平子編
7.
気持ちは同じでも、二人の関係は変わらなかった。手を繋ぐことも、包容も、口づけもしなかった。
真は平子が好きでも、そんな自分が許せなかった。平子を好きだと確認すればする程、自己嫌悪に陥った。自分はなんて軽い女だ、と。
平子は、ただ待つしかできなかった。真が、自分を責めずに済む日がくるまで。
初夏の熱気が風に乗ってくる季節、恋次と吉良は、連れ立って五番隊に向かっていた。
今日は霊術院の同窓会で、恋次、吉良、雛森達と同じクラスだった学友と飲み会がある。恋次と吉良は雛森を迎えにきていた。
「あ!阿散井君!吉良君!早いね。ちょっと待ってて!」
執務室の扉を開けると、膝丈のプリーツスカートに、半袖の死白装を着た雛森がいた。いつもと違う装いに、二人の目が丸くなり、雛森を凝視した。雛森は二人の視線を気にする事無く、奥の部屋に消えていった。
「阿散井副隊長〜、吉良副隊長〜こんにちは〜」
「こんにちは〜」
「お疲れ様でーす」
後ろから声をかけられ、そちらを向くと、五番隊の女性隊士達が通って行った。その全員が、雛森と同じ死白装を着ていた。見慣れた死白装とは違う肌の露出に、恋次も吉良もツバを飲み込んだ。
「どこの天国かと思ったやろ。残念、五番隊で〜す」
恋次と吉良の背後から、首に息がかかる距離で話され、二人は驚いて振り向いた。
「平子隊長…!」
恋次が名を呼んだ男は、得意げに鼻を鳴らした。
「かわええやろ。俺がデザインしてん」
「な、どうしてあんな……」
吉良は少し照れていた。
「クールビズや」
「「クールビズ??」」
「せや。暑いと仕事する気が起きひんやろ。服から涼しくしよ思てな」
平子が説明していると、資料室の扉が開いた。
「さもそれらしい事を言って…女性の足を見たいだけでしょう………」
その女性は恋次のかつての同僚だった。
「霧島さん」
真はいつも通りの装いで、いつも通り肌を隠していた。冷たい目で平子を睨み、蔑むようにして一瞥してから、執務室の本棚に向かった。真の冷たい目に、恋次と吉良は背筋が凍った。
「霧島三席は…着ないんですね」
凍りついた空気を壊そうと、吉良が遠慮がちに話し出すと、真はいかにも怪訝そうに吉良を見た。
「…私が、あんなものを着ると、思いますか……?」
明らかに不機嫌そうな真を見て、吉良は焦って訂正しようとしたが、それより先に平子が話しだした。
「お前ホンマ空気読めんやっちゃなあ。一人だけ浮いとるで?ホンマ冷めるわ」
「うるさい。セクハラで訴えるぞ」
平子のひょうきんな態度とは真逆な真の言葉に、恋次と吉良はいたたまれなくなり、早く出発してこの場から離れたいと思った。
「ごめんね、お待たせ〜」
ちょうどその時、雛森が部屋に入ってきた。服はいつもの死白装に戻っていた。
雛森は微妙な部屋の空気に、首をかしげた。雛森の姿を見て、平子がため息をついた。
「なんや桃、着替えたんか」
「え、流石にあれで同窓会は…」
「ほらみろ」
真が得意そうに平子を見た。平子はギロリと真を睨み、二人はバチバチに睨み合った。
「じゃあ、私は早めに失礼しますね」
二人の様子は気にも留めず、雛森は恋次と吉良を促した。恋次と吉良はようやく離れられる、と内心ホッとしながら平子と真に頭を下げて出て行った。
「行ってらっしゃい。楽しんできてください」
「じゃあのー、桃」
先程の空気とは打って変わった声が、背後から聞こえてきた。
「あの二人、いつもあんな仲悪いのかい?」
同窓会の会場に向かいながら、吉良は心配そうに雛森に聞いた。雛森は意外そうな顔で吉良を見た。
「え?平子隊長と、真さんの事?仲悪くないよ?」
意外な答えに、吉良と恋次は、え?!と声を上げた。
「むしろ仲良いよ。共通の趣味があるから、よく二人で現世に行くし」
「霧島さんが誰かと出かけるなんて、聞いたことねーな」
恋次は、十一番隊時代の真を思い出しながら言った。仕事熱心で、誰にでも丁寧に接するが、他人の領域に踏み込まない代わりに、自身も心を開かないイメージだった。正直、平子隊長に毒づく真を見て、人が変わったように感じていた。
その事を二人に言うと、雛森も吉良も同意した。
「真さんはそうだよ。でも、平子隊長には、違うの。信頼してるのが分かるの」
「え……じゃあ、あの噂って……」
吉良がドキドキしながら雛森に聞くと、雛森は首を振った。
