二番隊編
霧島真と二番隊
大前田副隊長が貸し切った料亭の座敷で、3人はお膳を前にして座った。
夜一は肘置にもたれて寛いでいるが、砕蜂は夜一の横で真を警戒した目つきをしており、自然と真の背筋が伸びた。
「…ゴロ先生はな、四楓院家に出入りしていた体術の講師だったのじゃ」
夜一が唐突に話だし、真は背筋を伸ばしたまま夜一を見た。
「儂の親や儂だけで無く、喜助も、ここにいる砕蜂もゴロ先生には世話になった。じゃが、儂が蒸発した故、儂に関わりの深かったゴロ先生にまで迷惑をかけてしまっての、ずっと気にしておった。ゴロ先生は、どうしておる」
夜一の話し方や表情で、夜一が父をよく慕っていたのが分かり、真の胸が痛くなった。すでに故人になっているとは直ぐに言い出せず、真が言葉を探していると、その様子で夜一は察したようだった。
「……そうか。もしお主が辛くなければ、流魂街でゴロ先生がどのような生活をし、どのような最後だったか、教えてはくれんか」
「……はい」
真は緊張を祓うように一度息を吐き、満吾郎を思い出した。
50年以上経った今でも、簡単に思い出せるあの丸顔に、太くモサモサしたくせ毛、太い眉に、少年みたいなキラキラした目……。
「父は、流魂街でマタギをして生活をしていました。私は、こちらに来て直ぐの幼少期に父に拾われ、父が亡くなるまでの15年、一緒に暮らしました」
「お主一人か?あのお人好しが子どもを選ぶとは思えんが」
「はい、父の霊圧に耐えられるのが私だけでしたので…。父は、戌吊から少し離れた所に子どもを集めて養っていました」
「なるほどのう。お主は右腕か、後継者として育てられたか」
満吾郎が知っている人格者のままでいた事が嬉しかったように、夜一は目を細めた。
「ゴロ先生は、死神の事を何か言っていたか?」
夜一の質問に、真が首を横に振ると、夜一の顔が曇った。満吾郎が死神を、夜一を恨んでいると思ったのだろうか。
「……死神については何も聞かされた記憶はありませんが……父は死に際に、私に死神になるよう遺言を残したので、悪い感情は無かったと思います」
「そうか…」
夜一の顔が少しだけ解れ、真は少しホッとした。
「真、ゴロ先生の最後は語れるか?」
「はい……。あの日は、父と私で山に仕掛けた罠を確認しに行っている間に、孤児院が虚に襲われました。家族も同然だった子ども達は全滅しており、父と私で子ども達の亡骸を供養している時、恐らく同じ虚が私達を襲いました」
「素手とはいえ、ゴロ先生がただの虚に負けるとは思えぬが………」
「私さえいなければ、父一人で勝てたと思います。父は、私を庇ったばかりに…………相打ちでした………」
目を伏せ、後悔に身を鎮める真を見て、夜一は立ち上がり、近寄ってくると、真の目の前に膝をついた。
「悪かった。辛い過去を話させて……しかし、近衛満吾郎らしい最後で安心した。感謝する、霧島真四席」
「………すみません。こんなお話しかできず」
「よいよい。ただの魂魄だったお主に、何ができた訳でもない。ゴロ先生が孤独ではなかったのが儂には救いじゃ」
「ありがとうございます……」
ふと顔を上げると、夜一の向こうに砕蜂が見えた。顔をしかめて、唇を噛んでいる。涙を耐えているのなら、きっと彼女も満吾郎を慕っていたのだろう。
誰にでも好かれた父が、ここでも同じだったのだろうと思うと、なんだか嬉しかった。
「真、ゴロ先生の墓を教えてはくれぬか。なあ、砕蜂、儂らで花を手向けに行こう」
夜一が振り返ると、砕蜂は顔を真っ赤にして、小さく、はい……、と呟いた。
