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平子編

10.

 「ねえー、シロちゃん。平子隊長って、真さんの事、好きだと思う?隊長達の間で、そういう話出ない?」
「……またその話か。てか、用事が済んだならさっさと帰れよ、雛森」
十番隊の隊主室で、ソファーの背に顎を乗せながら話す雛森に、日番谷が机から文句を言った。
「いいの、まだ帰らなくて。二人きりの時間をつくってあげてるんだから!」
「はいはい。そう言ってサボりたいんだろ」
「違いますー。もう自分の仕事はやったもん」
日番谷がため息をつく様子を、雛森は笑って見ていた。
 文句は言いつつも、いつも日番谷は雛森にお茶を出してくれる。雛森は信頼できる幼馴染に、自隊の隊長の恋について、度々話に来るようになったのだ。日番谷は、平子と特別親しいわけでもないため、雛森の言う事に信憑性は感じていないが、雛森があまりにも楽しそうに話すため、話を合わせていた。
「最近ね、二人が目でサインを送るようになったの」
「サイン?」
「そう。出動した時、真さんは一人で戦う事が多いんだけど、その前に平子隊長が目で、信じてるよ、ってサインをだすの。そうすると真さんも、大丈夫って目で言うの。いいよね、憧れちゃう!」
雛森は頬に手をあててウットリした。さながら、恋に恋する乙女だ。日番谷は冷めた目で、その様子を見ていた。
「お前の勘違いじゃねーの?それより、霧島は一人で戦うのか?アイツ、今、斬魄刀無いんじゃねえの?」
「勘違いじゃないよ! 真さん、今は浅打ち使ってるんだけど、巨大虚くらいなら倒せちゃうんだ。凄いよね」
「元十一番隊四席は、伊達じゃねえな。自分の斬魄刀があれば、いつかは副官になれたろーに、勿体ねえ」
「ねー!って、今はその話じゃないよ!」
「へーへー。俺は仕事すっから、もう帰れよお前」
 日番谷に追い出された雛森は、トボトボと五番隊に向かっていた。頭の中は、平子と真のサインを出すときの顔を思い浮かべていた。
 横目でお互いを見て、かすかに微笑むあのサインが、雛森は好きだった。少し仲間はずれに感じていた時もあったが、二人の間に流れる落ち着いた空気に安心できた。
 願わくば、二人が恋人同士になって、幸せになってほしいと、心から願っていた。
 
 二人が既に恋人同士とは、雛森はつゆほども知らなかった。


 ある日、五番隊に緊急出動命令がでた。
 五番隊管轄の流魂街に、メノスと巨大虚が出現したと、地獄蝶から伝達がきた。
 平子は席官を従えて、足早に連絡のあった地域に向かった。
 真も雛森も共に居た。

 メノスが目視できた所で、背後から巨大虚が3体追ってきた。
 「隊長!!巨大虚が三体、後方から接近!!」
最後尾にいた十席が、先頭にいる平子に向かって叫ぶと、反応したのは真だった。
「私が行きます。みなさんは、先へ」
真が立ち止まり、斬魄刀に手をかけた。
「3人、三席の援護に……」
「桃!!あいつが言うんや!援護はいらん!!」
雛森が指示を出そうとすると、平子に止められた。平子は横目で真をちらりと見ると、ニッと笑った。あのサインだ。
「あかんようになったら、呼べよ」
「はい。速水さん、ついてきて」
真も横目で平子を見て微笑み、十五席の男を一人呼んだ。
「私が頼んだら、援護を呼んで。それまでは後方待機」
「は、はい!」
真は速水を従えて、巨大虚に一人で向かって行った。

 平子達が戦いを終えて、怪我人の応急処置をしていると、真と速水が追いついた。
 正確には、真は速水に担がれた状態でやってきた。
 頭から血を流し、左肩から手首までが裂け、脇腹に穴が空いていた。その場で速水が応急処置をしたらしいが、簡単に塞がる傷では無かった。
 意識があるのが不思議なくらいの重傷で、真は速水に謝っていた。
 速水は青い顔をしながら、息を乱して、雛森に真を差し出した。
「…す、すみません……俺……俺……」
「説明は後よ。真さんを…」
雛森は真を受け取ると、結界を張って処置を始めた。
「桃さん…。すみません……」
「大丈夫ですよ。真さん。お疲れ様です。すぐ、治しますからね」

 他の隊士に声をかけていた平子は、一通り話し終わると、速水の所にやってきた。
「何があったんや」
速水は叱られると思ったのか言葉を濁し、小さくすみません、としか言えずにいた。
「援護を呼べって、指示されたか?」
平子が声を荒らげず、静かに問いただすと、速水は首を振った。
「ほうか。なら、お前は悪うない。アイツの自業自得や」
平子にそう言われても、速水は申し訳なさそうに俯いていた。
「そんな顔すんな!!!シャキッとせんかい!!!」
平子が背中を叩いて、速水はようやく顔を上げた。

 そうこうしていると真の処置が終わり、雛森が結界を解いた。
 真が体を起こして、左手の動きを確認していると、平子が目の前に仁王立ちした。
 真は平子を見上げると、謝った。
「すみません。ご心配おかけしました。速水も……」
「何しとんねん。お前」
真の言葉を遮って、苛立ちをつのらせた平子の声が場に響いた。周りにいた全員が息を飲み、平子と真を見つめた。
「…どういう意味ですか?」
「援護呼べ言うたやろ。何で呼ばへんねん」
普段のひょうきんな話し方とはかけ離れ、低く威圧的な平子の声に、隊士達は誰一人として言葉を発しなくなった。
 真はただ一人、まっすぐ平子を見上げていた。
「勝てると踏みましたし、勝ちました。何が…」
「それは十一番隊の常識じゃボケェ!!!!」
今まで聞いたことの無い平子の怒声が、真に浴びせられた。真は微動だにせず、訝しげに平子を睨んだ。全員が固唾をのんで、成り行きを見守った。
「生きて勝っているのが、いけない事のようにおっしゃいますね」
「んな事言うとらへんやろ。援護呼べ言うてんねん」
「メノスに戦力をぶつけるべきですし、若手に機会を与えるべきでは?」
「2、3人減った所で変わらへんわ」
「こんなにも怪我人を出して?」
「お前の怪我よりマシじゃ」
「私一人重傷ならいいでしょう」
「んな一人で戦いたかったら、十一番隊に戻れや!!!!!」
平子は再び怒鳴り、こめかみに青筋を浮かべた。ずっと見守っていた雛森は、平子の言葉に思わず口を挟んだ。
「隊長!いくら何でも…!」
「……しばらく考えさせてください」
真は平子の言葉を真に受け、立ち上がって平子と顔を突き合わせた。雛森は座ったまま二人を見上げ、不安げに胸を押さえた。
「……進退決めるまで、こんでもええからな」
「そうさせていただきます」
二人は吐き捨てるように言い合うと、しばらく睨み合って、真が顔をそらした。
 真は速水と雛森に再度謝罪すると、脇腹を押さえながら、一人で帰って行った。皆が真に声をかけられずに見守っている中、平子だけは真がいた場所を睨んでいた。

 雛森はただただ悲しかった。

 信頼し合っていた二人が、離れていく。
 二人だけのサインが、無い。
 そんな目で、睨み合わないで。
 戻ってきて、真さん。
 隊長、また真さんにサインを送って。
 信じてるよ、って目で語って……。
 
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