平子編
二人のその後 2
弓親が居なくなった所で、雛森が席に戻り仕事をし始めても、平子は湯呑を持ったままボーッとしていた。
真も真やろ〜…。指導官なら、ちゃんと邪魔や言って追い返せや。しゃーからつけ上がんねん。
「ムッかつくわあ…」
「綾瀬川さんがですか?」
無意識に口から出ていたらしく、平子は慌てて口を閉じた。雛森は平子を見て、苦笑いしていた。
「大丈夫ですって。真さんに限って」
雛森は、弓親が真にチョッカイを出して真が盗られるのを平子が危惧していると思っているらしいが、本当は真にムカついているとは思っていないようだった。
「おん…」
何で付きおうても、こない安心できひんのやろ。器ちっさいなあ、俺。
そもそも、真が自分から愛情表現しない事が、平子の不安を助長させていた。いつも家に呼ぶのも、キスも平子からだった。体の関係なんて、最初の一回きり、のらりくらり躱されている。もっと真が気持ちを伝えてくれれば、多少は違ったのかも知れない。
湯呑を机に置いて、平子は仕事に取り掛かった。何かをしていないと、真に対して良くない感情がせり上がってきてしまいそうだった。
トントン
誰かが執務室のドアをノックした。
「はい、どうぞ」
雛森が返事をすると、ドアが開いてキレイに剃りあげられたスキンヘッドが現れた。
「斑目ッス。平子隊長は…」
「オー。見とったでー。すまんなあ、うちの三席が情けないもんで」
平子は椅子に座ったまま、一角に話しかけた。一角はドアを閉めると、少しだけ前に来て、改めて平子に頭を下げた。
「すんません。行くなとは言ってるんスけど、アイツ聞かなくて。もう出禁にして貰っていいんで」
「真が次ちゃんと追い払えんかったら、そうさせてもらうわ」
平子が穏やかに答えると、一角は、はい、と返事をしてドアに向かおうとした。
「斑目」
平子が呼び止めると、一角は振り返り、不思議そうに平子を見た。平子は頬杖をついて、感情を表に出さない顔で一角を見ていた。
「何で真は、追い返せんのやろか」
そう尋ねると、一角は目線を上に向けて、何かを考えるような、思い出すような仕草をした。
「……霧島の事なんで、恩でがんじがらめになってんじゃないスかね」
「ほーかい」
「…じゃ、俺はこれで」
一角がドアに向かい、ドアノブに手をかけようとした時、先にドアが開いた。
集団訓練を終えた真が、執務室に帰ってきた。真は一角を見ると、少し慌てて佇まいを直した。
「斑目副隊長。先は……」
真が何か言おうとした瞬間、一角の蹴りが真の足の側面に直撃した。
真が痛みに顔を歪めると、一角は平子に向き直って、真の肩を掴んだ。
「ちょっとコイツ借りていいッスか」
「頼むわ」
一角はそのまま真をドアの向こうに押し込み、執務室から出ていった。
ドアが閉まって、平子はため息をつきながら椅子にもたれた。雛森は、ずっと心配そうにドアを見ていた。
「真さん、乱暴されませんよね…?」
「知らん」
「いいんですか?平子隊長……」
「どうなるか、見てからやな」
「そんな…」
恋人の平子がとやかく言うより、他人の方が後腐れ無いだろう。平子は安心とも、確信とも取れぬ穏やかな気持ちで真の帰りを待つことにした。
一角は真を乱暴に会議室に押し込んで、勢い良くドアを閉めた。
「すみません……さっきは…拒絶できなくて」
「分かってんなら何でやらねぇ」
一角は昔と変わらない態度で真を叱った。真は一角の正面に立ち、ただ黙っていた。煮えきらない真の態度に一角は苛立ち、真の頭を叩いた。
「三席が公私混同すんじゃねえ!」
「はい……」
真は叩かれた頭を押さもせず、暗い顔で床を見つめていた。
「……何も無かった時に戻れるんじゃないかって、思ってしまったのが、間違いでした……」
「お前、弓親を訓練に呼んだのか?」
真は首を横に振り、一角の疑いを否定した。
「道で会って……私は、普通に話せたと、普通の関係に戻れたと、勘違いしてしまって。それから……」
真の話を聞いて、一角は軽くため息をついた。
「だとしても、ちゃんと断れよ。仕事中だろ」
「………はい…………」
真は後悔するように目を閉じ、一角は頭を掻いた。
