東仙編
その日、東仙の足取りは重かった。
十番隊から出た隊長達への回覧書類を、十一番隊に持っていかないと行けないからだ。一級機密書類を副隊長の檜佐木に任せる訳にもいかず、東仙自ら十一番隊に向かった。更木とは、水と油の関係な東仙が十一番隊に行くのは、1年ぶりだ。
昨年行った時は酷かった………。
隅の方に固まるホコリ、異臭を放つ厠、酒とタバコの匂いが染付いた隊舎……。
九番隊とは別次元の場所かと見間違う惨状だった。
「はあ……」
もうすぐ十一番隊に着いてしまう。
東仙がため息をついていると、門の所に女性隊士二人の気配がした。箒を持っている?
どうやら、彼女らは門前の掃除をしているらしい。東仙は、場所を間違えたのかと思った。十一番隊士が掃除をする訳が無い、と思っていたからだ。
「すまないが、十一番隊舎はここかな?」
東仙は、掃除をしている女性達に声をかけた。彼女達は初めて東仙に気づいたように、びっくりした霊圧が伝わってきた。
「ととと、東仙隊長?!えと、ここ、です!!!」
一人が吃りながら答え、一人が門を開けて、中に入って行った。
「班長!!東仙隊長がみえました!!」
中に入った女性が、上の者を呼んだようだ。
ここが本当に十一番隊なのか…。掃除をする隊士もいたんだな。
東仙がそう考えていると、新しい霊圧が近付いて来た。彼女達より、ずっと強い霊圧だ。そしてこの霊圧の持ち主も……女性だ。
「東仙隊長。はじめまして。四席の霧島真と申します。申し訳ありませんが、隊長副隊長をはじめ、上位席官は今私だけでして……」
彼女は落ち着いた、そして丁寧な物言いで東仙に話しかけた。こんな子が、更木の隊にいたんだな……。
「更木は、今どこにいるのかな?約束をしていてね」
東仙はなるべく優しく話しかけた。霧島四席から、気まずそうな空気が伝わってきた。
「すみません。東仙隊長……更木隊長は、昼過ぎから寝ていまして……」
彼女は非常に申し訳なさそうに、東仙に頭を下げた。
また昼寝か、あの男は!!!なぜ業務時間中に寝るんだ!!!だが、彼女は関係無いのに、こんな風に謝って……。更木め……部下に苦労をかけるな!!
東仙は心中の怒りを抑えて、霧島真に笑顔を見せた。
「いや、君が謝る事じゃないよ。だが、今どうしても手渡しをしないといけない書類があってね。中で待たせてもらえるかな」
「はい…申し訳ありません。ご案内いたします」
すると霧島真は部下と思われる、二人の女性を呼んだ。
「瑠香、申し訳ないけど、私の掃除道具を片付けておいて。カナタは私と一緒に来て、東仙隊長にお茶をお出しして」
「「はい」」
二人の女性は気持ちのいい返事をして、それぞれバラけた。
真の部下が門を手で押さえて、東仙が通る道を作った。真と東仙が並んで歩くと、彼女は後ろからついてきた。
隊舎前の庭を歩いていると、タバコを吸っている者や、固まって博打をする者などがいたが、その全てを真は叱っていた。
「やめないか!東仙隊長の前だぞ!!見苦しい」
真とその部下以外は、東仙が抱いていたイメージそのものだった。何故彼女達だけ、礼儀正しいのか、東仙には不思議だった。そして、十一番隊の隊舎は、昨年とは見間違うほど綺麗になっていた。
貴賓室に東仙を通すと、真は東仙の向かいのソファに座った。女性らしい、静かな座り方だった。
「更木隊長が寝てから、もうすぐ2時間が経つので、そろそろ起きると思うんですが……」
「ああ、気にしないでくれ。先も言ったが、君が謝る事じゃないよ」
「はい…ありがとうございます」
すると、先程付いてきていた女性が、お茶を持ってきた。
「し、失礼します!お茶をお持ちしました!」
彼女は慣れない手つきで、東仙の前にお茶を置いた。
「ありがとう」
東仙がお礼を言うと、彼女は驚き、勢いよくお辞儀して出ていった。
「今の子は、君が教育を?君は、教育係なのかい?」
お茶をすすりながら、東仙が真に聞いた。
「いえ、私は教育係ではありません。彼女は私の班員です」
「十一番隊に、班なんてあったかな」
東仙はお茶を置いた。
「私が、隊長に頼んで作ったんです」
「反対されなかったかい?」
「いえ、反対は……。ただ、条件つきですが」
「条件?」
「……私が四席以下になったり、班から死者が出たら、取り潰しです」
