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平子編

二人のその後 3

 震えた伝令神機を取り出すと、霧島真と出ている。
「おん」
「真子さん…あの」
電話に出ると、申し訳無さそうな真の声がした。
「なんや、どした。仕事中はそう呼ばんのやなかったんか」
平子はいつも通りを装って、飄々した声で真をからかった。内心は、名前を呼ばれて浮足立ちそうな気持ちと、先までの苛立ちが葛藤していた。
 電話の向こうで真が口をつぐんだのが分かったが、彼女は直ぐに呼吸を整えた。
「………次からは、上手くやります。ちゃんと断ります」
「ん、頑張り」
何を頑張るのか、なんて意地悪な質問はせずに、平子は優しくそう言った。不器用な真なりの気遣いを感じて、少しだけ安心した声だった。
「……なあ」
周りに誰もいない事を確認して、平子は真に声をかけた。
「今日、遅くなるんやけど、行ってええ?そっち」
「………いや、私が、行きます。何時頃ですか?」
「あー………後で鍵渡すわ」
それを聞いて真が黙った。平子から自宅の鍵を渡されるのが初めてだったからだ。
 平子は、付き合った女に鍵を預けた事は、今まで一度も無かった。自分のこだわりの空間を、誰かに侵食されるのが我慢ならないタイプだからだ。女の私物を置かれるのもだが、自分が選んでない物は何一つとしてプライベート空間に入れたく無かった。だから、隊士から貰った物は全て隊舎に置いてある。
 真は、付き合う前からその事は知っていた。別に鍵が欲しいと思った事もないのだが、平子の方から鍵を渡すと言ってきた意味を重々理解し、胸が熱くなった。
「………いいんですか?」
「なんや、不満か」
「……嬉しいです……」
平子はそれを聞いてニヤリと笑うと、ほなな、と言って電話を切った。通話が切れた伝令神機を見ながら、平子の口元は思わず緩んだ。
 謙虚なやっちゃのー。
 今まで付き合った女といえば、寝たら直ぐに鍵を欲しがるとか、絶対に自分の部屋には入れないとか(浮気がバレるから)、財布を出さないとか、束縛が激しいとか、そんな感じだった。
 何で付き合ったかと聞かれれば、顔が良くてセックスのハードルが低いからと、そんな単純な理由だった。あの頃の平子は、恋愛とファッションの区別がついていなかったように思える。どれだけ美人と付き合っているか、何人とセックスしたかがステータスのように感じていた。だから、信用なんて無かった。コツコツ作り上げた自分の城に、信用出来ない者を野放しにする事は出来なかった。
 だが真は違う。
 真は彼氏の家だろうが、自分の部屋のように振る舞う事はしない。部屋にあるもの全てが、平子が選びぬいた物だと、その黄金比を崩されたく無いのだと理解してくれている。だから信用して鍵を預ける事ができた。
 平子が執務室に戻ると、雛森が不思議そうな顔でこちらを見てきた。
「どうしたんですか?ニヤニヤして」
「ニヤニヤちゃうわ。ニコニコや」
「平子隊長の爽やかな笑顔を見てみたいです」
「ちょっと桃チャン。失礼やぞ」
その時ドアが開いて、平子にやや遅れる形で真が執務室に戻ってきた。一瞬平子の目を見たが、直ぐにそらし、平子と雛森に向かって頭を下げた。
「余計な心配かけて、すみませんでした」
雛森は直ぐに立ち上がり、真に近寄った。
「そんな事は……乱暴されませんでしたか?大丈夫ですか?」
真の顔を覗き込むようにして、雛森は真が怪我をしてないか確認した。雛森の中で、一角はそういう立ち位置らしい。近からず遠からずではあるが。
「大丈夫です、桃さん。すみません。心配かけて」
真は優しくほほえみ、雛森の心配を払拭した。
「次の訓練、私も行ったほうがいいですか?副隊長から、綾瀬川さんに言いましょうか?」
雛森の申し出を、真は軽く首を振って断った。
「私が終わらせないと、意味が無いので」
真はそう言って、チラリと平子を見た。平子と目が合い、二人の中で無言のサインが出された。
「んん〜、心配です真さん〜」
不安がる雛森を、真は苦笑いしながら抱きしめた。
「私は五番隊の三席ですから。ちゃんとしないと…」


 雛森と真が二人で給湯室に向かった隙に、平子は真の筆の横に自分の家の鍵を置いた。雛森には見られても問題は無いのだが、公私混同しないのが二人の約束だった。
 湯呑3つと茶菓子を携えて雛森と真が戻ってくると、3人で休憩にした。
 他愛ない話をしている中で、雛森が手洗いに行った時に、平子がボソリと呟いた。
「筆の横に置いといたで」
それを聞いた時の真の顔は、平子からしたら新鮮な、なんとも言えない表情だった。
 もう今日の飲み会休もかな………。
 そんな考えさえ浮かんできた。まあ、休む事は無いのだが。
「寝室と本棚は、好きに使ってええから。待っとって」
「……はい………」
頬を染めてうつむく真を見て、平子はなるべく早く帰ろうと決意した。
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