「父も、喜ぶと思います……」
自分以外の者が満吾郎の墓に行くのは無かった為、真は嬉しくて、目を細めて微笑んだ。
「よし、ならばこの場は遠慮なく飲め。ゴロ先生の忘れ形見に会えた礼じゃ。砕蜂、酒を持ってこさせよ」
「ハッ!直ぐに」
夜一の掛け声で砕蜂が襖を開け、女中に声をかけた。酒、という単語を聞いて、真はにわかに焦った。
「あの、夜一様…!その、私は、酒は……」
「遠慮するな、ホレホレ、膳の物も食べよ」
夜一がお膳を引き寄せ、箸を真に渡した。
「はい、ありがたくいただきます。ですが、その……」
「貴様……夜一様の酒が飲めぬと言うのか……?」
後ろから不穏な声がして、恐る恐る振り向くと、徳利を両手に持った砕蜂が仁王立ちで真を見下ろしていた。
何と言えば分かって貰えるか真が考えているうちに、鬼の形相をした砕蜂に肩を掴まれた。
万事休す………。
「恐れ多くて飲めぬと言うのなら、私が流し込んでやろう」
「あ、ああ、あの……ちが………」
静止する暇も無く、真の口に徳利を押し込まれ、問答無用に酒が喉を通過していった。
胃に酒が入ると同時に真の意識が飛び、畳に膝をつけたまま、後ろにグニャリと倒れた。
「…………体質的に酒を受け付けんらしいな」
真を見下ろしながら夜一が呆れたようにため息をついた。砕蜂は愕然としながら夜一と真を交互に見ている。
「まったく…これでは墓参りに行けぬではないか」
「申し訳ありません夜一様!!!!私が、私が近衛先生の墓を見つけます故!!!」
砕蜂が畳に両手をつき、許しを乞うように目を潤ませて夜一を見上げた。
「日を改めればよいわ。砕蜂、責任をもって真を救護に連れていくのじゃぞ」
夜一の命令に砕蜂は渋々真を抱き上げ、料亭から出ていった。
大前田副隊長が貸し切った料亭の座敷で、3人はお膳を前にして座った。
夜一は肘置にもたれて寛いでいるが、砕蜂は夜一の横で真を警戒した目つきをしており、自然と真の背筋が伸びた。
「…ゴロ先生はな、四楓院家に出入りしていた体術の講師だったのじゃ」
夜一が唐突に話だし、真は背筋を伸ばしたまま夜一を見た。
「儂の親や儂だけで無く、喜助も、ここにいる砕蜂もゴロ先生には世話になった。じゃが、儂が蒸発した故、儂に関わりの深かったゴロ先生にまで迷惑をかけてしまっての、ずっと気にしておった。ゴロ先生は、どうしておる」
夜一の話し方や表情で、夜一が父をよく慕っていたのが分かり、真の胸が痛くなった。すでに故人になっているとは直ぐに言い出せず、真が言葉を探していると、その様子で夜一は察したようだった。
「……そうか。もしお主が辛くなければ、流魂街でゴロ先生がどのような生活をし、どのような最後だったか、教えてはくれんか」
「……はい」
真は緊張を祓うように一度息を吐き、満吾郎を思い出した。
50年以上経った今でも、簡単に思い出せるあの丸顔に、太くモサモサしたくせ毛、太い眉に、少年みたいなキラキラした目……。
「父は、流魂街でマタギをして生活をしていました。私は、こちらに来て直ぐの幼少期に父に拾われ、父が亡くなるまでの15年、一緒に暮らしました」
「お主一人か?あのお人好しが子どもを選ぶとは思えんが」
「はい、父の霊圧に耐えられるのが私だけでしたので…。父は、戌吊から少し離れた所に子どもを集めて養っていました」
「なるほどのう。お主は右腕か、後継者として育てられたか」
満吾郎が知っている人格者のままでいた事が嬉しかったように、夜一は目を細めた。