「噂は、ただの噂だから、広めないであげて」
「あ、ご、ごめん…」
噂は真実ではないが、雛森は平子の気持ちは感づいていた。ただ、真は分からなかった。信頼と恋は違う。
雛森は心の中で、平子の恋がうまくいく事を願った。
一方、五番隊の執務室で、真と平子は二人きりだった。
「なあ~、ホンマに着いひんの?」
本棚のファイルを整理している真の後ろで、平子が頭を傾けて真の顔を覗き込みながら聞いた。
「着ませんよ、あんなヒラヒラしたもの」
面倒くさそうな真の横に、平子の手が伸び、本棚に手をついた。ちょうど本棚と自身の間に、真を挟むような形になり、平子は真の耳元に顔を近づけた。
「俺だけの前でも?」
刹那、平子の顔面に真の裏拳がめり込んだ。
平子はバタリと仰向けに倒れ、真っ赤に腫れた鼻を押さえた。
「いったー!!!何やもう!空気完全無視や………」
倒れた状態で真を見上げると、平子は悪態を飲み込んだ。
真は肩を抱いて、体を丸めていた。かすかに体は震え、横顔から見える目には涙が溜まり、顔を赤らめていた。
平子は黙って立ち上がると、鼻を押さえたまま、真を見つめた。
「……悪かったな。変な事して……」
「……違うんです……私、あの………すみません……」
「そういうの、全部待つって言うたやん。調子乗った俺が悪いねん。謝んな」
真の頬に涙がつたい、真は顔をしかめた。
「……すみません……」
「謝んなって。大丈夫やから、待てるから。俺は。十年でも、二十年でも、百年でも。お前が、罪悪感もたんくて済む日まで、このまま横におるから」
真は辛そうな目で平子を見つめた。目は、平子を好きだと語っているが、自ら表現する事は、今の真にはできなかった。
「気は長いほうやねん、俺。百年なんてすぐや、な?」
優しく笑いかける平子の笑顔を見て、真は黙って頷いた。
真は、好きだった人も、好きになった人も傷つける自分自身が、たまらなく嫌いになった。
なあ、神さん。
もし藍染なんかおらんくて、俺がずっとコッチにおれたら、俺はコイツと出会えたんか?綾瀬川なんかと出会うより、先に。
そしたら、コイツ、こんな泣かんで済んだか?
なあ、神さん。教えてや。
俺は、何したらええ?
気持ちは同じでも、二人の関係は変わらなかった。手を繋ぐことも、包容も、口づけもしなかった。
真は平子が好きでも、そんな自分が許せなかった。平子を好きだと確認すればする程、自己嫌悪に陥った。自分はなんて軽い女だ、と。
平子は、ただ待つしかできなかった。真が、自分を責めずに済む日がくるまで。
初夏の熱気が風に乗ってくる季節、恋次と吉良は、連れ立って五番隊に向かっていた。
今日は霊術院の同窓会で、恋次、吉良、雛森達と同じクラスだった学友と飲み会がある。恋次と吉良は雛森を迎えにきていた。
「あ!阿散井君!吉良君!早いね。ちょっと待ってて!」
執務室の扉を開けると、膝丈のプリーツスカートに、半袖の死白装を着た雛森がいた。いつもと違う装いに、二人の目が丸くなり、雛森を凝視した。雛森は二人の視線を気にする事無く、奥の部屋に消えていった。
「阿散井副隊長〜、吉良副隊長〜こんにちは〜」
「こんにちは〜」
「お疲れ様でーす」
後ろから声をかけられ、そちらを向くと、五番隊の女性隊士達が通って行った。その全員が、雛森と同じ死白装を着ていた。見慣れた死白装とは違う肌の露出に、恋次も吉良もツバを飲み込んだ。
「どこの天国かと思ったやろ。残念、五番隊で〜す」
恋次と吉良の背後から、首に息がかかる距離で話され、二人は驚いて振り向いた。
「平子隊長…!」
恋次が名を呼んだ男は、得意げに鼻を鳴らした。
「かわええやろ。俺がデザインしてん」
「な、どうしてあんな……」
吉良は少し照れていた。
「クールビズや」
「「クールビズ??」」
「せや。暑いと仕事する気が起きひんやろ。服から涼しくしよ思てな」
平子が説明していると、資料室の扉が開いた。
「さもそれらしい事を言って…女性の足を見たいだけでしょう………」
その女性は恋次のかつての同僚だった。
「霧島さん」
真はいつも通りの装いで、いつも通り肌を隠していた。冷たい目で平子を睨み、蔑むようにして一瞥してから、執務室の本棚に向かった。真の冷たい目に、恋次と吉良は背筋が凍った。
「霧島三席は…着ないんですね」
凍りついた空気を壊そうと、吉良が遠慮がちに話し出すと、真はいかにも怪訝そうに吉良を見た。
