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平子編

二人のその後 5

 「二次会俺パス」
 次の店に向かおうとしていた時、平子は最後尾で一行に向けてそう言った。
「歌酒場だよ?真子の好きな」
ローズが不思議そうに尋ねたが、平子はすでに歩き出していた。
「最近、髪がパサつくねん。早めに寝るわ」
皆を置き去りにして、平子はさっさと帰っていった。平子の自由さに慣れきっている一行は、特に気にする事もなく歌酒場に向かっていった。

 平子の足取りは軽かった。家に帰れば真が待っている。おかえりなさい、と言ってもらえるかも知れない。と、ちょっとドキドキしながら自分の邸の玄関を開いた。玄関には、一組の草履が隅に揃えて置かれていた。
「帰ったで〜」
なんやこれ、新婚さんみたいやん。なんて、自分で思いながら草履を脱ぐ。
 すると奥の方から足音が聞こえて、真が顔を出した。
「おかえりなさい。思ったより早かったですね」
おかえりなさい言われた。やば。予想以上に嬉しいかもしれへん。
 真はトコトコ近づいてきて、平子の側に立った。ほんのりの石鹸の香りがした。
「風呂入って来たん?」
平子は廊下に上がって、真の髪の匂いをかいだ。前に平子があげたシャンプーの匂いがする。
「共同浴場から、そのまま来たんですよ」
廊下の隅に、真の風呂セットがまとめて置かれていた。部屋に入れない辺り、真の気遣いが感じられる。
「共同浴場からやと、俺んちの方が遠いやん。体冷えてまったなあ」
平子はそう言って真に抱きつき、肩に顔を埋めた。夜風で冷えた髪が、酔った平子の顔を冷やした。それと同時に、シャンプーの香りが鼻をくすぐる。自分が気に入ったシャンプーを真が使っていると、マーキングしているみたいで嬉しかった。 
 この匂いも俺んや。
「酔ってますね?」
「酔ってませーん」
真は平子を首にまとわりつかせたまま、引きずって平子を寝室まで運んだ。
 寝室では、先まで真が聴いていたレコードが、そのまま流れていた。
「レコード、勝手にかけちゃってました」
「ええよー。また買いに行こうな。ジャケ買い勝負しよ」
「アハハ、いいですよ。でも真子さん強いから」
「真もなかなかええ感しとるよ」
真がベッドに平子を降ろすと、平子が真の首を引いて、一緒にベッドに倒れ込んだ。
 平子の腕が真の頭の下に入り、二人の目が合う。すると、真が緊張した面持ちでそっと平子に口づけをした。
「……おお、珍しい」
真は口元を手で押さえ、顔を赤らめた。未だにキスに慣れないようだ。
「酒臭い……」
もちろん照れ隠しだ。
「ふふふふふ、ほれほれ〜」
「あ!臭い!!」
平子は真に馬乗りになり、真の顔めがけて息を吐いた。真は顔を背けるが、必死の抵抗ではない。
 ふざけてじゃれあっている間に、平子の手が真の体に触れる。真の顔が俄に強ばるのを見て、平子は手を離した。
「あかん。眠くなる前に風呂入ってくるわ」
平子は真から退き、隊長羽織と首巻きを取ってハンガーにかけた。着替えを手に取って振り向くと、真はまだベッドに横になったまま、額に手の甲を当てて天井を見ていた。
 その意味を聞くこと無く、平子は風呂に向かっていった。後ろから、行ってらっしゃい、と聞こえてきて、ちょっと待っとってー、と返した。