「………これは死神としてじゃなく、連れとしていうが………アイツを、もう一回ちゃんと振ってやってくれよ」
その言葉を聞いて、真は驚いたように顔を上げた。困惑とも、怒りとも、疑問ともつかない感情が、真の体を駆け巡った。
「…………あなた達の間に、隠し事はないんですか?なんで…………」
「悪い。知られたくなかったな。悪かった。誰にも言わねえよ」
一角は申し訳無いように両手をあげ、真に謝った。真は乱れそうになった感情をなんとか押し込め、また一角から目をそらした。
「すみません。口止めしなかったのは、私でした………」
「お節介だがな、勘違いされないようにしろよ。だから…」
「分かってます。分かっていますから、それ以上は…」
被せるように言葉を遮った真を見て、一角は口をつぐみ、気まずそうに目を泳がせた。
「次はちゃんとやります。もういいですか……」
「ああ………じゃあな。元気でやれよ」
真は頭を下げて、出て行く一角を見送った。一角は真を振り返らず、さっさと出ていった。この淡白さが、お互いに楽だった。一角と真は、距離感があるからこそ、後腐れが無かった。
一角が廊下を進むと、平子が執務室の部屋の前で待っていた。
「ありがとさん。泣かせてへんか」
冗談めいた顔で、平子が話しかけてきた。
「アイツがこんくらいで泣くわけ無いじゃないスか」
「せやな。まあ、助かったわ。叱るんも労力使うさかい」
平子の前までくると、一角は姿勢を正してまた頭を下げた。
「霧島を、よろしくお願いします」
一角の姿を見て、平子は険しい顔になった。
「射場隊長といい、お前といい、何で真をそんな気にすんねん」
一角は顔を上げると、答えに困っているような、微妙な顔をした。
「……まあ、アイツが血反吐吐くような努力してきたの見てるんで……」
一角は目をそらして、斬魄刀で肩をトントンと叩いた。
「ここなら、肩の力抜けると思うんすよ。平子隊長なら、って。俺からしたら、アイツは、うちよりここの方が合ってると思うんで」
「せか」
一角がまた頭を軽く下げて去っていくと、平子の伝令神機が震えた。
弓親が居なくなった所で、雛森が席に戻り仕事をし始めても、平子は湯呑を持ったままボーッとしていた。
真も真やろ〜…。指導官なら、ちゃんと邪魔や言って追い返せや。しゃーからつけ上がんねん。
「ムッかつくわあ…」
「綾瀬川さんがですか?」
無意識に口から出ていたらしく、平子は慌てて口を閉じた。雛森は平子を見て、苦笑いしていた。
「大丈夫ですって。真さんに限って」
雛森は、弓親が真にチョッカイを出して真が盗られるのを平子が危惧していると思っているらしいが、本当は真にムカついているとは思っていないようだった。
「おん…」
何で付きおうても、こない安心できひんのやろ。器ちっさいなあ、俺。
そもそも、真が自分から愛情表現しない事が、平子の不安を助長させていた。いつも家に呼ぶのも、キスも平子からだった。体の関係なんて、最初の一回きり、のらりくらり躱されている。もっと真が気持ちを伝えてくれれば、多少は違ったのかも知れない。
湯呑を机に置いて、平子は仕事に取り掛かった。何かをしていないと、真に対して良くない感情がせり上がってきてしまいそうだった。
トントン
誰かが執務室のドアをノックした。
「はい、どうぞ」
雛森が返事をすると、ドアが開いてキレイに剃りあげられたスキンヘッドが現れた。
「斑目ッス。平子隊長は…」
「オー。見とったでー。すまんなあ、うちの三席が情けないもんで」
平子は椅子に座ったまま、一角に話しかけた。一角はドアを閉めると、少しだけ前に来て、改めて平子に頭を下げた。
「すんません。行くなとは言ってるんスけど、アイツ聞かなくて。もう出禁にして貰っていいんで」
「真が次ちゃんと追い払えんかったら、そうさせてもらうわ」
平子が穏やかに答えると、一角は、はい、と返事をしてドアに向かおうとした。
「斑目」
平子が呼び止めると、一角は振り返り、不思議そうに平子を見た。平子は頬杖をついて、感情を表に出さない顔で一角を見ていた。
「何で真は、追い返せんのやろか」
そう尋ねると、一角は目線を上に向けて、何かを考えるような、思い出すような仕草をした。