「ゴロ先生は、死神の事を何か言っていたか?」
夜一の質問に、真が首を横に振ると、夜一の顔が曇った。満吾郎が死神を、夜一を恨んでいると思ったのだろうか。
「……死神については何も聞かされた記憶はありませんが……父は死に際に、私に死神になるよう遺言を残したので、悪い感情は無かったと思います」
「そうか…」
夜一の顔が少しだけ解れ、真は少しホッとした。
「真、ゴロ先生の最後は語れるか?」
「はい……。あの日は、父と私で山に仕掛けた罠を確認しに行っている間に、孤児院が虚に襲われました。家族も同然だった子ども達は全滅しており、父と私で子ども達の亡骸を供養している時、恐らく同じ虚が私達を襲いました」
「素手とはいえ、ゴロ先生がただの虚に負けるとは思えぬが………」
「私さえいなければ、父一人で勝てたと思います。父は、私を庇ったばかりに…………相打ちでした………」
目を伏せ、後悔に身を鎮める真を見て、夜一は立ち上がり、近寄ってくると、真の目の前に膝をついた。
「悪かった。辛い過去を話させて……しかし、近衛満吾郎らしい最後で安心した。感謝する、霧島真四席」
「………すみません。こんなお話しかできず」
「よいよい。ただの魂魄だったお主に、何ができた訳でもない。ゴロ先生が孤独ではなかったのが儂には救いじゃ」
「ありがとうございます……」
ふと顔を上げると、夜一の向こうに砕蜂が見えた。顔をしかめて、唇を噛んでいる。涙を耐えているのなら、きっと彼女も満吾郎を慕っていたのだろう。
誰にでも好かれた父が、ここでも同じだったのだろうと思うと、なんだか嬉しかった。
「真、ゴロ先生の墓を教えてはくれぬか。なあ、砕蜂、儂らで花を手向けに行こう」
夜一が振り返ると、砕蜂は顔を真っ赤にして、小さく、はい……、と呟いた。
「父も、喜ぶと思います……」
自分以外の者が満吾郎の墓に行くのは無かった為、真は嬉しくて、目を細めて微笑んだ。
「よし、ならばこの場は遠慮なく飲め。ゴロ先生の忘れ形見に会えた礼じゃ。砕蜂、酒を持ってこさせよ」
「ハッ!直ぐに」
夜一の掛け声で砕蜂が襖を開け、女中に声をかけた。酒、という単語を聞いて、真はにわかに焦った。
「あの、夜一様…!その、私は、酒は……」
「遠慮するな、ホレホレ、膳の物も食べよ」
夜一がお膳を引き寄せ、箸を真に渡した。
「はい、ありがたくいただきます。ですが、その……」
「貴様……夜一様の酒が飲めぬと言うのか……?」
後ろから不穏な声がして、恐る恐る振り向くと、徳利を両手に持った砕蜂が仁王立ちで真を見下ろしていた。
何と言えば分かって貰えるか真が考えているうちに、鬼の形相をした砕蜂に肩を掴まれた。
万事休す………。
「恐れ多くて飲めぬと言うのなら、私が流し込んでやろう」
「あ、ああ、あの……ちが………」
静止する暇も無く、真の口に徳利を押し込まれ、問答無用に酒が喉を通過していった。
胃に酒が入ると同時に真の意識が飛び、畳に膝をつけたまま、後ろにグニャリと倒れた。
「…………体質的に酒を受け付けんらしいな」
真を見下ろしながら夜一が呆れたようにため息をついた。砕蜂は愕然としながら夜一と真を交互に見ている。
「まったく…これでは墓参りに行けぬではないか」
「申し訳ありません夜一様!!!!私が、私が近衛先生の墓を見つけます故!!!」
砕蜂が畳に両手をつき、許しを乞うように目を潤ませて夜一を見上げた。
「日を改めればよいわ。砕蜂、責任をもって真を救護に連れていくのじゃぞ」
夜一の命令に砕蜂は渋々真を抱き上げ、料亭から出ていった。