 あれかな。最初に激しく抱きすぎたんかな……。
 熱いシャワーを頭から浴びながら、平子は考え込んでいた。
 付き合って半年近く経つのに、セックスが出来ないなんて、まるで未成年の健全な交際ではないか。むろんその間に平子が真以外を抱く事も無く、ただただ性欲だけが募っていった。
 今日は、今日こそはやりたい…。もう無理や…。でもアイツが嫌がるなら無理矢理はできんなぁ。
 今までとは勝手がまるで違う女に、平子のペースは乱れるばかりだ。
 とりあえず念入りに体を洗って、しっかり髪を乾かして歯を磨くと、平子は寝室に戻った。
 寝室で待っていた真は、平子のレコードの歌詞カードを読んでいた。部屋を散らかす事もなく、コンパクトに体操座りをして待つ姿が、奥ゆかしいと感じた。
「もっと寛いでええのに」
ベッドに腰掛けながら言うと、真は平子を見ながらフフッと笑った。
「だってここは、あなたのこだわりが詰まってるから。下手なことしたく無いんです」
真はそう言って歌詞カードを片付け始めた。こうやって気持ちを大切にしてくれている真を、平子はやはり好きだと思った。付き合っているからと言って、距離感を錯覚しない。
 平子は笑って、真の気遣いに応えた。
「ありがとな」
そう言ってから平子は手を開いて、真を誘った。
「真〜、ここ来て〜」
呼ばれるままに真は素直に平子の足の間に納まり、平子は真を後ろから抱きしめた。
「いい香りですね、シャンプー?」
「流さないトリートメント。一緒の使うか?」
「この香りは、流石に周りに気づかれますよ」
「せやね」
平子は真の腹に手を回し、脇腹をそっと撫でた。かすかに真の体が反応したような気がした。平子は更に、真の首筋に唇を当てる。真の背中が丸まる。肩をすくめて、平子の顔をガードした。
「……あかんのんか?」
拒絶されたと思って、平子が悲しそうに真の背中に話しかけた。真がゆっくり振り向くと、その顔は真っ赤に染まっていた。
「嫌じゃ無いけど………」
けど…に続く言葉を探して真の目は泳ぎ、耐えられなくなったのか、平子の腕の中から抜け出し、両手で顔を覆ってベッドに倒れ込んだ。平子は宙を掴んでいた手を下ろして、項垂れた。
「最初に……乱暴しすぎた、よな………すまん。怖かったよな………」
「違う………怖くも、無かった……怖くは、無いけど………」
まだいい淀む真に平子は覆い被さって、真の手を片方外した。やはり顔は真っ赤だ。
「続き、聞かせてや」
片手で顔半分を隠して、真は口をパクパクしたが、言葉が見つからないようだった。
「痛かったか?」
平子の質問に、真は首を振った。
「……気持ち、良かったか?」
真は小さく頷いた。平子は思わず真の手を離した。真は自由になった両手で口を押さえた。
「……変な声出すし………顔も、絶対変だったし………はしたないって思われたくないのに………制御できる自信無くて…………」
真は絞り出すような声でそう言うと、また両手で顔を覆って、体を縮こませた。平子は真を見下ろしたまま、少しの間呆然としていた。
「……つまり………気持ち良くて乱れて、はしたないって思われたく無かったって事なんか……?」
顔を覆ったまま、真は小さく2回頷いた。
「アホかーーい!!」
平子の叫びに、真はギョッとして手を離した。
「いや、それ、マジか!!心配して損したわ!!!!知れて良かったけども!!いや、はよ言えや!!!」
平子は喚くだけ喚いたら、真の上に倒れた。真は頭にクエスチョンマークを浮かべたまま、平子を受け止めた。
「……それ全部、嬉しい事やからな。はしたないとかそう言うの、絶対思わへんから………」
「え………そ、そうなんですか………?」
「も〜〜〜〜〜!!!めちゃめちゃ心配したねんで!?嫌な事してまったんかとかぁ!!!!」
「す、すみません……」
真の真意を聞いた所で平子は顔を上げ、真とまっすぐ目を合わせた。
「……じゃあ、ええんやな?」
「は、はい。よろしく、お願いしま、んン…」
真が言い終わる前に、平子の口が真の口を塞いだ。
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