病める時も健やかなる時も(狛村佐陣)
10.更木剣八と狛村佐陣
次の日、改めて隊主会で十一代目剣八、もとい更木剣八の紹介がされた。
歓迎するものは少なく、志波と浮竹と京楽くらいしか声をかけなかった。
だが更木は気にする様子も無く、平然と東仙と浮竹の間に並び、殺す相手を探すかのように、向かいの隊長達を見渡していた。
更木は自由気ままで、事務仕事は禄にやりはしないが、元柳斎の言う事だけは文句を言いつつも聞いた。隊主会すら出なかった鬼厳城よりかはまともかと思われたが、好戦的な性格を良く思う隊長は少なかった。
何故か志波だけは、更木に目をかけているように思えた。
何故更木を気にするのか聞くと、「人は環境次第でどうにでもなるからな。あいつが生きてきた環境を知らねえで判断できねえよ」と言われた。
志波の気持ちを知ってか知らずか、更木は他の者にするように志波にも粗雑な対応をしていた。
ある日の夜、朝と外食をした帰り道に、更木と草鹿に会った。向こうもこちらも着流しだった。
「やあ、更木、草鹿。夕食の帰りか?」
「まあな」
更木はそれだけ言って、佐陣の横を通り過ぎて行った。
相変わらずな奴だな、と思って朝を見ると、真っ青な顔になって冷や汗をかいていた。
「どうした、朝。顔色が悪いぞ」
佐陣が朝の背中を支えると、何かが着物の裾を引っばった。
「こまむー、ごめんね。剣ちゃん霊圧凄いから、普通の人すぐ倒れちゃうの。本当はもっと喋りたかったんだよ?」
足元で、草鹿が申し訳なさそうに佐陣を見上げていた。
「お嬢さん、私は大丈夫ですよ。心配してくださって、ありがとうございます」
朝は気力を振り絞って、草鹿の頭をなでた。草鹿は嬉しそうな顔をすると、更木を追いかけて行った。
佐陣は朝を抱き上げて、帰って行った。
次の日も、朝は具合が悪そうだった為、佐陣は簡単に粥を作って朝に食べさせてから出勤した。
隊舎に着くと、門の前に更木が居た。肩にはいつも通り草鹿が乗っていた。
「よう」
「どうした。儂に用か?」
「あのね、剣ちゃん、昨日の事ごめんねって言いに来たの」
肩から草鹿が身を乗り出して、更木の代わりに言った。更木は気不味そうに、頬を掻いた。
驚いたな。人並みに他人を心配する心があったか……。
「お主の霊圧は知っておる。慣れてしまい、迂闊に近づいたこちらの責任だ。気にするな」
佐陣が言うと、草鹿が、よかったねえ、と更木の顔を覗き込んだ。更木は、佐陣の鉄笠をじっと見ていた。
「……あの女はてめえの何だ」
意外な質問に、佐陣は一瞬思考が止まった。
「……。妻だ」
草鹿が、お嫁さん?キャー!と騒いでいる横で、更木は不満げな顔をしていた。
「あんなカス見たいな霊力の奴がか?」
更木が言わんとしている事が佐陣には分からず、黙って更木を見た。
その時、志波の言っていた言葉を思い出し、更木の生い立ちを考えた。
「…お主は、霊力の優れた者としか一緒におれぬ生活をして来たのか?」
質問を質問で返されたからか、生い立ちに興味を持つ者が初めてだからか、更木の目が見開き、鉄笠の奥にある佐陣の目を探した。
「それもあるが…何の為に弱え奴といるのかって聞いてんだ」
「何の為に、か……」
さてどうしたものか……この血に飢えた野生の獣に、何と言えば、愛だの恋などが伝わるのだろうか。いや、その前に、いい年した自分がそういう事を、いい年した男に説明するのが、恥ずかしい……。
「………あー……お主は、草鹿が戦えない存在でも、今のように共に生活するか?」
「あ?やちるは俺の霊圧が平気だから一緒にいんだよ。でなかったら、会ってねえ」
「そうか……儂の妻も、儂が平気で儂を良いと言ってくれて、共に居てくれるのだ」
「答えになってねえよ。何でお前が選んだのかって聞いてんだ」
「選ぶ……か。その言葉がどれだけ奢った考えか、いつか分かると良いな」
議論に飽きたのか、欲しかった答えが貰えなかったからか、更木は舌打ちをして踵を返した。
大股でズンズン歩いて行く更木の背中に向かって、佐陣は声をかけた。
「更木よ、草鹿に感謝しろよ」
「うるせえよ」
更木は数歩歩いた所で、ピタリと足を止めて振り返った。
「俺もてめえも、戦いでいつか死ぬんだ。家族なんて意味ねえのに、何で作ったのか気になっただけだ。邪魔したな」
更木はそう言って、道の先に消えていった。
獣すら、無意識に伴侶を探してつがうと言うのに。
戦いの中に身を置きながらも、中途半端な理性がある為に、愛情の意味を考えてしまう更木を、佐陣はいささか哀れに思った。
だが、その姿は、数年間までの自分自身に重なって見えた。周りが当たり前に持っている者を、とうの昔に諦めていた、あの頃の自分だ。
だからと言って、なんと声をかければ良いかも分からないし、更木は声をかけて欲しがっているとも思えない。
佐陣は更木に介入することはせず、ただ同じ隊長として当たり障りなく接した。
更木から浮いた話は聞かなかったが、戦いに明け暮れる死神の生活は、彼にとっては充実した日々のようだった。
