平子編
5.
五番隊隊長が、三席の女にお姫様抱っこをされながら帰っていった。
そんな噂が、精霊艇を駆け巡った。
多くの死神が目撃しており、疑いようの無い事実だった。
ただ、時間が経つと、事実に尾ひれがついた。
二人は付き合っている、と。
真がその噂を聞いた時、平子に申し訳ないと思うより先に、弓親が聞いたらどう思うだろう、と考えてしまった。
真の不安は遠からず当たっていた。
弓親は、荒牧が話しているのを聞いてしまった。霧島は、平子と付き合っているから、五番隊に行った、と言っていた。
気がつくと弓親は荒牧を殴っていた。
「弓親!!!!」
一角に腕を掴まれて我に返ると、血のついた拳と、床に伸びている荒牧があった。
「……真を…侮辱するな……。彼女がどれだけ苦しんでいたか……」
苦々しく言い捨て、不安げに弓親と荒牧を見る隊士達を尻目に、弓親は踵を返して去っていった。
「弓親。おい、落ち着け」
大股で歩く弓親を、一角が追いかけてきた。弓親は止まらず、人が滅多に来ない物置の前まで来て、壁を殴った。
「クソッ!!………何なんだ………!!!」
壁に額を当てて、肩をすくめた。何度も何度も壁を殴っても、弓親の憤りは静まらなかった。
「……根も葉もない噂だ…」
後ろで一角が低い声で話しかけたが、弓親は一角を見ない。
「……違うんだ………」
壁を向いたままの、弓親の小さな声が聞こえた。
「噂に腹が立つんじゃ無い…。真を侮辱される事と……未だに彼女を忘れられない僕に……腹が立つ」
一角はなんと声をかけるべきか分からず、顔をしかめて弓親を見ていた。
「もう1年以上、真には会っていないのに……馬鹿だろ、本当に………」
「……無理して、忘れるこたねえさ……」
一角は弓親に近づいて、頭を鷲掴みにし、グワングワンと回した。
「霧島に会ってから、お前の雰囲気が変わった。気づいてた。お前にとって、すげえ大きかったんだろ……」
弓親は顔をクシャクシャにして、小さく頷いた。
一角は弓親の頭から手を離し、弓親が振り向くのを待った。
弓親はゆっくり髪を直し、マントのヨレを直すと、一角に向き直った。
するとその時、弓親を呼ぶ声が聞こえた。その声は、かつて真の部下だった女のものだった。
「ここだよ」
弓親は声のする方に歩いて行き、女を探した。彼女は弓親を見つけると、少し気まずそうな顔をした。
「どうしたの?」
女の顔を見ながら聞くと、彼女は目を泳がせ、十一番隊の門の方を指差した。
「霧島さんが、綾瀬川三席を呼んでくれって………」
走って門まで行くと、元部下達と談笑する真がいた。弓親が来たのを見ると、部下と手を振って別れ、こちらに近づいてきた。
「お久しぶりです…弓親さん」
その顔は困ったような、悲しそうな、でも無理して笑っているような顔だった。
「久しぶり……」
弓親の頭にあの噂がよぎり、胸が締め付けられそうだった。それでも、弓親も無理矢理笑った。久々の再会を喜びたかった。
真は部下達が居なくなるのを見届けると、悲しい顔のまま弓親の目を見つめた。
「少し、話が……場所を、変えてもいいですか…。人目の無い所へ…」
真の顔と、雰囲気で、弓親は嫌な予感がした。
だが、駄目だとは言えず、言われるままに移動した。
二人は、黙ったまま、並んで歩いた。
並んで歩くのは本当に久しぶりで、弓親は懐かしんでいた。だが、横を見ると、同僚だった時とは様子を変え、随分女性らしくなった真がいて、遠い存在になったと痛感した。
人気の無い通路に来ると、弓親が立ち止まり、それに気づいた真も、数歩先で止まり、振り返った。
「話って、何?」
夕焼けの逆光に照らされた真を見つめて、弓親が聞いた。逆光で、真の表情が見えづらかった。逆に、自分の顔は真からよく見える。見ないでほしいと思った。きっと、凄く辛そうな顔をしているから……。
「…それって、僕にとって、いい話?悪い話? ちなみに、僕、君の事全然諦めきれて無いんだけど」
ワザと明るい声で、弓親は言った。そうでもしないと、この空気に押しつぶされそうだった。
「……じゃあ、悪い話……」
絞り出すような声で、真が呟いた。