東仙は真の班に興味を持ち、身を乗り出した。
「なぜ君は、班を作りたかったんだ?」
「………それは………」
真が喋りだした時、東仙の神経を逆なでる霊圧が近付いて来た。禍々しい…獣のような霊圧……。
「更木隊長が起きたようですね。呼んできます」
真は足早に部屋から出ていった。
穏やかな時間が終わり、あの知性の欠片もない男と話さなくてはならない事に、東仙の気が滅入った。
勢いよく扉が開き、更木が首を掻きながら入ってきた。後ろにいた真が、東仙に一礼して扉を閉めた。せめて彼女がいてくれたら、雰囲気も違っただろうに……。
「よう、なんの用だ」
更木が、先まで真がいたソファにドカリと座った。
「なんの用だじゃない、連絡しただろう」
東仙の声が低く強くなる。
「そうだったっけか?」
「もういい、さっさと読んで十二番隊に持っていけ!」
「十二番隊にだあ?断る。涅に持って行くなんてゴメンだぜ」
「お前は何故そうワガママなんだ更木!!!」
真のいる執務室まで、二人の声は響いてきた。
東仙隊長……更木隊長に真正面から正論言ってる……。
数分後、貴賓室から東仙が出て来た。額に手を当てて、ため息をついていた。よっぽど疲れたのだろう。手には、来たときと同じ封筒が握られていた。
「お疲れ様です……東仙隊長」
執務室から真が出てきて、東仙に声をかけた。
「聞こえていたかい?見苦しい話を聞かせてしまったね」
「いえ……お見送りいたします」
真は東仙の横に立って歩き出した。彼女の落ち着いた声に、幾分か心が落ち着いた。
「僭越ながら申し上げますが、更木隊長に正論は通じませんよ」
東仙隊長の言うことは正しいですが、と真は続けた。
「……ありがとう。私の事を正しいと言ってくれて。ここには、味方はいないと思っていたよ」
東仙は道の先を向きながら笑った。真は難しい顔をしながら、東仙を見た。
気づくと門まで来ていた。東仙は真に向き直り、見えない姿に向かって礼を言った。
「見送りありがとう。……また機会があったら、君の話が聞きたいよ」
真は答えず、頭を下げて東仙を見送った。
東仙は背中に真の霊圧を感じながら、十二番隊に向かった。
十番隊から出た隊長達への回覧書類を、十一番隊に持っていかないと行けないからだ。一級機密書類を副隊長の檜佐木に任せる訳にもいかず、東仙自ら十一番隊に向かった。更木とは、水と油の関係な東仙が十一番隊に行くのは、1年ぶりだ。
昨年行った時は酷かった………。
隅の方に固まるホコリ、異臭を放つ厠、酒とタバコの匂いが染付いた隊舎……。
九番隊とは別次元の場所かと見間違う惨状だった。
「はあ……」
もうすぐ十一番隊に着いてしまう。
東仙がため息をついていると、門の所に女性隊士二人の気配がした。箒を持っている?
どうやら、彼女らは門前の掃除をしているらしい。東仙は、場所を間違えたのかと思った。十一番隊士が掃除をする訳が無い、と思っていたからだ。
「すまないが、十一番隊舎はここかな?」
東仙は、掃除をしている女性達に声をかけた。彼女達は初めて東仙に気づいたように、びっくりした霊圧が伝わってきた。
「ととと、東仙隊長?!えと、ここ、です!!!」
一人が吃りながら答え、一人が門を開けて、中に入って行った。
「班長!!東仙隊長がみえました!!」
中に入った女性が、上の者を呼んだようだ。
ここが本当に十一番隊なのか…。掃除をする隊士もいたんだな。
東仙がそう考えていると、新しい霊圧が近付いて来た。彼女達より、ずっと強い霊圧だ。そしてこの霊圧の持ち主も……女性だ。
「東仙隊長。はじめまして。四席の霧島真と申します。申し訳ありませんが、隊長副隊長をはじめ、上位席官は今私だけでして……」
彼女は落ち着いた、そして丁寧な物言いで東仙に話しかけた。こんな子が、更木の隊にいたんだな……。
「更木は、今どこにいるのかな?約束をしていてね」
東仙はなるべく優しく話しかけた。霧島四席から、気まずそうな空気が伝わってきた。
「すみません。東仙隊長……更木隊長は、昼過ぎから寝ていまして……」
彼女は非常に申し訳なさそうに、東仙に頭を下げた。
また昼寝か、あの男は!!!なぜ業務時間中に寝るんだ!!!だが、彼女は関係無いのに、こんな風に謝って……。更木め……部下に苦労をかけるな!!
