣人が山のようにいるぞ!!」
「殺して毛皮にしろ!!男の成獣は狙うな!!」
男達は女子供を狙って襲っているようだった。
 すぐに暗闇に目が慣れ、佐陣は男達を斬り、首に噛みつき、殺した。幸いにも、死者は出なかった。
 自分の責任は自分で始末したつもりだった。
 佐陣は謝罪の為に長の元に向かった。
 長の前に膝をつき、頭を垂れた。
 「長、申し訳ございません。あの人間共、私が始末しなかった者で」
長の拳が佐陣の左頬にめり込み、佐陣の体が地面に打ち付けられた。
「何故殺さず帰ったのだ!!お主には常日頃何を教えていた!!!」
佐陣は直ぐに土下座をし、頭を地面に擦り付けた。
「……人間に見られれば、殺せ、と」
「そうだ!!!何故守らぬ!!!貴様のせいで、一族を危険に晒したのだぞ!?分かっておるのか!?」
長は激昂し、怒鳴り声か周りに響いた。一族一同、黙って長の言葉を聞き、佐陣に冷たい視線を投げた。
「私の処分は如何ほどにも……」
「追放しろ!!!」
佐陣の背中から声がした。佐陣の耳が立ち、毛が逆だった。
「そうだ!追放しろ!!コイツのせいで、うちの妻が殺されかけた!!」
「うちの子も怪我をした!!」
一族の大人達が声を揃えて、追放しろ、と言った。佐陣は後ろを振り向く事も、長を見る事もできなくなった。人より随分大きな体をしていても、佐陣はまだ子どもだった。
 佐陣の呼吸が早くなり、口で息をした。こんなにも恐ろしい孤独は、生まれて始めてだった。
 大人達の声は罵声に変わった。
 佐陣は大きく息を吸い込むと、地面を転がる様にして走り去った。誰も追いかけては来なかったが、罵声と石が飛んできた。石が耳をかすった時、佐陣の血が凍るような気がした。
 母も父も叔父も叔母も誰も助けてはくれず、佐陣は突然1人で生きて行かなくてはいけなくなった。

 ありがたい事に、一族の中で培った知識のお陰で生きる事に不便は無かった。食料も寝床も1人の力で何とかなった。
 だが問題は心だった。佐陣にはまだ、母の優しさが、父の導きが必要だった。
 秋が過ぎて、冬になり、日の当たる時間が少なくなると、寂しさが佐陣を蝕んだ。
 辛い…孤独とは、こんなにも辛いモノか……。
 鹿の肉を焼きながらボンヤリと考えていると、知らないうちに寝てしまった。
 佐陣が寝ているうちに火は消え、雪が降り始めた。だんだんと体に雪が積もった。だが佐陣は起きない。体が冷えて起きる事が出来なくなってしまったのだ。
 佐陣の元に、1人の影が近づいているのにも気づかないまま、佐陣は眠り続けた。


 目を覚ますと、温かい布が体にかかっていた。自分の下にもフワフワの布があった。
 佐陣が体を起こすと、木の床や壁に囲まれていた。
 人の住処だ!!
 佐陣は立ち上がり、出口を探した。
 少し離れた所に自分の刀があり、拾いあげていると、壁が動いた。
「起きたか、獣人の少年よ」
頭に傷があり、長い髭を垂らした老人が入ってきた。佐陣は刀を構え、後退りをした。
「人間か!!私に何をした!!」
老人は眉一つ動かさず、佐陣に近付いて来た。
「体を拭いて、着物を着替えさせた以外は何もしとらん」
「嘘付け!!人間の言う事は信じん!!」
後退していると、佐陣の背中が壁についた。老人はそれでも近づいて来る。
「本当じゃ。恩を仇で返す事は無い」
「恩…だと?貴様のような人間は知らぬ」
佐陣は刀を振り回して老人を除けようとしたが、老人は団扇を止めるように、臆さず佐陣の刀を掴んだ。途端に、佐陣の刀が動かなくなった。
 何だこの老人の力は……!!
「ワシでは無い、ワシの親族がお主に会いたがっておる」
老人が刀を止めたまま、入ってきた所に目線を向けた。佐陣も釣られてそちらを見ると、少女が立っていた。
「……朝……?」
朝は立ったまま、手をもじもじさせて泣き出した。
「申し訳ありません……わたくしのせいで、怒られてしまったのですね」
朝は上を向いてワンワン泣き、佐陣に何度も謝った。佐陣は刀から手を離し、朝に近づいた。老人は刀を持ったまま、成り行きを見守った。
「お主のせいでは無い、私自身の身から出た錆だ。だから、泣くな。お主は悪くない」
佐陣は朝の手前で止まり、泣く朝をじっと見た。朝はそれでも頭を垂れて、佐陣に謝り続けた。
「わたくしが、あんな場所に行かなければ、貴方様は怒られなかったのに……」
「朝、もうよい。謝るな、顔をあげよ。朝」
言う事を聞かない朝に佐陣は辟易して、思い切って肉球のある手で朝の両頬を包んだ。
 朝は驚いて佐陣を見上げた。
「ど、どうだ。柔らかいだろう」
なんて間抜けな泣き止ませ方だろう、と佐陣は自己嫌悪に陥った。
 だが、これが意外に効いたようで、朝の涙は止まった。
「……柔らかぁい……」
朝は佐陣の片手を掴んで、肉球を触り笑った。佐陣はホッとして、片方の手を朝の頭に持っていった。
「お主は何も悪くない。頼むから、謝らないでくれ。お主を救った事を、過ちだと思わせないでくれ」
佐陣が言うと、朝は幼子らしく勢い良く頷いた。
 佐陣は朝の頭から手を離し、部屋に佇む老人を見た。朝はまだ佐陣の肉球を触っていた。
「して、あの老人は何者だ?朝の祖父か?」
朝は肉球から目を離し、佐陣と老人を交互に見た。
「お祖父様をご存知ない方は始めてです。お祖父様は、御艇十三隊総隊長、一番隊隊長の山本元柳斎重國にございます」
2/14ページ
スキ