このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

病める時も健やかなる時も(狛村佐陣)

11.山茶花

 朝と夫婦になって半年が過ぎた。
 木に茂っていた葉はすっかり落ち切り、冬がやって来た。この季節は朝が産まれた季節だ。

 狛村佐陣は十三番隊にいた。目の前には、副隊長の志波海燕。
「俺なんかでいいんスか?」
七番隊の隊長が他隊の副隊長に何の用だ、と言わんばかりの顔。佐陣は畏まり、鉄笠が前方に傾いたまま動かない。
「うむ……時間を取らせてすまぬ」
そういいつつも、肝心の話題を切り出さない佐陣に、海燕は若干呆れ始めた。
「そう言うなら何の用か、早く言ってくださいよ」
「うっ…うむ。すまぬ」
佐陣は肩を強張らせて、深呼吸をした。
「貴公は、奥方への贈り物はどうしている……?」
「は?」
詳しく話を聞くと、近々妻の誕生日だが、女性に贈り物をした事が無いため困っている、と……。
「え、え〜……奥さんの好きな物あげたらいいんじゃ……」
実は、それはもう聞いた。何が好きかと聞いたら、佐陣だと返ってきてしまって困っているのだ。だが、そんな惚気けた話は出来ない……。
「狛村が悩んで決めた物なら、きっと何でも喜ぶさ」
突然声がして、部屋に入って来たのは、白髪の男……。
「聞いていたのか、浮竹………」
焦りを顔に出さないように、佐陣は低めの声を出した。
「やっぱさあ、女性には簪とか、着物とかがいいんじゃないかなあ?」
続いて入って来たのは、京楽だった。
 こんなにも沢山の者が自分の悩みを知っている事に、佐陣の顔から火が出そうだった。
 皆は笑わないし、馬鹿にしないが、今までした事が無かった相談をすると言うのに抵抗があった。
「やはり、女性には花でしょう。種類も豊富、それぞれ花言葉もありますから、想いも伝わりますよ」
「卯ノ花隊長……」
浮竹の薬を持ってきた卯ノ花も加わった。
 一つの部屋に5人が集まり、それぞれが好き勝手話した。
 だが、佐陣の心は決まりつつあった。
「花………か……」
「あら、興味あるようでしたら、花言葉の本をお貸ししましょうか?」
「よろしいですか?助かります」
「結局俺必要無かったじゃないですか」
海燕が不満そうに体を反らした。
「会話の糸口に必要だったさ」
浮竹がフォローする。
「すまなかった、志波副隊長」
「いーえー、喜んでくれるといいですね」
海燕はヒラヒラと手を降った。

 翌日、卯ノ花が本を貸してくれた。
 休憩中に本の中を見ると、色とりどりの花がびっしり描かれていた。
 この季節に出回る花は少ない。
 パラパラとページをめくり見ていると、一つの花が目に止まった。

 帰り道、佐陣は花屋に寄り、本を見せながら花を見繕って貰った。

 朝の誕生日の日は仕事だった。副隊長にお願いして早めに帰らせてもらい、花屋に寄った。

 「今帰った」
 玄関で鉄笠を脱ぎながら佐陣は部屋の向こうに声をかけた。花束は背中に隠した。
 パタパタと足音がして、朝が顔を出した。驚いた顔をしていた。
「佐陣様!お早いお帰りですね。何かございましたか?」
「朝よ」
佐陣の前まで朝が寄ってきて、嬉しそうに顔を覗き込んだ。無邪気な子供のようだった。
「誕生日おめでとう」
朝の目の前に差し出したのは、美しい桜色に染められた和紙で包んだ、ピンクと赤の山茶花の花束だった。
「山茶花……?」
「やはり朝は教養があるな。儂は椿と違いがわからん」
佐陣は玄関から上がり、朝の手に花束をもたせた。
「私への、贈り物でございますか?」
「そうだ。花にはそれぞれ言葉があると教えて貰った。合う花を選んでみたのだ」
朝は夢心地な目で、キラキラしながら山茶花を見つめた。
「存じております…」
ーーー赤い山茶花は「謙譲」「あなたが最も美しい」
ーーーピンクの山茶花は……「永遠の愛」
「ありがとうございます……佐陣様」
「喜んでくれるか?」
「もちろんでございます。幸せです」
「それはよかった」
佐陣は朝の肩を抱いて、部屋へといざなった。
 佐陣が隊長羽織をかけて、着流しに着替えている間も、朝はずっと花束を見ていた。
 佐陣が腰掛けると、朝は佐陣の懐にスッポリ収まってきた。
「佐陣様。毎年、山茶花をいただけませんか」
「山茶花で良いのか?」
「はい。これが良いです。佐陣様のお気持ちをいただけているようで、心が温かくなります」
「…そうか。ならばそうしよう」

 山茶花は美しい染め付けの花器に生けられた。朝はそのうちの、赤とピンクの花を一輪ずつ取ると、本に挟んだ。
「何をしたのだ」
「押し花にしました。花は散るから美しいといえど、無くなってしまうのは寂しいですから」
 朝の押し花は、栞になり、毎年増えていった。
11/14ページ
スキ