「…私が、あんなものを着ると、思いますか……?」
明らかに不機嫌そうな真を見て、吉良は焦って訂正しようとしたが、それより先に平子が話しだした。
「お前ホンマ空気読めんやっちゃなあ。一人だけ浮いとるで?ホンマ冷めるわ」
「うるさい。セクハラで訴えるぞ」
平子のひょうきんな態度とは真逆な真の言葉に、恋次と吉良はいたたまれなくなり、早く出発してこの場から離れたいと思った。
「ごめんね、お待たせ〜」
ちょうどその時、雛森が部屋に入ってきた。服はいつもの死白装に戻っていた。
雛森は微妙な部屋の空気に、首をかしげた。雛森の姿を見て、平子がため息をついた。
「なんや桃、着替えたんか」
「え、流石にあれで同窓会は…」
「ほらみろ」
真が得意そうに平子を見た。平子はギロリと真を睨み、二人はバチバチに睨み合った。
「じゃあ、私は早めに失礼しますね」
二人の様子は気にも留めず、雛森は恋次と吉良を促した。恋次と吉良はようやく離れられる、と内心ホッとしながら平子と真に頭を下げて出て行った。
「行ってらっしゃい。楽しんできてください」
「じゃあのー、桃」
先程の空気とは打って変わった声が、背後から聞こえてきた。
「あの二人、いつもあんな仲悪いのかい?」
同窓会の会場に向かいながら、吉良は心配そうに雛森に聞いた。雛森は意外そうな顔で吉良を見た。
「え?平子隊長と、真さんの事?仲悪くないよ?」
意外な答えに、吉良と恋次は、え?!と声を上げた。
「むしろ仲良いよ。共通の趣味があるから、よく二人で現世に行くし」
「霧島さんが誰かと出かけるなんて、聞いたことねーな」
恋次は、十一番隊時代の真を思い出しながら言った。仕事熱心で、誰にでも丁寧に接するが、他人の領域に踏み込まない代わりに、自身も心を開かないイメージだった。正直、平子隊長に毒づく真を見て、人が変わったように感じていた。
その事を二人に言うと、雛森も吉良も同意した。
「真さんはそうだよ。でも、平子隊長には、違うの。信頼してるのが分かるの」
「え……じゃあ、あの噂って……」
吉良がドキドキしながら雛森に聞くと、雛森は首を振った。
「噂は、ただの噂だから、広めないであげて」
「あ、ご、ごめん…」
噂は真実ではないが、雛森は平子の気持ちは感づいていた。ただ、真は分からなかった。信頼と恋は違う。
雛森は心の中で、平子の恋がうまくいく事を願った。
一方、五番隊の執務室で、真と平子は二人きりだった。
「なあ~、ホンマに着いひんの?」
本棚のファイルを整理している真の後ろで、平子が頭を傾けて真の顔を覗き込みながら聞いた。
「着ませんよ、あんなヒラヒラしたもの」
面倒くさそうな真の横に、平子の手が伸び、本棚に手をついた。ちょうど本棚と自身の間に、真を挟むような形になり、平子は真の耳元に顔を近づけた。
「俺だけの前でも?」
刹那、平子の顔面に真の裏拳がめり込んだ。
平子はバタリと仰向けに倒れ、真っ赤に腫れた鼻を押さえた。
「いったー!!!何やもう!空気完全無視や………」
倒れた状態で真を見上げると、平子は悪態を飲み込んだ。
真は肩を抱いて、体を丸めていた。かすかに体は震え、横顔から見える目には涙が溜まり、顔を赤らめていた。
平子は黙って立ち上がると、鼻を押さえたまま、真を見つめた。
「……悪かったな。変な事して……」
「……違うんです……私、あの………すみません……」
「そういうの、全部待つって言うたやん。調子乗った俺が悪いねん。謝んな」
真の頬に涙がつたい、真は顔をしかめた。
「……すみません……」
「謝んなって。大丈夫やから、待てるから。俺は。十年でも、二十年でも、百年でも。お前が、罪悪感もたんくて済む日まで、このまま横におるから」
真は辛そうな目で平子を見つめた。目は、平子を好きだと語っているが、自ら表現する事は、今の真にはできなかった。
「気は長いほうやねん、俺。百年なんてすぐや、な?」
優しく笑いかける平子の笑顔を見て、真は黙って頷いた。
真は、好きだった人も、好きになった人も傷つける自分自身が、たまらなく嫌いになった。
なあ、神さん。
もし藍染なんかおらんくて、俺がずっとコッチにおれたら、俺はコイツと出会えたんか?綾瀬川なんかと出会うより、先に。
そしたら、コイツ、こんな泣かんで済んだか?
なあ、神さん。教えてや。
俺は、何したらええ?