弓親は腰に手をあてて、項垂れた。
「あー…………やだなあ。聞きたくないなあ………できるなら、あの、旅行の時の夢の中で、ずっと沈んでいたい……」
弓親の目が横を向いた。真がどんな表情をしているかは、分からない。
「けど、この夢から覚めさせてくれるのも、きっと、君なんだよね………」
弓親はハアーッと息を吐いて、決心したように顔を上げた。真も、まっすぐ弓親を見ていた。
「…噂、聞いていますか…?」
「あの、君と平子隊長が付き合ってるとか、そういうの?」
「あれは、嘘です」
「そう…………あれ、は、ね……」
弓親は真の言葉を待った、分かってはいたが、こちらに悟らせるなんて卑怯な事をしてほしくなかった。
最後まで、気高い君でいて。
「……私……平子隊長が好きになりました」
遠慮がちに、でもハッキリと、真は弓親に告げた。
弓親の中で、何かが壊れた。執着なのか、淡い期待なのかは分からないが、悲しみと共に肩の荷がおりた。
「そっ…か。ありがとう、言ってくれて…」
悲しげだが、何故か笑顔で弓親はそう言った。
「ねえ、もしかして、この事知ってるの、僕だけ?誰も知らない?」
弓親が聞くと、真は黙って頷いた。
「……君らしいね」
義理堅くて、変に無駄な事考えすぎて……。
きっと君は、一人で傷ついていたんだろうね。
僕の事を裏切ったとでも、思っていたんだろうか。
違うよ。恋ってそういうもんだよ。
でも、言わない。
最後に少しだけ、意地悪させて。
「……もし失恋したら、来なよ。その時は、笑って話せそうだ」
「……ありがとう、ございました……」
真は愛想笑いすらせず、最後まで真剣な顔つきで弓親を見ていた。
ありがとう、僕の恋を笑わないでいてくれて。僕が愛した人は、間違いじゃなかった。気高い、美しい君を、好きになれて、僕は幸せだったよ。今は、少し不幸だけど、先の見えない不幸じゃないよ。
弓親は最後に無理矢理笑って、去っていった。
真は、弓親の姿が見えなくなるまで、ずっとその場に立っていた。
だが、その場に留まっているのは、真だけでは無かった。
五番隊隊長が、三席の女にお姫様抱っこをされながら帰っていった。
そんな噂が、精霊艇を駆け巡った。
多くの死神が目撃しており、疑いようの無い事実だった。
ただ、時間が経つと、事実に尾ひれがついた。
二人は付き合っている、と。
真がその噂を聞いた時、平子に申し訳ないと思うより先に、弓親が聞いたらどう思うだろう、と考えてしまった。
真の不安は遠からず当たっていた。
弓親は、荒牧が話しているのを聞いてしまった。霧島は、平子と付き合っているから、五番隊に行った、と言っていた。
気がつくと弓親は荒牧を殴っていた。
「弓親!!!!」
一角に腕を掴まれて我に返ると、血のついた拳と、床に伸びている荒牧があった。
「……真を…侮辱するな……。彼女がどれだけ苦しんでいたか……」
苦々しく言い捨て、不安げに弓親と荒牧を見る隊士達を尻目に、弓親は踵を返して去っていった。
「弓親。おい、落ち着け」
大股で歩く弓親を、一角が追いかけてきた。弓親は止まらず、人が滅多に来ない物置の前まで来て、壁を殴った。
「クソッ!!………何なんだ………!!!」
壁に額を当てて、肩をすくめた。何度も何度も壁を殴っても、弓親の憤りは静まらなかった。
「……根も葉もない噂だ…」
後ろで一角が低い声で話しかけたが、弓親は一角を見ない。
「……違うんだ………」
壁を向いたままの、弓親の小さな声が聞こえた。
「噂に腹が立つんじゃ無い…。真を侮辱される事と……未だに彼女を忘れられない僕に……腹が立つ」
一角はなんと声をかけるべきか分からず、顔をしかめて弓親を見ていた。
「もう1年以上、真には会っていないのに……馬鹿だろ、本当に………」
「……無理して、忘れるこたねえさ……」
一角は弓親に近づいて、頭を鷲掴みにし、グワングワンと回した。
「霧島に会ってから、お前の雰囲気が変わった。気づいてた。お前にとって、すげえ大きかったんだろ……」
弓親は顔をクシャクシャにして、小さく頷いた。
一角は弓親の頭から手を離し、弓親が振り向くのを待った。