「……霧島の事なんで、恩でがんじがらめになってんじゃないスかね」
「ほーかい」
「…じゃ、俺はこれで」
一角がドアに向かい、ドアノブに手をかけようとした時、先にドアが開いた。
集団訓練を終えた真が、執務室に帰ってきた。真は一角を見ると、少し慌てて佇まいを直した。
「斑目副隊長。先は……」
真が何か言おうとした瞬間、一角の蹴りが真の足の側面に直撃した。
真が痛みに顔を歪めると、一角は平子に向き直って、真の肩を掴んだ。
「ちょっとコイツ借りていいッスか」
「頼むわ」
一角はそのまま真をドアの向こうに押し込み、執務室から出ていった。
ドアが閉まって、平子はため息をつきながら椅子にもたれた。雛森は、ずっと心配そうにドアを見ていた。
「真さん、乱暴されませんよね…?」
「知らん」
「いいんですか?平子隊長……」
「どうなるか、見てからやな」
「そんな…」
恋人の平子がとやかく言うより、他人の方が後腐れ無いだろう。平子は安心とも、確信とも取れぬ穏やかな気持ちで真の帰りを待つことにした。
一角は真を乱暴に会議室に押し込んで、勢い良くドアを閉めた。
「すみません……さっきは…拒絶できなくて」
「分かってんなら何でやらねぇ」
一角は昔と変わらない態度で真を叱った。真は一角の正面に立ち、ただ黙っていた。煮えきらない真の態度に一角は苛立ち、真の頭を叩いた。
「三席が公私混同すんじゃねえ!」
「はい……」
真は叩かれた頭を押さもせず、暗い顔で床を見つめていた。
「……何も無かった時に戻れるんじゃないかって、思ってしまったのが、間違いでした……」
「お前、弓親を訓練に呼んだのか?」
真は首を横に振り、一角の疑いを否定した。
「道で会って……私は、普通に話せたと、普通の関係に戻れたと、勘違いしてしまって。それから……」
真の話を聞いて、一角は軽くため息をついた。
「だとしても、ちゃんと断れよ。仕事中だろ」
「………はい…………」
真は後悔するように目を閉じ、一角は頭を掻いた。
「………これは死神としてじゃなく、連れとしていうが………アイツを、もう一回ちゃんと振ってやってくれよ」
その言葉を聞いて、真は驚いたように顔を上げた。困惑とも、怒りとも、疑問ともつかない感情が、真の体を駆け巡った。
「…………あなた達の間に、隠し事はないんですか?なんで…………」
「悪い。知られたくなかったな。悪かった。誰にも言わねえよ」
一角は申し訳無いように両手をあげ、真に謝った。真は乱れそうになった感情をなんとか押し込め、また一角から目をそらした。
「すみません。口止めしなかったのは、私でした………」
「お節介だがな、勘違いされないようにしろよ。だから…」
「分かってます。分かっていますから、それ以上は…」
被せるように言葉を遮った真を見て、一角は口をつぐみ、気まずそうに目を泳がせた。
「次はちゃんとやります。もういいですか……」
「ああ………じゃあな。元気でやれよ」
真は頭を下げて、出て行く一角を見送った。一角は真を振り返らず、さっさと出ていった。この淡白さが、お互いに楽だった。一角と真は、距離感があるからこそ、後腐れが無かった。
一角が廊下を進むと、平子が執務室の部屋の前で待っていた。
「ありがとさん。泣かせてへんか」
冗談めいた顔で、平子が話しかけてきた。
「アイツがこんくらいで泣くわけ無いじゃないスか」
「せやな。まあ、助かったわ。叱るんも労力使うさかい」
平子の前までくると、一角は姿勢を正してまた頭を下げた。
「霧島を、よろしくお願いします」
一角の姿を見て、平子は険しい顔になった。
「射場隊長といい、お前といい、何で真をそんな気にすんねん」
一角は顔を上げると、答えに困っているような、微妙な顔をした。
「……まあ、アイツが血反吐吐くような努力してきたの見てるんで……」
一角は目をそらして、斬魄刀で肩をトントンと叩いた。
「ここなら、肩の力抜けると思うんすよ。平子隊長なら、って。俺からしたら、アイツは、うちよりここの方が合ってると思うんで」
「せか」
一角がまた頭を軽く下げて去っていくと、平子の伝令神機が震えた。