次の日、改めて隊主会で十一代目剣八、もとい更木剣八の紹介がされた。
歓迎するものは少なく、志波と浮竹と京楽くらいしか声をかけなかった。
だが更木は気にする様子も無く、平然と東仙と浮竹の間に並び、殺す相手を探すかのように、向かいの隊長達を見渡していた。
更木は自由気ままで、事務仕事は禄にやりはしないが、元柳斎の言う事だけは文句を言いつつも聞いた。隊主会すら出なかった鬼厳城よりかはまともかと思われたが、好戦的な性格を良く思う隊長は少なかった。
何故か志波だけは、更木に目をかけているように思えた。
何故更木を気にするのか聞くと、「人は環境次第でどうにでもなるからな。あいつが生きてきた環境を知らねえで判断できねえよ」と言われた。
志波の気持ちを知ってか知らずか、更木は他の者にするように志波にも粗雑な対応をしていた。
ある日の夜、朝と外食をした帰り道に、更木と草鹿に会った。向こうもこちらも着流しだった。
「やあ、更木、草鹿。夕食の帰りか?」
「まあな」
更木はそれだけ言って、佐陣の横を通り過ぎて行った。
相変わらずな奴だな、と思って朝を見ると、真っ青な顔になって冷や汗をかいていた。
「どうした、朝。顔色が悪いぞ」
佐陣が朝の背中を支えると、何かが着物の裾を引っばった。
「こまむー、ごめんね。剣ちゃん霊圧凄いから、普通の人すぐ倒れちゃうの。本当はもっと喋りたかったんだよ?」
足元で、草鹿が申し訳なさそうに佐陣を見上げていた。
「お嬢さん、私は大丈夫ですよ。心配してくださって、ありがとうございます」
朝は気力を振り絞って、草鹿の頭をなでた。草鹿は嬉しそうな顔をすると、更木を追いかけて行った。
佐陣は朝を抱き上げて、帰って行った。
次の日も、朝は具合が悪そうだった為、佐陣は簡単に粥を作って朝に食べさせてから出勤した。
隊舎に着くと、門の前に更木が居た。肩にはいつも通り草鹿が乗っていた。
「よう」
「どうした。儂に用か?」
「あのね、剣ちゃん、昨日の事ごめんねって言いに来たの」
肩から草鹿が身を乗り出して、更木の代わりに言った。更木は気不味そうに、頬を掻いた。
驚いたな。人並みに他人を心配する心があったか……。
「お主の霊圧は知っておる。慣れてしまい、迂闊に近づいたこちらの責任だ。気にするな」
佐陣が言うと、草鹿が、よかったねえ、と更木の顔を覗き込んだ。更木は、佐陣の鉄笠をじっと見ていた。
「……あの女はてめえの何だ」
意外な質問に、佐陣は一瞬思考が止まった。
「……。妻だ」
草鹿が、お嫁さん?キャー!と騒いでいる横で、更木は不満げな顔をしていた。
「あんなカス見たいな霊力の奴がか?」
更木が言わんとしている事が佐陣には分からず、黙って更木を見た。
その時、志波の言っていた言葉を思い出し、更木の生い立ちを考えた。
「…お主は、霊力の優れた者としか一緒におれぬ生活をして来たのか?」
質問を質問で返されたからか、生い立ちに興味を持つ者が初めてだからか、更木の目が見開き、鉄笠の奥にある佐陣の目を探した。
「それもあるが…何の為に弱え奴といるのかって聞いてんだ」
「何の為に、か……」
さてどうしたものか……この血に飢えた野生の獣に、何と言えば、愛だの恋などが伝わるのだろうか。いや、その前に、いい年した自分がそういう事を、いい年した男に説明するのが、恥ずかしい……。
「………あー……お主は、草鹿が戦えない存在でも、今のように共に生活するか?」
「あ?やちるは俺の霊圧が平気だから一緒にいんだよ。でなかったら、会ってねえ」
「そうか……儂の妻も、儂が平気で儂を良いと言ってくれて、共に居てくれるのだ」
「答えになってねえよ。何でお前が選んだのかって聞いてんだ」
「選ぶ……か。その言葉がどれだけ奢った考えか、いつか分かると良いな」
議論に飽きたのか、欲しかった答えが貰えなかったからか、更木は舌打ちをして踵を返した。
大股でズンズン歩いて行く更木の背中に向かって、佐陣は声をかけた。
「更木よ、草鹿に感謝しろよ」
「うるせえよ」
更木は数歩歩いた所で、ピタリと足を止めて振り返った。
「俺もてめえも、戦いでいつか死ぬんだ。家族なんて意味ねえのに、何で作ったのか気になっただけだ。邪魔したな」
更木はそう言って、道の先に消えていった。
獣すら、無意識に伴侶を探してつがうと言うのに。
戦いの中に身を置きながらも、中途半端な理性がある為に、愛情の意味を考えてしまう更木を、佐陣はいささか哀れに思った。
だが、その姿は、数年間までの自分自身に重なって見えた。周りが当たり前に持っている者を、とうの昔に諦めていた、あの頃の自分だ。
だからと言って、なんと声をかければ良いかも分からないし、更木は声をかけて欲しがっているとも思えない。
佐陣は更木に介入することはせず、ただ同じ隊長として当たり障りなく接した。
更木から浮いた話は聞かなかったが、戦いに明け暮れる死神の生活は、彼にとっては充実した日々のようだった。