弓親はゆっくり髪を直し、マントのヨレを直すと、一角に向き直った。
するとその時、弓親を呼ぶ声が聞こえた。その声は、かつて真の部下だった女のものだった。
「ここだよ」
弓親は声のする方に歩いて行き、女を探した。彼女は弓親を見つけると、少し気まずそうな顔をした。
「どうしたの?」
女の顔を見ながら聞くと、彼女は目を泳がせ、十一番隊の門の方を指差した。
「霧島さんが、綾瀬川三席を呼んでくれって………」
走って門まで行くと、元部下達と談笑する真がいた。弓親が来たのを見ると、部下と手を振って別れ、こちらに近づいてきた。
「お久しぶりです…弓親さん」
その顔は困ったような、悲しそうな、でも無理して笑っているような顔だった。
「久しぶり……」
弓親の頭にあの噂がよぎり、胸が締め付けられそうだった。それでも、弓親も無理矢理笑った。久々の再会を喜びたかった。
真は部下達が居なくなるのを見届けると、悲しい顔のまま弓親の目を見つめた。
「少し、話が……場所を、変えてもいいですか…。人目の無い所へ…」
真の顔と、雰囲気で、弓親は嫌な予感がした。
だが、駄目だとは言えず、言われるままに移動した。
二人は、黙ったまま、並んで歩いた。
並んで歩くのは本当に久しぶりで、弓親は懐かしんでいた。だが、横を見ると、同僚だった時とは様子を変え、随分女性らしくなった真がいて、遠い存在になったと痛感した。
人気の無い通路に来ると、弓親が立ち止まり、それに気づいた真も、数歩先で止まり、振り返った。
「話って、何?」
夕焼けの逆光に照らされた真を見つめて、弓親が聞いた。逆光で、真の表情が見えづらかった。逆に、自分の顔は真からよく見える。見ないでほしいと思った。きっと、凄く辛そうな顔をしているから……。
「…それって、僕にとって、いい話?悪い話? ちなみに、僕、君の事全然諦めきれて無いんだけど」
ワザと明るい声で、弓親は言った。そうでもしないと、この空気に押しつぶされそうだった。
「……じゃあ、悪い話……」
絞り出すような声で、真が呟いた。
弓親は腰に手をあてて、項垂れた。
「あー…………やだなあ。聞きたくないなあ………できるなら、あの、旅行の時の夢の中で、ずっと沈んでいたい……」
弓親の目が横を向いた。真がどんな表情をしているかは、分からない。
「けど、この夢から覚めさせてくれるのも、きっと、君なんだよね………」
弓親はハアーッと息を吐いて、決心したように顔を上げた。真も、まっすぐ弓親を見ていた。
「…噂、聞いていますか…?」
「あの、君と平子隊長が付き合ってるとか、そういうの?」
「あれは、嘘です」
「そう…………あれ、は、ね……」
弓親は真の言葉を待った、分かってはいたが、こちらに悟らせるなんて卑怯な事をしてほしくなかった。
最後まで、気高い君でいて。
「……私……平子隊長が好きになりました」
遠慮がちに、でもハッキリと、真は弓親に告げた。
弓親の中で、何かが壊れた。執着なのか、淡い期待なのかは分からないが、悲しみと共に肩の荷がおりた。
「そっ…か。ありがとう、言ってくれて…」
悲しげだが、何故か笑顔で弓親はそう言った。
「ねえ、もしかして、この事知ってるの、僕だけ?誰も知らない?」
弓親が聞くと、真は黙って頷いた。
「……君らしいね」
義理堅くて、変に無駄な事考えすぎて……。
きっと君は、一人で傷ついていたんだろうね。
僕の事を裏切ったとでも、思っていたんだろうか。
違うよ。恋ってそういうもんだよ。
でも、言わない。
最後に少しだけ、意地悪させて。
「……もし失恋したら、来なよ。その時は、笑って話せそうだ」
「……ありがとう、ございました……」
真は愛想笑いすらせず、最後まで真剣な顔つきで弓親を見ていた。
ありがとう、僕の恋を笑わないでいてくれて。僕が愛した人は、間違いじゃなかった。気高い、美しい君を、好きになれて、僕は幸せだったよ。今は、少し不幸だけど、先の見えない不幸じゃないよ。
弓親は最後に無理矢理笑って、去っていった。
真は、弓親の姿が見えなくなるまで、ずっとその場に立っていた。
だが、その場に留まっているのは、真だけでは無かった。