東仙は心中の怒りを抑えて、霧島真に笑顔を見せた。
「いや、君が謝る事じゃないよ。だが、今どうしても手渡しをしないといけない書類があってね。中で待たせてもらえるかな」
「はい…申し訳ありません。ご案内いたします」
すると霧島真は部下と思われる、二人の女性を呼んだ。
「瑠香、申し訳ないけど、私の掃除道具を片付けておいて。カナタは私と一緒に来て、東仙隊長にお茶をお出しして」
「「はい」」
二人の女性は気持ちのいい返事をして、それぞれバラけた。
真の部下が門を手で押さえて、東仙が通る道を作った。真と東仙が並んで歩くと、彼女は後ろからついてきた。
隊舎前の庭を歩いていると、タバコを吸っている者や、固まって博打をする者などがいたが、その全てを真は叱っていた。
「やめないか!東仙隊長の前だぞ!!見苦しい」
真とその部下以外は、東仙が抱いていたイメージそのものだった。何故彼女達だけ、礼儀正しいのか、東仙には不思議だった。そして、十一番隊の隊舎は、昨年とは見間違うほど綺麗になっていた。
貴賓室に東仙を通すと、真は東仙の向かいのソファに座った。女性らしい、静かな座り方だった。
「更木隊長が寝てから、もうすぐ2時間が経つので、そろそろ起きると思うんですが……」
「ああ、気にしないでくれ。先も言ったが、君が謝る事じゃないよ」
「はい…ありがとうございます」
すると、先程付いてきていた女性が、お茶を持ってきた。
「し、失礼します!お茶をお持ちしました!」
彼女は慣れない手つきで、東仙の前にお茶を置いた。
「ありがとう」
東仙がお礼を言うと、彼女は驚き、勢いよくお辞儀して出ていった。
「今の子は、君が教育を?君は、教育係なのかい?」
お茶をすすりながら、東仙が真に聞いた。
「いえ、私は教育係ではありません。彼女は私の班員です」
「十一番隊に、班なんてあったかな」
東仙はお茶を置いた。
「私が、隊長に頼んで作ったんです」
「反対されなかったかい?」
「いえ、反対は……。ただ、条件つきですが」
「条件?」
「……私が四席以下になったり、班から死者が出たら、取り潰しです」
東仙は真の班に興味を持ち、身を乗り出した。
「なぜ君は、班を作りたかったんだ?」
「………それは………」
真が喋りだした時、東仙の神経を逆なでる霊圧が近付いて来た。禍々しい…獣のような霊圧……。
「更木隊長が起きたようですね。呼んできます」
真は足早に部屋から出ていった。
穏やかな時間が終わり、あの知性の欠片もない男と話さなくてはならない事に、東仙の気が滅入った。
勢いよく扉が開き、更木が首を掻きながら入ってきた。後ろにいた真が、東仙に一礼して扉を閉めた。せめて彼女がいてくれたら、雰囲気も違っただろうに……。
「よう、なんの用だ」
更木が、先まで真がいたソファにドカリと座った。
「なんの用だじゃない、連絡しただろう」
東仙の声が低く強くなる。
「そうだったっけか?」
「もういい、さっさと読んで十二番隊に持っていけ!」
「十二番隊にだあ?断る。涅に持って行くなんてゴメンだぜ」
「お前は何故そうワガママなんだ更木!!!」
真のいる執務室まで、二人の声は響いてきた。
東仙隊長……更木隊長に真正面から正論言ってる……。
数分後、貴賓室から東仙が出て来た。額に手を当てて、ため息をついていた。よっぽど疲れたのだろう。手には、来たときと同じ封筒が握られていた。
「お疲れ様です……東仙隊長」
執務室から真が出てきて、東仙に声をかけた。
「聞こえていたかい?見苦しい話を聞かせてしまったね」
「いえ……お見送りいたします」
真は東仙の横に立って歩き出した。彼女の落ち着いた声に、幾分か心が落ち着いた。
「僭越ながら申し上げますが、更木隊長に正論は通じませんよ」
東仙隊長の言うことは正しいですが、と真は続けた。
「……ありがとう。私の事を正しいと言ってくれて。ここには、味方はいないと思っていたよ」
東仙は道の先を向きながら笑った。真は難しい顔をしながら、東仙を見た。
気づくと門まで来ていた。東仙は真に向き直り、見えない姿に向かって礼を言った。
「見送りありがとう。……また機会があったら、君の話が聞きたいよ」
真は答えず、頭を下げて東仙を見送った。
東仙は背中に真の霊圧を感じながら、十二番隊に向かった。