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弓親過去編

 性欲に操られた男を殺すのは簡単だった。
 夜道に立って、意味深な目つきで微笑めば、ホイホイとついてきた。
 体が成長して骨格が男らしくなっても、頭に手ぬぐいを乗せて端を咥えれば、輪郭が隠れて、男共を騙せた。
 橋の下まで連込めば、あとは声を出せないように喉を切ってお終い。
 1回の仕事で2、3日は食い繋げたから、割のいい仕事だった。

 体が成長すると、ある悩みができた。
 僕に殺された馬鹿な男共と同じように、僕にも性欲が出てきた。
 アイツらと同じになりたくなくて、体が火照る日は、金に困っていなくても人を殺めた。人が絶命する前の絶望や恐怖の顔を見ると、射精の後くらい気持ちが良くなった。
 
 ある日立ち寄った村で、祭りが行われていた。祭りの夜というのは男女の出会いの場でもあり、境内の林の中から、多くの男女が交わる音が聞こえてきた。
 これなら、2、3人殺しても足がつかないかな、と獲物を物色しようとしていると、二人の少女が声をかけてきた。
 ませた話し方をして、相手を探しているような口ぶりだった。
 そこで僕は、初めて女を抱いた。
 自分で諌めるより数倍気持ちが良かったが、終わったあと虚無感に襲われた。母を抱く男と、抱かれる母の事が頭を駆け回り、複雑な気持ちになった。
 その女とは、それきりだったが、祭りがある度に、僕は適当な女を見繕って抱いた。女を抱くくせに、母を嫌っている矛盾に毎回嫌な気持ちになった。

 ある日とうとう殺しがバレてしまい、町奉行に切られて死んでしまった。20歳だった。
 若く美しいまま死ねるなら、まあいいか、と納得していたら、ナント死んでも人生が続いた。
 汚い村で、汚い着物を着せられ、丸腰だった。最悪だった。
 僕はまず適当に女を襲って、女物の着物を手に入れた。そこからは、現世にいた時と同じように仕事をした。
 ある日、黒い袴を着た男を殺した。後から知ったが、死神だったらしい。そいつは、刀と脇差を持っていたから、ありがたくいただいた。刀は、何だか変な感じがした。

 殺して、奪って、体が疼いたら、また殺して、その繰り返しの日々を送り、お腹は満たされても、心は何だか空っぽだった。
 自分が何を求めているのかも分からず街をフラフラしていると、遠くで人が争う声が聞こえた。
 興味本位で観に行くと、1人の坊主頭が5人相手に刀を振るっていた。
 生まれて初めて感動した。
 教養なんて皆無だったが、男の動きが、刀の動線が美しいと思った。男には無駄な動きなど無く、刀の力を最大限活かした戦いをしているのが、素人の僕にも分かった。
 男が5人を切り終えると、僕は思わず拍手をしてしまった。
「あ?何だてめえ」
着物で、刀についた血を拭き取りながら、男は僕を睨んだ。目尻に、赤い隈化粧をしている。
「凄い。凄いね。こんな美しい戦い、初めて見たよ。僕は弓親。君は?」
男は僕を警戒して、刀を握り直した。
「お前も、俺と戦いてえのか?」
刃先をこちらに向けながら、男は死体を跨いで、こっちに来た。
「まさか。君とは戦わないよ。ただ、感動したんだ」
「ああ?」
僕は両手を上げて、戦う意志が無いと言ったが、彼は僕の腰の刀を見た。
「何で刀を持ってる」
「護身用だよ。僕って、美しいだろ?危険が多いんだよ」
はあ?と言いながら男は近づいてきて、下から睨めあげるように僕を見た。
「嘘つけ。これは斬魄刀だ。死神が持ってる刀を、流魂街のお前が持ってる訳ねえ。どうやって手に入れた?」
僕は思わず黙り、男を見下ろした。睨んでいた男は、ニヤリと笑った。
「それがお前の本当の顔だな?死神は殺したか。やるじゃねえか」
「え?」
今、何て言われた?褒められた?
「死神はイケスかねえからな……って、何だその顔?!」
よほど変な顔をしていたのか、男は驚いて後退った。僕は自分の顔を押さえて、口を隠した。
「顔以外を初めて褒められた……」
「なんだそれ」
男は警戒を解いて、刀を鞘に収めた。
「で、その刀を何に使ってんだよ」
「奪ってるだけだよ。殺して」
僕がそう言うと、男は眉間にシワを寄せて、ため息をつきながら岩に腰掛けた。
「何だ。つまんねえな」
「つまらない?どういう事?」
「自分より弱いやつを殺して、楽しいか?」
「そんな事考えたこと無いよ。生きる為にやってるんだから」
「そうかよ。じゃ、この話は終わりだ。じゃあな」
男はそう言うと立ち上がって、僕に背を向けて歩いて行った。僕は思わず、彼を追った。
「待てよ!よく分からない。君だって殺してるじゃないか」
男は立ち止まり、振り向いて僕を見た。
「俺は、楽しんでるだけだ」
「殺しを?」
「違う。戦いだ。命の駆け引きを、だ」
初めて聞いた価値観に、何故か僕の心は震えた。男が、凄くカッコよく感じて、こんなふうに戦えて、こんな事を言える男になりたいと思った。
「ねえ、君に付いて行っていい?僕、凄く君に興味があるよ」
「はあ!?なんだよ気持ちわりいな!ついて来んな!」
彼はそう言って走り出したが、僕も走ってついて行った。
「ねえ!戦い教えてよ!僕も君みたいになりたいんだ!」
「勝手にやってろボケ!!!」
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